最終更新日(Update)'17.12.01

白魚火 平成29年11月号 抜粋

 
(通巻第748号)
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 11月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    安澤 啓子 
「逆  転」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
岡 あさ乃、飯塚比呂子  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     三原 白鴉、斎藤 文子  ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(浜 松) 安澤 啓子   


マスクして朝の始まる診療所  斎藤 文子
(平成二十九年二月号 白光集より)

 診療開始の時間が迫り、診察室、受付、待合室などに手抜かりが無いか点検する。用意万端が整い、職員は感染予防のためにマスクをする。さあ、診察時間の開始である。「朝の始まる」から仕事始めの緊張感と意欲が伝わってくる。
 
十二月ゆるりと生くることにして  髙島 文江
(平成二十九年二月号 白光集より)

 十二月だからこそ、一年間を振り返り、又、今後は、どの様に過ごそうか考える。来年は、趣味を今まで以上に楽しみながら、マイペースで過ごそうと思った。「ゆるりと生くる」は充実した生活が感じられる。

着ぶくれて今を忘るる母とゐて  村上 千柄子
(平成二十九年二月号 白光集より)

これ以上できぬ着ぶくれ百四歳  今泉 早知
(平成二十九年二月号 白魚火集より)

 二句とも、ほんわかとした気持ちになる。
 一句目は、お母さまも作者も重ね着をしており、縁側に、時には散歩にと、何時も目の届くところにお母さまがいる。娘さんが傍に居ることで、どんなにお母さまは、心安らかなことでしょう。
 二句目は、着ぶくれて達磨の様になっておられる、百四歳のにこやかな顔が浮かぶ。着ぶくれていると言うことは、寝込んでいるのではなく、お元気なこと。お爺さん?お婆さん? どちらにしても、百四歳、万歳である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 落 し 文  坂本タカ女
喉しぼり鳴く昼の鶏韮の花
花咲蟹食ふべおしやべり好きなりし
手紙魔と言はれしむかし落し文
控へ目に人のうしろに水引草
眼鏡とる仮寝の椅子やちちろ鳴く
遅れ咲く花の名忘れ秋の昼
秋雨のはげし野山の草木丈け
道づれのやうな雲なり今日の月

 山 百 合  鈴木三都夫
山百合の乗り出してゐる水の音
花終り乱れはじめし蓮の池
蓮沼の風嫋々と秋立てり
蓮の実の飛んで虚ろな台かな
がちやがちやの轡鳴らしてひとしきり
がちやがちやの闇を引つ繰り返しけり
曼珠沙華丈を揃へて噴き出せる
稲刈つて棚田の姿顕にす

 秋  晴  山根 仙花
風が風を追ふ秋晴れの砂丘かな
海青し空青し秋深まりぬ
秋風に押されて長き磴のぼる
わが影を踏み秋晴れの坂のぼる
写るもの写して秋の水となる
乱れ萩乱るるままに家古るぶ
大空の隅の隅まで秋晴るる
公園を一巡りして秋惜しむ

 古  酒  安食 彰彦
蜩のかなしく鳴ける一樹かな
土器に描く高楼薄紅葉
回廊の周り木槿を侍らせて
銀やんま止まる廃寺の案内板
古酒を酌む月山城の絵図掲げ
山荘の茶庭に小さき実紫
片方の手に手を添へて古酒を注ぐ
薮柑子侍らせ三尊石の庭

 鳥取砂丘  村上 尚子
遥拝の投入堂や草の花
丸刈りの金木犀の花盛り
放哉のことば短し木の実降る
行く秋の因幡の砂を鳴かせけり
風紋の端より秋の日暮くる
鳥渡る因幡の昔ばなしかな
色無きかぜ仁風閣に畳の間
仰がれて城址の柿鈴生りに

 傘をどり  小浜史都女
鳴き砂の鳴かざる秋の乾きかな
新松子砂丘の果ての昼の月
玫瑰の実となり哮る日本海
実をつけしからたち籬御殿跡
末枯や二の丸跡に解体図
積まれざる城垣の石残る虫
十日月因幡をとこの傘をどり
月の宿男をどりもよかりけり

 笑 ひ 栗  鶴見一石子
会津西街道沿ひの蕎麦の花
右脳の少し歪める笑ひ栗
病室の窓一面の秋の空
鰯雲出さうな気配雲気息
娘と孫に名月の気を賜はれり
病室を心抜け出し月今宵
人はみな山河に戻り星流る
明日生くる力賜へと蟲に乞ふ

