最終更新日(Update)'11.06.19

白魚火 平成23年2月号 抜粋

(通巻第669号)
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 2月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    武永江邨
「青き踏む」(近詠) 仁尾正文  
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
稲井麦秋、渡部美知子 ほか    
白光集感銘句  白岩敏秀
句会報 社会保険センター浜松 円坐A
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          西田美木子、本杉郁代 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(島根) 武永江邨

 
新茶汲む皆一病をもつてゐし 井上栄子
(平成二十二年七月号白光集より)

 お茶(煎茶)を飲むことにより疲れた体も元気が戻る、どんなに忙しくとも午前十時と午後三時にはお茶の時間であり家内が準備する、その時間が待ち遠しく飲まねば気がすまない、そんな風習のある出雲地方の片田舎に生れ育った筆者である。
 歳をとると余計にお茶が欲しくなり隣近所の方や友人を呼んで茶会が始まる、お茶口と言えば野菜の煮染、漬物、駄菓子等々皿に盛り立ててあり見るだけで腹が肥くなる感じである。そこでの世間話が御馳走であり生活の中の楽しみの一つとなっている。
 掲句もそのような場で詠まれたものと思う、「これ新茶だよ」と語り乍ら急須から注がれる新茶の味は格別で一病位は吹っ飛んでしまうであろう。


表装は総縁金欄涅槃絵図 内山実知世
(平成二十二年七月号白光集より)

 白魚火誌上に発表される毎号の数多い句の中に表具表装を詠んだ句を見出すことは極々稀なことである。それが此の度投稿の為昨年の七月号を読み返している中に掛軸を詠まれた一句を見つけることが出来た。
 掲句「涅槃絵図」の句がそれであり心の弾む気持になった。釈迦の入滅を悲しむ弟子を始め、ありとあらゆる動物の泣き悲しむ様を画いた絵図は参詣した人の足を停める。
 この掛軸、総縁が金欄とあるから即ち金欄表具のこと、よくぞそこの処へ目をつけられ句に詠まれたと感心した。
 その昔西本一都先生の直筆の句を可成り表装させて頂いたのが懐かしい。


曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

  春  風  安食彰彦

マスクしてゐても眼は笑ひをり
ものの芽の込合うてをり句碑の背に
春風に行先まかせ銀の道
梅の道としか言はれぬ姫街道
辻堂に賽銭供へ青き踏む
春風を背負ひて来たる托鉢僧
ほしいまま春の光を掌に
納得のゆくとき椿落ちにけり


 天気晴朗  青木華都子

天気晴朗なれども梅を散らす風
木々芽吹く陶工房の小さき窓
町名は一条通り橡芽吹く
長閑けしや駄菓子屋で買ふメロンパン
囀の舌つ足らずの二た三声
飛火して畦に堤に野火走る
掃き寄せて焚くほどもなき春落葉
初蝶を見しと韓国よりメール


 青 々 と  白岩敏秀

早梅や仰ぎて青き空探す
亡き母へ春立つ水を供へけり
如月や砂丘の風のはがねなす
早春の波青々と裏返る
春の風野川の流れ音となる
梅東風や組み直されし城の石
落椿曲がりの多き女坂
蜆舟ひとつが向きを変へにけり


 真 魚 板  坂本タカ女

糀の香酒の香蔵の四温かな
念仏の香炷く数珠の冷たかり
木曽ひのき木屋の真魚板葱刻む
闇汁の炎の映るピアノかな
闇夜汁夜型女なるがゐて
雪しまき針目の荒きチップケリ
山刀にもアイヌ文様流氷来
家弛む音のしてゐる雨水かな


 流れ若布  鈴木三都夫

星の綺羅地へちりばめし犬ふぐり
凍てゆるむとろりと動く鯉の水
引きごろの鴨か寢溜めを貪れる
浜へ出る蜑の抜け径野水仙
流れ若布を引き戻したる鉤の先
流れ若布を追ひてよろめく女かな
引く波の忘れてゆきし若布を拾ふ
干潮の渚を遠く若布を拾ふ
  雁 帰 る  山根仙花

