最終更新日(Update)'18.02.01

白魚火 平成30年2月号 抜粋

 
(通巻第750号)
H29.11月号へ
H29.12月号へ
H30. 1月号へ
H30. 3月号へ

 2月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    斎藤 文子 
「和  紙」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
鈴木喜久栄、萩原 一志  ほか    
白光秀句  村上 尚子
句会報 白魚火出雲俳句会 ―白岩主宰を迎えて―   山本 絹子
句会報 群馬白魚火会   遠坂 耕筰
句会報 金曜句会合同句集 「君子蘭」祝賀会   高山 京子
句会報 平成二十九年度栃木白魚火 第二回鍛練吟行句会   星 揚子
句会報 坑道句会須佐神社吟行記  原  和子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     塩野 昌治、稗田 秋美  ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(磐 田) 斎藤 文子   


みどり児のまあるい欠伸日脚のぶ  中嶋 清子
(平成二十九年四月号 白魚火集より)

 歌手のイルカさんに「まあるいいのち」という曲がある。「二つの手のひら ほほにあてれば伝わるぬくもり まあるいいのち」と続く。この中に幾度も出てくるフレーズが「一人にひとつづつ 大切な命」
 掲句を読んだ時、この歌が浮かんだ。みどり児とは、新芽のような若々しい三歳位迄の幼児。その子が欠伸をした。きっと口の開け方が丸かったのだろうが、まあるいと音にしても、文字にしても優しい言葉で、一層読み手が和む。昼の時間が増してゆくこの先、お外遊びも盛んになることだろう。

春立ちぬ薄焼卵に裏表  稗田 秋美
(平成二十九年四月号 白魚火集より)

 そう言えば、薄焼卵は確かに両面の様子が違う。そうかあれは、裏と表なのかと妙に納得してしまった。玉子焼やだし巻玉子は、巻いて焼くため裏も表もなく仕上がる。ちなみに私は、フライパンに接した面が裏のような気がする。
 春立つ日、多分朝食の支度中に気づいた事を一句にして、作者は明るい一日をスタートさせたことだろう。

立春大吉句座に青年一人ゐて  小林 さつき
(平成二十九年四月号 白光集より)

 寒が明け、春となるおめでたい日の句会の光景である。俳句人口が高齢化しつつある昨今。この青年はまだ俳歴が浅いのではないだろうか。それを句座のベテランが温かく見守っている雰囲気がよくわかる。上五「立春の」ではなく「立春大吉」と言いきったところに作者の嬉しさを感じる。
 本誌平成二十九年十一月号に、名古屋句会の会報が載っている。この句会、参加者二十二名のうち、七名が三十歳以下という。たのもしい限りである。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 潤  目 (旭 川)坂本タカ女
川暮れてきし初鴨の遠鳴きす
銀杏と言ひ袋ごと置いてゆく
紙に顔かくす恥らひ草の花
ふえてくるほど淋しさつのる雪螢
抱きかかへては縄締むる雪囲ひ
笹小屋三棟懐抱きに山眠る
街路樹に吊る落し物霜の朝
あぶりたる目玉の抜けし潤目かな

 菊 の 酒 (静 岡)鈴木三都夫
名を変へて月の出遅き十三夜
深々と月光降りぬ十三夜
丹精の菊の一葉も偽らず
黄金の衣裳眩しき大銀杏
人杖を借りて訪ふ句碑野菊晴
小鳥来る句碑の掃除をしてをれば
成人を迎へし句碑と菊の酒
分身の句碑の落葉は手で拾ふ

 落  葉 (出 雲)山根 仙花
今年また落葉の日々となりにけり
落葉掃くことの日課となりにけり
大空の風に乗りたる落葉かな
落葉舞ふ風に逆らふこともなく
やや荒き風に乗りたる落葉かな
落葉焚く煙夕べとなりにけり
縁側にお茶飲む落葉日和かな
明日は焚く庭に寄せたる落葉かな

