最終更新日(Update)'15.03.01

白魚火 平成27年3月号 抜粋

 
(通巻第715号)
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 3月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    萩原一志 
「行方知れず」(作品) 白岩敏秀
「邪気払ふ」(作品) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
間渕 うめ 、西村ゆうき  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
         田口  耕、森  志保 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(東 京) 萩原 一志    


つるし雛鳥に魚に虫に毬  小浜 史都女
(平成二十六年五月号 曙集より)

 柳川では「さげもん」と呼ばれる、女の子の初節句に飾られる柳川地方特有の吊し雛がある。紅白の布を巻いた竹の輸に、七つの飾りを付けた七本の糸を等間隔に提げ、中央に大きな柳川手毬を二つ吊したものである。旧柳川藩主立花家の広い座敷で、毬を囲むように「さげもん」の鳥や魚や虫たちが華やかに揺れているのであろうか。座敷の外に目をやれば、春炬燵の小舟が水路をゆったりと行き交う。春まだ浅き柳川の情景が見えて来るようだ。同じ作者の「華やかに柳川手毬雛の段」も掲句と同じ情景を見事に捉えている。

大川に潮の満ちくる涅槃西風  寺澤 朝子
(平成二十六年五月号 鳥雲集より)

 仲春の大川(隅田川)、勝鬨橋に立つと東京湾からの潮が満ちてくる様子が良くわかる。大川の流れと潮の流れがぶつかり合うところだ。橋からは上流にスカイツリー、下流に築地市場が広がる。橋の下を屋形船や貨物船がひっきりなしに通る。川面を渡る涅槃西風はまだ少し冷たいが、心地良い。涅槃会「陰暦二月十五日」はお釈迦様の入滅の日にあたり、涅槃西風はこの頃に吹く風の事を言う。時期的には春の彼岸前後で、一般に西方浄土からの迎え風などとも言われる。その風が、潮の満ちて来た大川へ吹き渡り来るのである。

係留の船みな白し春一番  林  浩世
(平成二十六年五月号 白魚火集より)

 春一番は立春から春分の間に、その年初めて吹く南よりの強い風のこと。作者の住む浜名湖の景であろうか。漁に出る白い船が湖の小さな湾に係留されている。「船みな白し」と言い切った所から、春の到来を待ちわびていた作者の心躍る思いがうかがえる。文、春一番が吹く中、漁に出て行く人々の安全を願う作者のやさしさも感じられる一句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 冬 の 壁  坂本タカ女
海鳴りや行方くらます冬の蝶
木枯や石塊土台漁夫の家
鮭採卵場鎖す手袋の落ちてをり
草まみれなる犬ふぐりの返り花
落葉松林白樺林時雨けり
羽搏かずとび交ふ鴎浪の花
炊きたて茸飯土鍋ごと風呂敷に
吾が影の猫背うすうす冬の壁

 笹  鳴  鈴木三都夫
採るよりも零るる数の零余子かな
園丁の箒にかかる龍の玉
一羽鳴き二羽ゐるらしき笹子かな
笹鳴の鳴き零したる茶の実かな
雨寒し宿る術なき石仏
寒蘚の石の座寒き一羅漢
冬桜枯木に花を咲かせけり
茶の花の咲き残るまま年越さん

 三  日  山根仙花
ポケットに手を突つ込んで枯野ゆく
葱刻む音の忙しき目覚めかな
攻めてくる柚子湯の柚子を押し払ふ
部屋部屋のまだ落ち着かぬ初暦
一冊の歳時記机上に去年今年
変りなき初山河あり有難し
立ちのぼる初湯の湯気に身を沈め
新しき句帳をひらく三日かな

 と ん ど  安食彰彦 
気負はずに生きんと思ふ二日かな
告げぬこといろいろとあり餅を焼く
受験生ほつたらかしに山眠る
神官の手よりとんどの御神酒受く
神苑の青竹爆ずる大とんど
笛の音に煽られてゐるとんどかな
神苑のとんど紅蓮となりて果つ
おもむろにマスクを掛くる美人かな

 お 元 日  青木華都子
長梯子掛けて捥いだる柚子四、五個
除夜の月仰ぎつつ鐘撞いてをり
蝶凍つる靴脱ぎ石の日溜りに
夜明け前雪から雨となつてをり
のけ反つて撞く除夜の鐘二打三打
初明かり男体山の真上より
正座して聞く説法やお元日
短冊にしたたむる句やお元日