雪降れば雪降るままに過ごしけり
女体めく大根白く洗ひあぐ
石ころに躓くことも春寒し
鶏千羽千羽の声や水温む
風光る雄鶏声を絞り鳴く
髭を剃る鏡の中の山笑ふ
煙突の片身濡れをり春の虹
雁帰る山々肩をゆるめけり


 枕 石   小浜史都女

猫柳空明るくて冷たくて
ほころびし梅のかたちの京茶碗
笹も草も刈り込んである梅の寺
丈をみな低くしつらへ梅の寺
梅匂ふ殿の一夜の枕石
キリシタン灯籠も古り下萌ゆる
山門に藩の家紋や鳥の恋
鍋島の廟たかだかと鵲巣組む


 銀の小判   小林梨花

残雪に朝日かがよふ三瓶山
早梅や歩きたくなる銀の町
てのひらに銀の小判を乗せて春
鳳凰の鏝絵に風の光りけり
鳴き龍の聞えざる声聴く余寒
曙色の富士の末広春めきぬ
もてなしは手編の篭の雛の膳
雛の夜に満つる姉妹の笑ひ声


 心の振子   鶴見一石子

剪定の切り口に触れ入院す
前屈む浣腸ずぶり冴返る
手術器具きらきらきらと風光る
不様なる海老責め麻酔背余寒
高ぶれる心の振子春の闇
麻酔醒め現世の春と対峙せり
点滴の間合正しき朧月
立つことの出来る倖せ春の雲


 初 蝶   渡邉春枝

初蝶や少し大きな園児服
春泥を跳んで年長組となり
二杯目の珈琲春の雪降れり
風光る町へ口紅引き直す
蕗の薹摘む頃合をたしかめて
それぞれの井戸に名のあり木の芽風
境遇の似てゐて親し青き踏む
酒蔵につづく石庭紅椿


鳥雲集
〔上席同人 作品〕   
一部のみ。 順次掲載  

   涅槃西風  松田千世子
立春の光を呑みし鯉の口
足もとの畦より春の始まれる
真つ先に中州の柳烟らへる
梅の花離るるほどに香りけり
白木蓮風の緩びしとき開く
ハプニング起こしてしまふ涅槃西風

  猫 柳  三島玉絵
天領の水辺明るし猫柳
余寒なほ柏手打つて龍鳴かす
凍返る陣屋に残る仮獄舎
折目多き鉱夫免状凍ゆるむ
牢跡の太き格子や地虫出づ
竹の秋海へ通ずる銀駄道

 除 雪 車  今井星女
怪獣のごとく除雪車せまり来る
除雪車の轟音せまる夜明けかな
除雪車の眞昼のライト点滅す
除雪車の二台が交はす交差点
除雪車がやうやく生活道路にも
恐ろしきものの一つはしづり雪

 花ミモザ  織田美智子
籾殻に深く埋めて寒卵
臘梅の高枝を剪つて背の伸びし
初午の幟に風の強かりし
門前に法語を掲げ梅日和
鶯餅食むや師弟のへだてなく
胸に抱く鳩の心音花ミモザ
  観 梅   笠原沢江
観梅の誰れも留まる一樹かな
散るもなし搖るるも無くて梅花満つ
一山の梅万蕾の福よかに
峡狭間より吹き散らす杉花粉
心置くやうに静かな木の芽雨
常槃木の緑深めし春の雨

 干氷下魚  金田野歩女
晴天の藍を帯びたる雪の襞
大氷柱遊びの剣に早変り
浜風の旨味を貰ふ干氷下魚
冴返る嫌ひな犬に摩り寄られ
子の長き睫にかかる春の雪
包丁研ぐ春光の水垂らしつつ

 貝 寄 風   上川みゆき
貝寄風に乘りて隠岐への船疾し
佐保姫の打ち振る領巾の遠ざかり
亡き父の蔵書の朱線春の月
仏壇に少女の宝さくら貝
青き踏むひらりと馬の背に乘りて
球児等の声の漲り山笑ふ