  咳 (出 雲)安食 彰彦
咳をしてから本音吐きだせり
落葉踏みながら涙を語りけり
振り向けば清楚可憐な冬すみれ
大嚏二度目のくさめ手で覆ふ
独り言云ひつつひとりおでん酒
揃へある木沓の影にある寒さ
塵ひとつ許さぬ社枯葉舞ふ
柏手を打ち咳などをこぼさずに

 今朝の冬 (浜 松)村上 尚子
天高し焼きたてパンににつきの香
午後の日のまん中にある烏瓜
銀漢へエレベーターの灯を繋ぐ
木守柿みるみる塔のかげりけり
ふる里の山見えてをり今朝の冬
初しぐれ碇泊灯に火の入りぬ
弓手より日当たりながら山眠る
行き行けど枯野の月がついてくる

 能 舞 台 (唐 津)小浜史都女
吊革のきしみもたのし紅葉狩
狛犬に角あり松に新松子
近づきて餌を欲る鹿の長睫毛
鹿とおなじものを食して小春かな
神留守の潮満ちてくる能舞台
朱印所に列紅葉散る黄葉降る
冬紅葉反りうつくしき勅使橋
落葉踏む町家通りにつるべ井戸

 闇 太 郎 (宇都宮)鶴見一石子
誕生日斎ふ歳時記小春かな
言語リハビリ舌尖らせて小六月
短日や追ひ駆けて来る闇太郎
磐城より野州の宙へ鷹飛来
晴天や鷹の鉤爪動き出す
上水の堤黄桜返り花
薮柑子念ひの随に根を張れり
吾が脳に神の庇護あれ寒満月

 小 春 凪 (東広島)渡邉 春枝
鈍色の空や綿虫湧くごとく
雪ぼたる町屋通りを漂へり
海を来て兎の群れに囲まるる
一羽来て二羽来て兎キャベツ食ぶ
小春凪つぶての如く島浮かぶ
島山のいづこ行きても兎の眼
波音も風音もなき冬木の芽
初しぐれ島に残れる毒ガス庫

 山 眠 る (浜 松)渥美 絹代
青木ヶ原樹海の紅葉黄葉かな
紅葉且つ散る路線バス反転地
たて笛を吹きつつ帰る神の留守
湯気こもる厨勤労感謝の日
凩や和紙に包める塗りの盆
湧水のほとり大根洗ひ積む
鯖を抱く地蔵信濃の山に雪
山眠る茅葺きを組む竹あをき

 紅葉見る (函 館)今井 星女
名園の一万坪の紅葉かな
別荘に茶室ありけり紅葉晴
その中のいろは紅葉をいとしめり
むづかしいことはさておき紅葉見る
脳細胞いま空つぽや紅葉見る
紅葉みてわが人生をふり返る
一と葉づつ又一葉づつ紅葉散る
落葉踏む音をたのしむ一と日かな

 菊 花 蕪 (北 見)金田野歩女
秋の滝痩せて岩肌透くるほど
錦木や程佳く古りし檜皮葺
黄落期白梟の薄眼
器楽部の舞台きびきび文化の日
立冬の背中ぽかぽか玻璃磨く
漱石忌姉妹猫好き猫嫌ひ
前以つて包丁を研ぐ菊花蕪
冬靴の馴染んできたる一歩づつ

 ぼ ろ 市 (東 京)寺澤 朝子
ロケハンのカメラの捉ふ冬鴎
程々の熊手よく売れ三の酉
呼べばポニー耳で応へて冬ぬくし
木の葉散る物言ひたげなポニーの目
ぼろ市やわが身辺も負けてゐず
深夜聴くトランペットよ冬の星
読み了ふる「不忠臣蔵」街師走
雪催ひ遥か黄泉平坂も



鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 着ぶくれ (浜 松)佐藤 升子
白粥の光りて冬に入りにけり
十一月鞄に飴をひとつかみ
十二月汐入川に波走る
傘さして鳰の行方を見てをりぬ
桟橋の底を打つ波冬ざるる
着ぶくれて採血の腕差し出しぬ

 おでん酒 (江田島)出口 廣志
段畑に煙一条冬に入る
兄さんと呼ばれて交はすおでん酒
腰屈め低く鍬打つちやんちやんこ
海光を浴びてをりたる蜜柑山
空つ風独り降り立つ無人駅
大股で一歩踏み出す霜の朝

 稚 の 足 (宇都宮)星  揚子
小さき鐘打つて僧呼ぶ小春かな
両面が表の魚板冬日影
水音の冬も豊かに雲巌寺
小春日の笑ひて動く稚の足
冬の日を握り雲梯渡りきり
冬空へ乗馬の頭弾みけり

 落  葉 (牧之原)本杉 郁代
どれもみな栞りたくなる紅葉かな
散り敷ける銀杏黄葉に日の温し
短日の夕日を乗せて山暮るる
安らけき句碑の歳月冬の苔
散れば掃く掃けば散り来る落葉かな
郵便夫軒毎止まる師走かな

 夕日の帯 (出 雲)渡部 美知子
地図になき小径へ石蕗の花明かり
神議りひと息つける小春かな
一面を浄土に銀杏落葉かな
鴨の群れ夕日の帯を解きゆけり
梁をほめ猪鍋の輪に入りぬ
鈍色の塊となる冬の湖

 稲  雀 (群 馬)荒井 孝子
稲雀一羽遅れて吹かれけり
枯蟷螂死にゆく時も鎌上げて
御手洗の水音かすか石蕗の花
三日月の手の切れさうな寒さかな
干大根夕日すとんと落ちにけり
着ぶくれの男のたまる喫煙所

 色変へぬ松 (浜 松)安澤 啓子
色変へぬ松や富士山遥拝所
修験者の往来の道杜鵑草
銀杏や重き引戸の宝物館
木彫仏の眉間にひびり秋深し
薪棚の割木のにほふ雪螢
やはらかなみづうみの風冬桜

 散 紅 葉 (宇都宮)宇賀神 尚雄
露寒の畑に鴉のうづくまる
筑波嶺や裾に穭田広々と
水澄むや流れに逆らふ鯉の群
窓外にゆるき風ありおでん鍋
嶺々に色鮮やかや冬紅葉
散紅葉浮かべて水の淀みをり

 落  葉 (東広島)挾間 敏子
木犀へ開け放ちたる遺影の間
ふだん着の父母に連れられ七五三
食卓を文机にして一葉忌
拾ひたる落葉に深き日の匂ひ
憂きことは言はぬスピーチ忘年会
クリスマスソング流して魚市場

 神 無 月 (旭 川)平間 純一
枝川や孤独の好きな鴨のゐて
冬ざれや山も仏も晒されし
何燃やすでもなき煙や神無月
踏みしめて根雪と思ふ今朝の雪
禰宜ひとり神去月の雪を掻く
ちよいと斜に雪の帽子の一都句碑

 後 の 月 (宇都宮)松本 光子
前略と書いて眺むる後の月
あけび売るあけびの蔓の籠に盛り
行きずりの人に道問ふ秋の暮
魚板旧る紅葉明かりの雲巌寺
秋寂ぶや石に寄り添ふ石仏
賽銭のことりと音し小春かな

 室 の 花 (浜 松)弓場 忠義
黒塀の節穴一つ冬に入る
菊焚いて生臭き風立ちにけり
我が足も机の脚も冷たき日
白足袋を干して小鉤の光りをり
冬苺ふくみて遠き人を恋ふ
室の花ラジオの歌を聞きながら



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 鈴木喜久栄(磐 田)