 初 東 雲  村上尚子
木枯の吹き残したる山の月
無傷なる朴の落葉を重ね持つ
霜柱踏んで返事の大きな子
学僧の声きびきびと十二月
杉の秀に星を飾りて年籠
初東雲波押し合うて来たりけり
音少し弾ませ包丁始かな
切山椒となりの部屋の笑ひ声

 豆腐サラダ  小浜史都女
身の丈のくらしもよくて冬構
鳰昏れて水の匂ひも昏れてきし
町並に白抜きのれん師走来る
コンセントで水車のうごく十二月
十二月八日冷たき小芥子の目
田仕事の男勝りや山眠る
柚子風呂に百を数へし日もありぬ
豆腐サラダ大根サラダ年忘れ
 去年今年  小林梨花
古里の如き温もり掘炬燵
不意に降る雪に埋もるる地主神
行く年や沖よりの風がうがうと
燭の炎の瞼に残る去年今年
年始とてスマホで交はす親子かな
名湯の匂ひに浸る初湯かな
初漁の出船の汽笛高らかに
寒に入り耳の奥まで疼きけり

 津軽富士  鶴見一石子
菊焚いてけふの力を賜はりぬ
つつましく生くる真情お茶の花
冬銀河涛が涛打つ鹿島灘
津軽富士真向ひにあり大根干す
米糠も雑ぜて寒肥打てといふ
熱燗や飯台にあるつまみ塩
置き薬買ひ薬ある掘炬燵
天命は切りひらくもの冬北斗

 初 景 色  渡邉春枝
冬鳥の好きな木のあり森のあり
マネキンの高き鼻梁や寒波来る
凍つる夜の薬缶に満たす山の水
すぐそこと言はれて遠き冬田道
着ぶくれの肩のふれ合ふ秘佛堂
群鳥の一斉に翔つ初景色
初春や寺に伝はる玉の石
石手寺の香煙まとふ五日かな

 数 へ 日   渥美絹代
乾きゆく港の糶場冬夕焼
数へ日の母に日射しの深き部屋
飾売り月の明るくなつてきし
煤払しばらく風の止みてをり
忌籠の家南天の実のたわわ
ひとひらの雲の流るる松飾
墓道の途中御慶を交しけり
光りつつ流るる川や麦青む

 時 雨 忌  今井星女
太陽は燃えはらはらと牡丹雪
降る雪をあたたかしとも思ひけり
一としばれ来て大根の漬かりけり
鰊づけ氷と共に食卓に
雑用といふ言葉なき師走かな
芭蕉庵に羽根を休めし都鳥
時雨忌や庵に今も蓑と笠
露の世に恥づることなく生きたしと

 空  風  金田野歩女
冬の地震崩されてゐる軒の薪
寒の濤真正面の無人駅
空風に押され浮足五歩六歩
松飾りやうやう築後二十年
紫の雲の棚引く二日かな
縫初や直ぐに乱るる針の山
賑やかも静かも宜し四日かな
色白の寒月仰ぐ家路かな

 初 山 河  寺澤朝子
羽子板市一段高みに幸四郎
その先は浅草六区飾売り
高階の窓の下行く夜番の柝
中天に月皓々と年行く夜
初山河一人ひとりに母郷のあり
嘶いて寄りくるポニー初社
踏みさうな近きへはづみ初雀
東国の土やはらかや若菜摘む


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 冬  鴎  上村  均
遠く来し船に群がる冬鴎
ともづなを解くや港に冬の虹
ゴンドラの影の這ふなり冬紅葉
水仙や農家に残る牛舎跡
一舟を川に残して冬日落つ
寒林の隙をするする日の沈む

 去年今年  加茂都紀女
南から今日は北から雪だより
柊の咲く二荒山の裏鬼門
奥殿の弥陀見そなはす除夜明かり
筑波嶺に満月あがる五日かな
七草を探して風の姿川
割烹着の白にこだはる松の内

 臘  梅  関口都亦絵
鴨浮寝相寄る瀞の碧さかな
らふ梅のはや香を零す坂の家
ダムとなる母校最後の初国旗
美しきさくら炭の火お初釜
寄せ植ゑの小さき春を窓に置く
子ら帰り生気の戻るシクラメン

 雪が降る  奥田  積
残菊は「片付けました」と妻のいふ
農小屋のセメント瓦冬ざるる
息で描く硝子の絵文字クリスマス
のんびりと妻の買物雪が降る
電線の混みあつてゐる雪の朝
郵便受をはみ出す手紙雪ばんば