 浅 春   上村 均
芦の芽を薙ぎて川船遠ざかる
沖波の淡き光を鴨帰る
菜の花や一舟とどめ湖暮るる
放送は迷子の知らせ梅咲けり
サッカーの笛の鋭し草青む
山峡を舞ふ綿虫のよるべなき


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

   江別  西田美木子

雪像の総仕上げなる眼かな
雪像のふくろふまさに飛び立たむ
空の青氷像のあを雪まつり
雪解光氷雪像にさんさんと
明日にはただの雪塊雪まつり


  牧之原  本杉郁代

現世の声も届くか涅槃絵図
来合せて和尚と唱ふ涅槃経
天井の梁より吊す涅槃絵図
春の水さざれ石にも音生るる
七回忌桜の頃と決めにけり


白魚火秀句
仁尾正文
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雪像の総仕上げなる眼かな 西田美木子

 札幌、旭川の雪まつり、小樽のランタン祭等々寒い北海道では寒さを楽しむイベントが色々あるようだ。掲句は札幌の雪まつり。今年は二月七日から十三日迄の一週間、札幌大通公園の一丁目から七丁目迄に色々な雪像が作られ二百四十万余の観光客を集めた。自衛隊が協力して各種の市民団体とタイアップし、一週間から十日もかけて雪像を造っている様がテレビで放映されていた。大きな城など瓦が一枚一枚造られ、一枚一枚葺かれている様も見られた。
 掲句は、仏像、人間、動物など眼のあるものであろう。総仕上げに眼を入れたというところに臨場感がある。眼を入れることで像は生命を宿したのである。そして仏像開眼の如く魂も入ったのである。

七回忌桜の頃と決めにけり 本杉郁代

 年忌は祥月命日より何日か繰り上げて行うのが一般的である。この句も正忌が残花の頃だったのを満開の桜の頃に繰り上げた。亡き夫だと思われるが、生前は桜の盛りに、花下で気っ風よく酒を飲み賑やかであった。七回忌には、亡夫にもう一度桜を見せて花を堪能させてやりたいと思ったのであろう。
 男は、炊事、洗濯、掃除などの家事に弱く連合いに先立たれると途方に暮れて余り長生きしない。女性は三回忌が過ぎると元気を取り戻す。炊事などはお手のものだからだ。数年前の日本人の平均寿命を見ると男七九・〇〇歳、女八五・八一歳とある。女性は心身共に男より強いのである。
 掲句は、あっけらかんとした表現であるが七回忌を前にして改めて夫をいとおしく思ったのである。しみじみとしたものが紙背にある。

綻びし曙色の初桜 山本康恵

 『枕草子』に「春は曙。やうやう白くなりゆく。…」と春の気色を称えるのに先ず曙を挙げている。曙色は、広辞苑によると「淡紅に黄みを帯びた色」とあり早暁の東天に僅かに紅を兆した頃の色である。曙色の中に綻びはじめた初桜。しっとりとした情景にしっとりとした情感が伴う。「曙色」という美しい国語が際立った一句である。

鬼やらふ子はかれがれに住めるなり 池田都貴

 この「かれがれ」は「離れ離れ」。余り電話も便りもなく離れている子達であろう。だが「便りのないのは良い便り」といわれている。親離れ、子離れをして懸命に生き抜いている子達への誇りを抑えて表現したものであろう。

叱られも褒められもせず卒業す 稗田秋美

 表彰もされないけれども処罰もされずに卒業した。こうした生徒が殆んどで、褒められたり問題を起こしたりするのは一握りの者だ。このことは社会へ出ても同じ、平々凡々といわれても普通の暮し方が幸せなことは言うまでもない。