初鴨に一番星のかがやきぬ
描きかけて通草の色の萎えて来し
行く秋の何でも吊るす納屋の軒
藁塚の影立つ峡の日暮かな
空重くなりしか鳰の潜りけり


 萩原 一志(稲 城)

秋日濃し一輪挿しの藁細工
伴天連の天守の秋を惜しみけり
縁側に母の寝息や白障子
星空へ飛沫上げたる鯨かな
公園に踊る道化師北風の中



白光秀句
村上尚子


初鴨に一番星のかがやきぬ  鈴木喜久栄(磐 田)

 鴨は人間にとって最も身近な水鳥であり、四季を通じて親しむことが出来る。その中で歳時記では秋の鴨をあえて「初鴨」、「鴨渡る」、「鴨来る」として鴨を待ち受ける言葉を使っている。作者はたまたま訪れた夕暮の水辺の空を見上げて、「一番星のかがやきぬ」と、あたかも星が喜んでいるように表現した。しかし、一番喜んでいるのは本人である。やがて水面を奪い合うような賑やかな鴨の群を見かける日も遠くない。
 藁塚の影立つ峡の日暮かな
 かつて何でもなかった風景が、今では非常に貴重なものに見えることがある。「藁塚」も忘れ去られてゆくものの一つである。眼前の景色とその思いを無駄なく、そして余情ある作品に仕上げている。

星空へ飛沫上げたる鯨かな  萩原 一志(稲 城)

 最近は国内の近くの海でホエールウォッチングが楽しめるという。掲句は実際見たことが無い人でも画面などで見る「鯨の潮吹き」の豪快な姿から連想することが出来るだろう。それも「星空へ」である。季語には捕鯨、そして鯨そのものがあるが、「白魚火」では私の知る限り初めてのような気がする。関連の作品も見たかった。
 伴天連の天守の秋を惜しみけり
 キリシタン大名として高山右近、小西行長等の名前が浮かぶ。場所は分からないが、いずれにしても戦国時代から江戸初期にかけて、キリシタンとして信仰をした大名の生涯に思いを馳せている作者の姿が見える。両作品共に、珍らしい素材に目を向けたことにエールを送りたい。

灯台の影置き芝の枯れ始む  野田 弘子(出 雲)

 「灯台」「影」「芝」の三つの名詞により構成されている。そしてこの影は時間と共にその位置を変えてゆく。日に日に深まりゆく冬の景を分かりやすく鮮やかに表現している。
 
みづうみの鳥の来てゐる冬田かな  宮澤  薫(諏 訪)

 作者が諏訪市にお住まいということから、この「みづうみ」は諏訪湖と思われる。八ヶ岳に雪が降り始める頃には多くの鳥が飛来してくる。その中の数羽を近くの「冬田」で見掛けたことにより、鳥達への思いを一層深めているのである。

湯たんぽに足をそろへて眠りをり  榎並 妙子(出 雲)

 いたって明快であり、それが新鮮でもある。「足をそろへて」には作者の性格や、暮しぶりまで見えてくるようで好感をもった。

厨房に夫勤労感謝の日  根本 敦子(北 見)

 行事や忌日の作品はとかく説明に陥りやすい。しかし掲句の取り合わせにはユーモアが感じられるところが良い。それぞれの家庭にはそれぞれの流儀があり幸せがある。

口が滑りさうなりマスク掛け直す  井上 科子(中津川)

 「マスク」の効用は風邪の予防だけではない。花粉や粉塵、そして人目を避ける時にも使われるようだ。しかしこのマスクの使い方はまた違う。さて、掛け直したことにより、無事にその場がおさまったのだろうか。

襟巻の狐と狸長話  花木 研二(北 見)

 たまたま「狐」と「狸」の「襟巻」をした者同士が、道端で「長話」をしている。一読して〝狐と狸の化かし合い〟という言葉があることに気が付いた。そのことを思うと、この句の面白さは増幅する。

陵の小さき門扉や冬紅葉  西沢三千代(浜 松)