 地  酒  梶川裕子
筆太の地酒の徳利熱燗に
人の訃の駈けぬけてゆく虎落笛
水明りほどの華やぎ枇杷の花
風花の舞ふ御城下のなまこ壁
山門は閉づることなし銀杏枯る
伯耆富士のよく見ゆる日や大根干す

 風  花  金井秀穂
風花のいのち大地に触るるまで
相寄りて炬燵はみかん剥くところ
白き息箱根の山を駆け下る
浄め塩ほどのお降り賜はれり
病床の枕辺に吊る新暦
初暦先づ捲り見る十二枚
 
 鴨 の 長  坂下昇子
小春日の雲が羊になりにけり
枯木立教会に灯の点りたる
全長を見せて羽博く鴨の長
富士に日を残して暮るる枯野かな
足跡のたちまち消ゆる冬砂丘
息吐いて今朝の寒さを確かむる 

 大 晦 日  二宮てつ郎
海眩し裸木の声聞えさう
電子辞書打ち違へたる時雨かな
枯山や枯トンネルや通院路
遠き音また一つ生れ冬の暮
枕許の懐中電灯虎落笛
電柱の無言と対し大晦日

 ひよんどり  野沢建代
御降りの雪の残れり三日堂
集落は二十に足らずひよんどり
奥の間に面置く棚や霜の声
斎竹で囲む御手洗冬椿
笛の音の届く棚田の蕗の薹
臘梅の見上ぐる丈となり匂ふ

 冬  芽  星田一草
出雲より便りの届く神無月
読み止しの眼を移す蜜柑山
鴨寄り来ポケットにあるパンの屑
牡丹の冬芽は確と朱を抱く
尖塔の十字架に日矢片時雨
冬ざるる送電線が山繋ぐ

 初日の出  辻 すみよ
力抜く葉より落葉となりにけり
数へ日やゆつくり廻る観覧車
着ぶくれて少し恥らひありにけり
如来様くすぐるやうな煤払ひ
茶原より喚声あがる初日の出
普段着で行く産土の初参り

 干支の鈴  源  伸枝
牛の仔の太きゆばりや冬うらら
百円で動く木馬や山眠る
冬麗や筆にふくます墨の色
湧くやうに綿虫ふゆる古戦場
行く年の埃を眉に木地師かな
お降りや掌に鳴る干支の鈴


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 間渕 うめ

初買や蕾あまたの花の鉢
銀髪の女史の正論花アロエ
マスクするその眼に信じたき力
化けさうな猫と冬日を分ちをり
九十歳に一のせ手毬歌うたふ


 西村 ゆうき

山の日の大らかにあり冬木の芽
湯気立ててよりペン走りやすくなる
新海苔の三角むすび角立てて
水摑み助走の鴨の飛び立てり
行く年のミシンに白布掛け納む



白光秀句
村上尚子


化けさうな猫と冬日を分ちをり  間渕 うめ

 「化けさうな」ということはこの猫が若くないということである。ちなみに猫は二歳で人間の二十歳、三歳で二十四歳、その後一年に四歳ずつ加算することで人間の年齢に置き換えることができるという。
 作者は長年この猫と家族のように暮らしてこられたのであろう。部屋に差し込む「冬日」の中で「猫」は猫であることすら忘れてしまっているようである。「冬日を分かちをり」は作者の最大限の愛情表現である。共に幸せな時間が流れている。
  銀髪の女史の正論花アロエ
  マスクするその眼に信じたき力
  九十歳に一のせ手毬歌うたふ
 前出の作品とは違う魅力と力強さがある。
 このような先達を見習い、もっと俳句の目と心を養わなければならない。

山の日の大らかにあり冬木の芽  西村ゆうき

 山には人を寄せ付けないような高山と、里山のようにいつも人々の暮しの中にある山がある。掲句は後者である。山は季節によっていろいろな表情を見せるが、今日は冬晴である。見馴れた山へゆっくりと目をやると、どの木の枝にもしっかりと冬芽を蓄えているのが見える。上十二のフレーズは真冬でありながら、ゆったりと五感に働きかけてくるような明るさが感じられ、来たるべき春への期待が膨らんでくる。
  湯気立ててよりペン走りやすくなる
 意外な季語の取り合せにはっとさせられる。句またがりの妙味も存分に発揮され、作者ならではの若い感性が輝いている。

棹さして来る竹瓮舟子も乗せて  佐藤陸前子

 「竹瓮」は地方によって今でも活躍している漁具の一つである。細竹を筒型に編み一方を結んで餌を入れ、水中に一晩沈めておいたものを翌朝引き上げるというもの。
 掲句は浅瀬ではなく、湖や川の深み迄舟で行くのである。夕暮のしばしの時間この親子には温かな時間が通い合っている。水墨の一幅の絵を見ているようでもある。
 あまり使われない季語だが大切にしたいものの一つである。