 刈 田 径  渡邉 春枝
遠ざかるほどに色濃き山紅葉
挨拶の子に声返す刈田径
天高し竹笊一目づつ乾く
蛇穴に入りたる後の無力感
あいまいに答ふる齢鳥渡る
来客は男の子ばかりや秋刀魚焼く
長き夜の書いては消してまた書いて
喪服てふ重きもの脱ぐ秋の暮

 帰  燕  渥美 絹代
垣深く刈られ燕の帰りけり
縁側に新しき傷ちちろ鳴く
母を訪ふ芽の出し大根畑を見て
塗り直す鉄橋鴨の来たりけり
農小屋に振り子の時計小鳥来る
あめ色となりし竹筒秋の風
秋光の届く板の間蕎麦を打つ
体温のうつりし木椅子秋時雨

 啄 木 碑  今井 星女
青芒一本道は岬まで
夏草や右も左も墓処
はまなすや石川啄木墓と読む
蝦夷菊を手向けし岬の啄木碑
虎杖の花に囲まれ啄木碑
啄木の眠れる岬の実玫瑰
秋潮の寄する岬に啄木碑
枯菊や文字のうすれし啄木碑

 肩  車  金田野歩女
ちちろ鳴く少年尽きざる好奇心
梨捥いでにこにこ父の肩車
童謡を歌ふ姉妹の声さやか
秋天と鏡に写る美容室
蔵出しの新酒浅黄の雫かな
オアシスに俳句さて置き螇蚸追ふ
鰐口の綱のほつれや里祭
野仏にお辞儀して入る紅葉山

 因 州 へ  寺澤 朝子
さはやかや木曽三川を越ゆる旅
秋日燦水分すぎて因州へ
馬の背は砂丘の尾根や秋夕焼
大いなる秋の日の落つ日本海
敷石によべの雨跡式部の実
秋意かな石段一歩百歩にも
さやけしや干支の地蔵に手を合はせ
露の身の遥かに拝する投入堂



鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 豊 の 秋 (宇都宮)星田 一草
涼新た机に外すイアリング
ひぐらしはソロ法師蟬輪唱に
秋の声城趾に残る悲話あまた
行き止まる路地木犀の香の濃くて
豊の秋一望にして鐘を撞く
新米の二合に合はす水加減

 因 幡 路 (東広島)奥田  積
新主宰のいや重げ吉事秋日燦
家持の背高き歌碑や秋夕焼
新松子半ば埋もるる砂防垣
放哉の小径たどるや秋澄める
虫が鳴いてゐる放哉生家跡
秋の山のうしろからもうす烟

 赤とんぼ (藤 枝)横田 じゅんこ
赤とんぼ群れつつ好きな向きを持つ
賑はひのなき海が好き鰯雲
世帯主にわが名を書きて林檎煮る
柿の疵仏に見えぬ方に向け
紅葉狩ハンドルにある遊びかな
飽かず見て気性の荒き鴨が好き

 厄  日 (苫小牧)浅野 数方
盆僧に少年の顔僧のこゑ
持ち歩く二枚のコイン震災忌
落し蓋ことことと鳴る厄日かな
一望の盆地や稲穂波百態
遠野分うしろ誰かが通りけり
衣被夫が買ひ物籠下げて

 虫しぐれ (松 江)池田 都瑠女
草の穂やドクターヘリの島を発つ
山鳩の続け啼きして秋さびし
句作りを励めと虫の鳴き続く
虫しぐれ中の一匹遅れ鳴く
推敲の終りし安堵秋更くる
弓折れし如幾並び蓮枯るる

 秋  桜 (多 久)大石 ひろ女
天よりも地のやはらかし秋桜
ばつた追ふ大草原の風の中
防人の墓石小さく女郎花
つくつくし石積残る烽火台
起き伏しの一間を頒かつ月齢子
間引菜の根の白じらと洗はるる

 秋 深 し (群 馬)奥木 温子
小鳥来て松ぼつくりにぶら下がる
風の日は風にまかせて草の絮
追はれゐていとどは足を置き去りに
夕焼の褪せたる後の虫時雨
粧ひし山を抱きて湖の黙
風紋を描く湖面や秋深し

 影 法 師 (牧之原)辻  すみよ
爽やかな風さはやかな影法師
刈田はや次の支度の耕耘機
潮風に一斉に発つ草の絮
宗長の古りし館や竹の春
秋冷や音なく落つる砂時計
夫よりも生きて勤労感謝の日