 「陵」は皇室の墳墓の総称だが、それがある場所や規模はさまざまである。この句は「小さき門扉」と表現していることから、読み手はそれなりの想像をする。「冬紅葉」により、場所と作者の思いが表われている。

いたづらな風の集まる枯柏  山本 美好(牧之原)

 周囲の木々の葉がすっかり落ちた頃、「枯柏」の存在はひときわ目立つ。この句の面白さは何と言っても「風」を擬人化したところにある。寒風の中に立ちながらも、作者のものを見る目には余裕があると見てとった。

赤ワイン買ふ初雪となりてをり  秋穂 幸恵(東広島)

 ワインを抱えて帰る途中、たまたま雪が降りだした。ただそれだけだが、それが「初雪」だったということがこの句の印象を強くしている。読者のそれぞれの想像から新しい物語が始まるような気がする。



    その他の感銘句
小春日や端切れで作る鏡掛け
一樽に満たぬ沢庵漬けにけり
道化師の輪の中にをり七五三
産土の銀杏千年神の留守
格子戸の閉ざされ黐の実の赤し
み仏の耳朶は肩まで小鳥来る
ガス灯の滲む馬関や冬の月
子のシャツの異なるボタン冬うらら
笛の音に御火焚の火の立ちあがる
神送狛犬鼻も耳も欠け
短日や文机にある一筆箋
銀杏黄葉安田講堂古りにけり
新海苔に包まれ大き握り飯
宍道湖に片脚を乗せ冬の虹
とろとろに煮ゆる牛すぢ暮早し
陶山 京子
清水 春代
中野 宏子
山田 哲夫
高井 弘子
水出もとめ
吉田 博子
杉原  潔
市野 惠子
中野 元子
市川 節子
高田 喜代
竹山久仁昭
今津  保
藤原 益世


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 磐 田  塩野 昌治

魚跳ねてうみ晩秋の色となる
冬はじめ力抜きたるやうな波
白鳥来古き友待つ思ひかな
十一月の風に芯あり奈良井宿
一陣の風いちまいの朴落葉

 
 福 岡  稗田 秋美

虎落笛二枚重ねのオブラート
着脹れて整列出来ぬ人となる
冴ゆる月漫画抱へて戻りたる
自堕落といふ快楽の炬燵出す
蕪蒸し餡のむかうに海老少し



白魚火秀句
白岩敏秀


白鳥来古き友待つ思ひかな  塩野 昌治(磐 田)

 白鳥はヤマトタケルが死後に、白鳥になって飛び去ったという伝承があるくらい、日本人には親しみのある鳥。「鵠」(くぐい)は白鳥の古称である。
 春に北帰行して、再び日本へ渡ってきた白鳥との再会。幾千里を飛び続けて来てくれたのである。それはまるで旧友に会う心地だという。白鳥に寄せる強い気持ちがそのように思わせるのだろう。「朋あり遠方より来たる また楽しからずや」の心境。
十一月の風に芯あり奈良井宿
 奈良井宿は長野県塩尻市にある。そこでの旅行吟。
 暖かい太平洋側と内陸の長野では風の気質が違う。作者は奈良井宿の風を「芯がある」と捉えた。遠州の空っ風とはひと味違う風の冷たさである。信州に冬が始まった。

自堕落といふ快楽の炬燵出す  稗田 秋美(福 岡)

 江戸の俳句に「極楽の道へふみ込むこたつかな 蓼太」がある。炬燵は極楽にもなり、自堕落にもなるものらしい。確かに、炬燵に入れば動くことが億劫となる。そこで、必要なものは座ったままで、或いは寝たままで手の届くところに配置することになる。動かないこと、まことに快楽であり、言い得て妙。
 蕪蒸し餡のむかうに海老少し
 料理や食事の俳句は難しい。大抵は作者一人で食べて、ご馳走様と終わって仕舞う。読者はただ見ているだけ。やはり一緒に食べたくなるように句を料理したいものだ。
蕪蒸しは色々な具材を入れて作る。この句は「餡のむこうに海老少し」と、まるで宝探しをするような楽しさを味付けして、妙味を引き出している。