蕗味噌や夫につき合ふ猪口一杯 友貞くに子

 かぐわしい蕗味噌につられて夫の晩酌につき合うことにした。「猪口一杯」が句を面白くしている。実際に猪口一杯で終ったのか、一杯の積りが盃を重ねていったのか。「女だてらに」として飲酒を躾けられてきたが、本来女性は酒にも強いのである。土佐の「どろめ祭」では一升の酒を呑み干す時間を競う催物があるが毎年女性が優勝している。

植ゑし木の芽立ち兆せり添木にも 加茂康一

 作者は九十歳。筆者指導のカルチャーに十数年通っているが、最近腰痛で在籍のまま投句のみ続けている。俳句への取組みは半端でなく、年齢を感じさせない。掲句も植木に生木の添え木をしたら双方共芽吹いてきたという生き生きとした秀句である。俳句が生き甲斐になっていることが何ともうれしい。

杉花粉だしぬけに吹く天狗風 荒木友子
 天狗風とは空中から吹き下ろしてくる旋風。杉花粉が大量に舞っているとき、いきなり天狗風が吹いて煽ったのである。花粉症患者には気絶せんばかりの光景である。

真先に瑠璃を広ぐるいぬふぐり 前田福井

 「犬ふぐり」は白魚火会員には、最も親しまれている花である。早い所では十二月初め頃から他の草花に魁けて美しい瑠璃色を広げる。この句は「真先に」が先師の犬ふぐりの句を称えていて、いい写生句になった。

    その他触れたかった秀句     
おでん酒恋も時効となりにけり
魚は氷に富士は裾野を伸ばしけり
幸せな家族の歩幅たんぽぽ黄
啓蟄や重くなりたる掛布団
他人に声掛けぬ習ひや除夜の鐘
ポケットに残る湿りや蕗の薹
寒鮒の時々揺らす桶の水
顔知らぬ母のふるさと雪深き
子守役さづかる一日春うらら
雪解光羊羹厚く切られをり
雪吊りを解かれて松の枝揺るる
迎賓館囲む白梅香り濃し
一両電車野焼の煙潜り来る
東雲を鴇色に染め春来る
森 淳子
村上尚子
山本美好
齋藤 都
岡崎健風
大隅ひろみ
寺本喜徳
小松みち女
中曽根田美子
中山啓子
森田竹男
中嶋香雪
柿沢好治
平山陽子


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

  稲井麦秋

石鎚の晴れて紙漉き日和かな
鳶は輪をしぼりては解き梅三分
梅林の日差しに酔つてしまひけり
梅の山一朶の雲を浮べけり
満開といふ靜けさに梅はあり


  渡部美知子

喪の家を訪うて二月の終りけり
鎌倉より旅便り書く実朝忌
椿落つ少し遅れて鯉動く
春光の下に大きな画架を組む
神名火をひと巡りして鳥帰る

白光集感銘句
白岩敏秀

鳶は輪をしぼりては解き梅三分
椿落つ少し遅れて鯉動く
入園式床に届かぬ足垂れて
春の日を乗せてゐる椅子買ひにけり
青空へ背伸びしてみる二月かな
一の午ホットレモンの甘きかな
白山の頂を見て畦を焼く
妙齢の男歩きや雪の道
せせらぎの子守歌めく日永かな
春待つや大きな文字の手紙くる
蕗の薹土の匂ひも売られけり
唇をかむ癖のあり卒業す
掌の錠剤数へ寒明くる
飛石が上手に跳べて日脚伸ぶ
クロッカス閉ぢて一日終りけり
春一番旗ねぢらせてくねらせて
しづり雪踏んで本堂拝しけり
脚長きワイングラスや春の宵
耳元に振る花種の音も買ふ
窓越しに声かけらるる春炬燵
稲井 麦秋
渡部美知子
高岡 良子
村上 尚子
久家 希世
阿部芙美子
渥美 尚作
内田 景子
小村 絹代
木村 竹雨
河野 幸子
斎藤 文子
高橋 花梗
松本 光子
水島 光江
伊藤 政江
嘉本 静苑
小林さつき
佐野 栄子
早志 徳三

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