送る荷の絵本にはさむ落葉かな  溝西 澄恵

 日頃は離れて住むお孫さんへ他の荷物と一緒に絵本を送るのだろう。この前一緒に見上げた時は銀杏も楓もまだ青かった。今はすっかり色付いて「落葉」となったものを見せてやりたくて一冊の「絵本」に挟んだ。それを開いた時のお孫さんのうれしそうな顔と、その後の楽しげな会話が聞こえてくるようだ。

樽酒の良き名ばかりや明の春  大塚 澄江

 新年やお祝の場には「樽酒」がよく似合う。
 「良き名」とはいったい何というお酒であろうかと思ったが、作者と私が住んでいる遠州地方には「開運」というお酒があることを思い出した。
 作品は名酒に負けない切れ味の良さもあり、「明の春」がよりおめでたい気分を盛り上げている。

盆にのり雪兎二羽やつてきし  中野 元子

 「雪兎」の目はまつ赤な南天の実、耳は南天の葉というのが一般的であろう。
 作者はお盆に乗せられた「雪兎」を見ているだけかも知れないが「やつてきし」と言って、あたかも兎に意志があるように表現して楽しませてくれた。

九条を論じ新種のみかん剥く  加茂川かつ

 憲法九条は、戦後約七十年の間日本が硬く心に決めてきたことであるが、最近その根幹がゆらぎつつある。
 作者は戦争の時代を潜り抜けてきた世代であるだけにこの作品は重い。しかし「九条」という非常に固い事柄から「新種のみかん剥く」という言葉へのひるがえりは見事というしかない。

電飾の大樹に雪のつもりけり  山越ケイ子

 最近雪飾は冬の風物詩として定着している。LEDのノーベル賞の効果もあり益々盛んになるだろう。
 平成二十一年に白魚火全国大会が函館で開催された。その時の美しい風景に「雪飾」を重ねて思い出している。「大樹に雪のつもりけり」には、そこに立つ作者の深い詠嘆が感じられる。

初氷の皆割れてゐる通学路  石田 千穂

 氷に馴れている北国の子供達も「初氷」は特別なものらしい。登校したあとの道端の氷はことごとく割られていた。作者がそこを歩いて行くと先程通ったであろう子供達の元気な声や姿が浮かんできた。「皆割れてゐる」は子供達へのエールである。


    その他の感銘句
山寺の大藪小藪三十三才
連弾の肩に肩触れクリスマス
白菜をきゆきゆつと鳴かせ漬けにけり
前山に雲の影おく師走かな
伴奏は足踏オルガン聖歌隊
大鍋を自在に預け冬籠
畑に置く菜にとんがりの雪帽子
田を守る神に一献お元日
一週間咲いて今日より冬の薔薇
夜神楽や幕の端より風の入る
年の瀬をよいしよと越して九十歳
ゴーガンの画集見てをり外は雪
散紅葉忍び返しの鉄の錆
角刈りにされて垣根の年用意
大根引き夕日を背負ひ終りけり
大滝 久江
吉田 美鈴
中村美奈子
富田 育子
花木 研二
井上 科子
荻原 富江
田原 桂子
中村 國司
阿部芙美子
油井やすゑ
池森二三子
原田 妙子
大石伊佐子
梶山 憲子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 島 根  田口  耕

貝殻や踏めば砕くる冬の音
雪霏霏と艫綱たぐる二人かな
冬ざれや海胆壺山と乾びたる
大歳の晴れ一転の雷雨かな
海鳴りの囲みし島の三が日

 
 浜 松  森  志保

待ち合はせ場所まで枯葉踏みて行く
短日の九九つぶやきてより寝る子
大年の父と子星を眺めゐる
風強くなるころ注連を飾り終ふ
読み札の三枚足りぬ歌かるた



白魚火秀句
白岩敏秀


 海鳴りの囲みし島の三が日  田口  耕

 今年の正月は雪で始まった。これを「御降り」と思えばめでたいが、荒れるとそうとばかりは言っていられない。作者の住む隠岐島へのフェリーは欠航となってしまう。
 何処へも行けないことを託ちながら、炬燵で海鳴りを聞いて過ごした三が日。周囲が海の隠岐にとって海鳴りは珍しいことではないが、正月となればまた格別。年が新しくなったことを改めて感じさせてくれる海鳴りである。もう少しすれば、海鳴りは怒濤となって隠岐の木の芽を囲むことになる。
  貝殻や踏めば砕くる冬の音
 この貝殻は小さな薄い貝殻であろう。栄螺や牡蛎ではそう簡単にはいかない。それは兎も角、この句の眼目は貝殻が砕けた音でない、「冬の音」が砕けたところにある。冬に音のあるはずがないのだが、冬の凜冽な寒気を表現した音なのである。