 酔 芙 蓉 (東広島)源  伸枝
色変へぬ松の影濃き古戦場
花びらに花びらの影酔芙蓉
酒醸す蔵へなびける稲穂かな
馬肥ゆる秋やカレーの匂ふ路地
稲の穂を照らし過ぎゆく夜汽車かな
稲妻の夜を野ざらしの石の臼

 火 吹 竹 (松 江)森山 暢子
灯台の薄暮灯さず雁渡し
露けしや土器に煮炊きの跡ありて
冷やかに置かれあるもの火吹竹
早稲の香や駅の階段上がるとき
作り笑ひしてゐるやうな案山子かな
秋惜しむ古墳めぐりの青年と

 秋惜しむ (栃 木)柴山 要作
釣船草今し漕ぎ出す瀬音かな
卵塔を噛むかにひたと秋あかね
天平瓦探す塔跡木の実降る
呼び出しより泣きつ放しや泣き角力
店先の秋日に透ける鰈かな
二度三度股のぞきして秋惜しむ

 初  雁 (松 江)西村 松子
月光に穂を揃へたる稲田かな
暁光に胸ぬらしたる帰燕かな
初雁や締まりてきたる砂嘴の砂
山の日に急かされてをり大根蒔く
数珠玉や水辺に畑のものを焼き
澄む水に夫の手艶の鍬洗ふ



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 岡    あさ乃(出 雲)

駅伝の幟百本小鳥くる
カンバスに絵具の乾く厄日かな
獺祭忌子規のかたへに律のをり
国引の空惜しみつつ帰燕かな
教師にも予習ありけり秋灯


 飯塚 比呂子(群 馬)

晩稲田の風に電車の傾ぎ行く
ポケットに紙の手裏剣小鳥来る
孫悟空乗つてゐさうな秋の雲
砂丘に湧く水さらさらと澄みにけり
手より手へ砂をこぼして秋惜しむ



白光秀句
村上尚子


カンバスに絵具の乾く厄日かな  岡 あさ乃(出 雲)

 この「カンバス」はどこに立てられているかは不明だが、「厄日」の季語により広い田園風景が浮かんだ。最近の稲作は改良が重ねられ収穫の時期も早くなった。「厄日」に当たる頃には既に刈田となっている所も多い。
 フレーズと季語の因果関係は無いようにも見えるが、「乾く」の一言と、「厄日かな」の強い切れにより、一句が締まり、ゆるぎないものとなった。
  駅伝の幟百本小鳥くる
 この「駅伝」は、箱根駅伝のように大々的なものではなく、一つの地区をあげての行事であろう。沿道にはためく「幟」と応援の声が鮮やかに見えてくる。秋の行事の明るいひと齣である。

晩稲田の風に電車の傾ぎ行く  飯塚比呂子(群 馬)

 稲の種類のなかで、最も遅く成熟するのが掲句の「晩稲」である。周囲は既に刈田やひつじ田となっているところもある。その一画に刈り入れを待つばかりの「晩稲田」があり、そこを電車が走り抜けて行くという光景である。「傾ぎ行く」には実景と共に作者の意図がある。地形や電車の速度、そしてその音にまで及び、風にエールを送られて走り行く電車の姿が見えてくる。
  ポケットに紙の手裏剣小鳥来る
 いたずら盛りの子が忍者ごっこをしているのだろう。「ポケット」に隠し持っている物は「紙の手裏剣」。たびたび負けた振りをさせられる大人も大変であろう。「小鳥」の加勢がありがたい。どちらも都会では味わえない作品である。

色変へぬ松や因幡の山庄屋  渥美 尚作(浜 松)

 智頭宿にある〝石谷家〟である。豪壮な庭と建物から往事を知ることが出来る。素封家というだけではなく、救済事業、学校建設、地域経済などに貢献したことが、「山庄屋」、あるいは大庄屋と呼ばれた由縁である。「色変へぬ松」は、その精神と姿をそのまま表現しているようだ。

海鳴りや呆けし草の穂に夕日  田原 桂子(鹿 沼)

 秋の移ろいと共に色々な「草の穂」が目に付く。夕日に照らされている姿は格別である。そこへ聞こえてくる「海鳴り」は、一層秋の深まりを感じさせる。一点を見詰め、他のものを寄せ付けない強さがこの句にはある。

秋の野を傾げ着陸体勢に  遠坂 耕筰(桐 生)

 よく晴れた日の空の旅は楽しい。下に広がるのは広大な野原。その原野を「傾げ」と逆転の発想をしたところが面白い。やがて機体を真っすぐに立て直して着陸した。旅の高揚感が伝わってくる。