枯木立どの枝となく揺れはじむ  勝谷富美子(東広島)

 ことごとく葉を落として寒々と立つ枯木立。葉を落とせば、もう後には何もすることがない。それでも風が来れば、どの枝からとなく、連鎖反応のように揺れ始める。あたかも生きている証を示すように…。人生の哀歓を覚える句である。

木枯しや山越えとなる塩の道  渥美 尚作(浜 松)

 塩の道は全国にあるが、この句の塩の道は同掲の青崩峠から秋葉街道であろう。秋葉道は信仰の道であり、塩の道でもあった。今は街道は整備され、自動車で容易に往来できるが、かつては難渋した道であった。作者はこの道に立ち、往時の苦労に思いを馳せていた。折しも、木枯しが作者の身体を攫うように吹いた。思わずこれから越えねばならぬ山を見上げた。その魔物のような山…。

足のせてみる銀色の朴落葉  寺田佳代子(多 摩)

 眼の前にぱさりと朴の葉が落ちてきた。その大きさに思わず足をのせてみた。仁尾先生に〈朴落葉十六文は優にあり〉の句がある。十六文は約四十センチ弱。
 力士の手形があれば掌を合わせてみたくなり、仏足石があれば足を乗せたくなる。それが人の心理というもの。作者の行動に素直に同感できる。

写真屋の掃きし境内七五三  吉村 道子(中津川)

 着飾った親子が七五三でお参りしてくる。境内の一等席に陣取った写真屋が、言葉巧みに記念写真を勧める。写真屋も境内を借りるために、落葉掃きなどを請け負ったのだろう。この句、七五三の中心人物から視点をずらした面白さがある。

咳をして己がせき聞く宵の口  坪井 幸子(浜 松)

 自由律俳人尾崎放哉の〈咳をしても一人〉は深い孤独感が滲んでいる句である。揚句も「己がせき聞く」の表現に、我が身を心配してくれる人がいない孤独な響きがある。一人でお住まいの人かもしれない。

冬桜散りしか墓を振り返る  金子きよ子(磐 田)

 命日か何かで墓参りをされたのだろう。懇ろにお参りして、いざ帰ろうとすると、誰かに呼ばれたような気がして振り返った。しかし、後ろには誰も居ない。はて? 亡き人の気配だったか、冬桜が散ったのか訝っているところ。

初海苔や怒濤来たぞと夫の声  樋野美保子(出 雲)

 作者は出雲の十六島の人。従って、この初海苔は『出雲国風土記』に出てくる〝十六島海苔〟である。
 海苔摘みは日本海の荒れる冬に行われる。「怒濤来たぞ」と叫ぶ夫の声が、岩場で行う危険な作業の緊迫感を活写している。


    その他触れたかった秀句     

水染めて絵筆を洗ふ冬紅葉
残る菊激しき雨に倒れけり
潮満ちて稲佐の浜の神迎
本流の細りて紅葉濃くしたり
鴨の陣湖の夕日に増えてをり
木守柿一番大きもの残す
余念なき鋸の目立てや小六月
北風に光を返す蜘蛛の糸
小六月伝ひ歩きの真顔かな
信号の赤より赫き冬落暉
仕事着を繕ふ勤労感謝の日
公園の椅子は切株小鳥来る
踊り子のやうに舞ひ散る落葉かな
菊人形胸元の菊混み合へる
山茶花や蔀戸越しの巫女の声

川本すみ江
吉田 智子
福間 弘子
加藤 美保
船木 淑子
伊藤 妙子
原  みさ
伊東 正明
植田さなえ
江連 江女
朝日 幸子
大石美枝子
平野 健子
市川 泰恵
高橋 裕子 

禁無断転載