待ち合はせ場所まで枯葉踏みて行く  森  志保

 街路樹の枯葉なのであろうか。葉を落とした木々の上には寒々とした空がある。待ち合わせの刻を気にしつつ行く歩に、枯葉を踏む音がついてくる。
 約束の時刻に、約束の場所で落ち合った友達同士。これからお喋りや買い物など楽しい時間が始まる。炬燵派とひと味違う若々しさの溢れている句。

輝いて冬鳥の発つ林かな  田原 桂子

 この冬鳥は一羽なのか数羽なのか不明だが、筆者は数羽と解したい。一羽では空の広さや林の広さに負けて「輝く」印象が薄くなるからである。
 何かに驚いたのか、餌場を他に求めてか数羽の冬鳥が一斉に林を飛び発った。その瞬間に冬鳥が光となって輝いた、と描写した。瞬発力のある「輝いて」の措辞で句に奥行きが生まれた。

雪匂ふ一本道を帰りけり  西村ゆうき

 雪明かりのなかに続く一本の道がある。彼方には町の灯りがあり、その一つが我が家の灯り。灯りの方へ雪の匂いの道をひたすらに、ただひたすらに歩いて帰る。
 雪は白という色、冷たいという感覚或いはしんしんという音で詠まれることが多い。しかるにこの句は「匂ふ」と嗅覚で詠んで新鮮。
 雪国に住む人の実感の句である。

子の茶碗しまつて終るお正月  横田美佐子

 「来て嬉し帰って嬉し」という言葉があるそうだ。子ども達が帰省して元気な姿を見ることは嬉しい、子ども達が帰って忙しさから解放されるのも嬉しい…とのことだろう。
 正月を賑やかにしてくれた子ども達が帰ったあとに残った幾組かの茶碗。この茶碗を仕舞えば今年の正月は終わる。嵐のように過ぎた毎日であったが、心満ち足りた正月であった。子ども等の一人ひとりの顔を浮かべながら丁寧に茶碗を仕舞っていく。しみじみとした母親の情が心を打つ。

着ぶくれて体重計の狂ひけり  玉木 幸子
 
 体重計が狂った?。いいえ、体重計はこの上なく正確です。それに針が飛び上がったのは、着ぶくれだけが原因ではありません。……?。
 正月三が日が終わるとすぐに小寒が来る。正月料理に着ぶくれ。恐る恐る体重計に乗った作者の頓知あるユーモアが楽しい。

お正月膝から膝へ送る嬰  加藤 明子

 嫁いでいた娘が赤ん坊と帰ってきたのである。家族全員で赤ん坊を、宝物のように膝にとってはあやしている。赤ん坊が笑えば家族のみんなが笑う。暖かで和やかな一家団欒のひとときである。
 赤ん坊は孫であるのに孫の字を使わず、赤ん坊の姿を描かずに可愛さを言い得ている。笑いの絶えない正月の居間であった。

湯たんぽや母の足より眠りつく  柴田まさ江

 今時の湯たんぽの材質は様々でプラスチック製のものまである。材質はどうであれ、効果は皆同じ。健やかな安眠を約束してくれる。
 この句の「足より眠りつく」は湯たんぽの急所をみごとに押さえている。


    その他触れたかった秀句     
寡黙なる男の器量龍の玉
女の手仕事始の火を使ふ
初産の牛に敷き足す今年藁
元日の拳をひらく赤子かな
初笑真顔が独りをりにけり
着ぶくれて鞴の炎見てゐたり
道場の寒気切り裂く稽古かな
襟巻の狐の四肢に残るつめ
寒月や島の宿より島眺む
十九社の屋根調うて年新た
初鏡老いを厳しくみつめをり
大きめのマスク匿名希望かな
初霜を耳を澄まして踏みにけり
冬ざれや売られゆく牛遠ざかる
嫁の来て雑煮の椀の増えにけり

松原はじめ
野澤 房子
花木 研二
牧沢 純江
塚本美知子
鳥越 千波
萩原 一志
神田 弘子
友貞クニ子
朝日 幸子
中西 晃子
久保久美子
富田 倫代
丸橋 洞子
仲島 伸枝

禁無断転載