色変へぬ松因州の防砂林  福嶋ふさ子(群 馬)

 鳥取砂丘を囲んでいる緑の光景である。「防砂」にはいろいろな方法があるが、植林が人にも地球にも一番やさしい。「色変へぬ松」がその美しさを讃える言葉であるように「因州」そのものを讃えている。

虫の音や仁風閣に車椅子  原田 妙子(広 島)

 「仁風閣」は、鳥取城址の一画に明治四十年に建てられた白亜の洋館。作者はその歴史と美しさに目を見張りながらも、体の不自由な観光客に用意されている「車椅子」に目を止めた。「虫の音」はその心配りにも通じる。

やはらかき手のひら今年米をとぐ  森脇 和惠(出 雲)

 その年に初めて食べる新米は特別。主婦にとっても当り前の家事が、この日だけはちょっと心が弾む。「やはらかき手のひら」は「今年米」を慈しむ気持の表われである。

台風の過ぎ山々の近づき来  富田 育子(浜 松)

 〝台風一過〟という言葉があるように、台風の過ぎ去ったあとは良い天候に恵まれることが多い。「山々の近づき来」はその距離ではなく、鮮明さを言っている。それにも増して、作者の山への憧れを強く表現している。

空いてゐる処があれば大根播く  山本 美好(牧之原)

 何と楽しい作品であろう。この日の目的としていた畑仕事は終ったが、良く見ると余地があるのに気付いた。それならばと大根を播いた。とても八十六歳とは思えない。お元気な作者の姿が見えるのが、何より嬉しい。

一屯を越ゆる輓馬や秋桜  沼澤 敏美(旭 川)

 「輓馬」と言えば、重い馬毳を曳いて行う北海道の地方競馬を思い出す。華やかな競馬用の馬との違いは明らかである。そばに咲いている「秋桜」と重ねて見ているのは、作者のやさしさである。



    その他の感銘句
洋館の垣からたちの実の揺れて
黒猫の尾にふれて散る萩の花
白兎神社の白砂に影や秋闌くる
多勢の人が見てゐる松手入
赤い羽根さして洗濯日和かな
コスモスや遮断機の影胸に来る
秋すだれ雨の気配となりにけり
マニキュアを乾かしてゐる夜長かな
師の句集閉ぢ旅先にちちろ聞く
芋掘るや子芋孫芋曾孫芋
吾子の忌の庭に小鳥の声しきり
鈴成りのずずこに風の立ちにけり
色変へぬ松拝殿の昼灯し
印刷機出て反る紙や秋彼岸
鬼灯を買ひ三本のおまけ付き
森田 陽子
鈴木 利久
安達美和子
鈴木 敬子
中野 元子
植田さなえ
塩野 昌治
斎藤 文子
松本 義久
渡部 清子
大滝 久江
西沢三千代
船木 淑子
永島 典男
佐藤 琴美


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 磐 田  斎藤 文子

髪を梳く白露の鏡ひらきけり
糸瓜忌や机に古き疵のあり
どこまでも秋天ポップコーン弾く
集まりて天を支ふる曼珠沙華
砂浜に足沈みゆく秋思かな

 
 出 雲  三原 白鴉

野の花を飾り陶工轆轤ひく
裸電球灯す工房秋深し
冷やかや覗けば昏き登り窯
積まれたる匣鉢の陰翳秋日濃し
陶房の赤き大屋根小鳥来る



白魚火秀句
白岩敏秀


糸瓜忌や机に古き疵のあり  斎藤 文子(磐 田)

 秋の夜長に俳書を読んでいたところ、ふと、机に古い疵を見つけた。いつ付けたともしれぬ疵を眺めているうちに、今日は糸瓜忌だと気づいた。俳句の革新を目指しながら、病気で机に座ることが叶わなかった子規。食いしん坊だった子規。三十五歳の若さで亡くなった子規。子規のことを色々と考えながら、そこはかとない思いにかられる秋思のような九月十九日である。
 どこまでも秋天ポップコーン弾く
 どこまでも青く澄み渡っている空は、秋の極みというところ。それに取り合わされて〝ポップコーン弾く〟のフレーズ。あたかもポップコーンが花火のように弾けて、秋天へ吸い込まれていくようである。明るく青春性の高い句。

積まれたる匣鉢の陰翳秋日濃し  三原 白鴉(出 雲)

 匣鉢は「陶磁器を焼くときに用いる耐火粘土性の容器」と日本国語大辞典にある。こうばち、えんごろともいう。
 陶磁器を焼くときだけに使われ、自らは決して日の目を見ることのない匣鉢が、登り窯の近くに積まれている。窯入れの前なのか、窯出しは終わったのか。秋の日差しのなかでしずかな陰翳を作り出している。風の音もまわりの草木の色も秋の深まりのなかにある。たけなわの秋の、そこはかとない感慨を覚える。
 野の花を飾り陶工轆轤ひく
 陶土、釉薬などが雑然とある工房に、名を知らぬ野の花が無造作に活けてある。陶工は無心に轆轤をひき、陶器をつくっている。
 花壇の花ではなく、野の花であるところに陶工の醇朴な人柄が表れている。

梨売の時に目を遣る砂丘かな  森田 陽子(東広島)

 鳥取で行われた全国大会が無事に終わった。全国から大勢の誌友に集まって頂き、楽しい大会となった。お礼を申し上げたい。
 揚句は大会一日目の句会で、特選一位に選んだ句である。副賞に鳥取市長賞の楯を進呈した。
 鳥取砂丘の東側には土産物屋がたくさん並んでいる。そこは土産物を求める客でいつも忙しい。梨売りは売る手を休め、ふっと砂丘を見る。「時に目を遣る」に梨売りの瞬間の動作を素早く目に留め、言い留めた観察力を評価した。
 大会では特選、入選の他にたくさんの佳句に出合った。

天を指し地をさし踊る夕べかな  篠原  亮(群 馬)

 滑らかな動作と滑らかなリズム。「天を指し地をさし」は、まさに盆踊りそのものの所作である。これ以上加えることも、削ることもないぎりぎりの表現。「夕べかな」とした着地も心地良い。

ここ一番弾丸とびに秋の蟬  上武 峰雪(平 塚)

 「ここ一番」とは、ここが大事な勝負どころということ。
  さて、この秋の蝉、羽化してみれば秋のど真ん中であったということか。言わば、動いている電車に飛び乗るようなもの。残り少ない秋を短い命で懸命で飛びまわっている。〝弾丸とび〟はおそらく作者の造語であろう。

秋の蚊の手を打つ音に落ちにけり  広川 くら(函 館)

 バシッと音がした途端に、すとんと落ちてきた秋の蚊。一撃必殺の離れ業である。蚊に血を吸われたとか、纏われるなどの句はたくさんあるが、蚊を仕留めた句はめったにない。しかも、「手を打つ音に」はうまい表現である。秋の蚊も狙った相手が悪かった。 

稲架結ふや首筋太く農を継ぎ  大野 静枝(宇都宮)

 農家に生まれ、農作業を見て育ち、そして農を継ぐ。これが自然のように思うのだが、現実は必ずしもそうはならない。しかし、この青年は立派に農業を継いでくれた。
  「首筋太く」に農作業に励む息子を、頼もしく思う母親の気持ちが現れている。

大空に鳶舞ふ稲刈日和かな  大滝 久江(上 越)

 越後平野の上空を鳶が悠然と舞っている。雲一つない上天気。朝から村中が一斉に動き、どこの田もコンバインの音が響いている。豊かな秋の稔りを祝福しているような稲刈日和である。

この地図の端にをりたり猫じやらし  安藤  翔(浜 松)

 知らない町を旅して、地図を拡げて今いる位置を確かめている。来たルートを指でなぞって、探り当てたところが地図の端っこだったという。さて、地図のない方へ前進するべきか、引き返すべきか迷うところ。居る場所が地図の中央でなかったことにおかしみがある。


    その他触れたかった秀句     

銀漢のいくつ零れて大砂丘
爽涼や智恵子の恋ふる空のあり
空と海一直線に分けて秋
大会に先師の遺影秋澄めり
玫瑰の実の温もりへ手を伸ばす
蜉蝣や水面の影の透き通る
犬を呼ぶ牧の口笛天高し
稲を刈る一株づつの鎌の音
敬老の日や甘藍の苗曲がり
うそ寒の甕のめだかを覗き込む
乗つてゆく風を見てをり渡り鳥
芒揺れ夕日すとんと落ちにけり
月光のきらきらと堰落つるかな
括られしコスモスに風よそよそし
秋の川英語はリズミカルでいい

塩野 昌治
岡 あさ乃
佐々木智枝子
渥美 尚作
高山 京子
大石美枝子
萩原 峰子
中嶋 清子
伊東 正明
植松 信一
小長谷 慶
佐川 春子
川本すみ江
佐々木克子
竹中 健人 

禁無断転載