最終更新日(Update)'16.03.01

白魚火 平成28年3月号 抜粋

 
(通巻第727号)
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 3月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    原  和子 
「白 鯨」(作品) 白岩敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
西村 ゆうき 、溝西  澄恵  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     原   和子、鈴木 喜久栄 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(出 雲) 原  和子   


尖る芽の一輪解れ花辛夷  久家 希世
(平成二十七年五月号 鳥雲集より)

 この句の辛夷はどこの地のものであろうかと考えるとき、おそらく古川師の句碑の周りのものではないかと思う。
 出雲市平田町の愛宕山の麓の公園の一角に白魚火創始者である荒木古川師の句碑がある。句碑には「晩じるといふ里ことば稲の花」と刻まれている。その句碑を取り巻くように辛夷や木蓮、椿などがたくさん植えられている。
 作者はこの句碑が平成八年に建立されて以来、今日まで、一人で句碑の周りの清掃をして来られたと聞いている。たびたび訪れるその度に、周りの様子や木々の移ろいに目を止めてこられたと思う。たまたまその時は辛夷の蕾が膨らんで一輪だけほぐれているのを見つけられたのであろう。古川師への思いを胸に、黙々と草むしりをなさったのではないかと。足繁く訪れている作者ならではの発見と思う。

雛の間抱つこ紐ごと嬰を受け  上野 米美
(平成二十七年五月号 白魚火集より)

 初節句のお雛様の飾られた客間。母親に負われていた嬰を受け取るのに抱っこ紐ごと受け取るという日常的な行為を句にされたことが素晴しいと思う。日常的でありながらとても微笑ましく、作者の家庭の賑やかでほのぼのとした雰囲気を感じとることができる。嬰がいるということは、何にも代えがたい嬉しいことである。

角砂糖一個加ふる春の雪  石川 純子
(平成二十七年五月号 白魚火集より)

 立春が過ぎて降る雪を春の雪と言う。作者は旭川の方である。恐らく冬の間は雪や低温に悩まされ、不自由な生活を強いられるのだと思う。暦の上では春といっても本格的な春はまだまだ遠いことだろう。
 そんなある日、また雪が降って来た。どれくらい降るのだろう。寒い。いつもはブラックで飲むコーヒーに今日は砂糖を入れたい気分だ。作者は暖かい部屋で甘めのコーヒーを飲みながら、一刻も早い本当の春の訪れを待っているのである。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 有 田 焼  坂本タカ女
冬の蜘蛛宿してアイヌ木墓かな
栗鼠狙ふ嘴太鴉冬木立
雪のアイヌ墓地素通りの狐跡
真昼間を灯し吹雪の一輛車
充電気儘ロボット掃除機年詰る
風花や小面の帯留帯に
羽子板のめ組助六茶房混む
有田焼大皿小皿屠蘇祝ふ

 箱 根 抄  鈴木三都夫
霧時雨模糊と仙石原枯るる
名にし負ふ仙石原の芒とぞ
時雨ては止みては紅葉照り翳り
豆桜その名に適ふ冬芽かな
錨草銹びし錨を落しけり
日が射せば杖とし畳む時雨傘
湖のささくれ立てる時雨かな
湖に影を沈めて山眠る

 をろち川  山根仙花
日当れば枯野の匂ひ日の匂ひ
堰の水溢れ枯野を輝かす
銀杏落葉敷きつめ世に古る無住寺
枯色といふ安らぎの中にゐる
部屋毎にまだ落ちつかぬ初暦
元日の日を乗せてゆくをろち川
水餅を水に沈めて今日終はる
ふる里の墓に日の差す二日かな

 嫁 が 君  安食彰彦 
つつがなく初日をあぶる地蔵尊
木目込の猿に守らる鏡餅
師の句集の上にも小さき鏡餅
星となる卆寿の師より年賀状
御慶述ぶ正座出来ぬとわびながら
丁寧に知らぬ老婆の御慶受く
買初は小鼠捕器とならうとは
嫁が君わが家の厨良く知つて

 雪 女 郎   青木華都子
落葉舞ふ女ばかりの露天風呂
降り出してたて横ななめ雪の朝
沈黙は金でも銀でもなくて冬
途中下車して一泊は雪の宿
明日もまた雪とふ予報輪王寺
雨ののち雪また雪の輪王寺
三猿に見られてしまふ雪女郎
門限は后前三時や雪女郎

 やまびこ  村上尚子
神留守の空へ二つのアドバルーン
やまびこを返して山の枯れ急ぐ
人声に白鳥首を立て直す
移りゆく山の夕日や冬すすき
一本の大根輪切りに千切りに
合掌の屋根に日を乗せ年暮るる
年を守る欅の通し柱かな
知らぬ児がそばに来てをり初電車

  大観の富士  小浜史都女
干椎茸もどしてをれば除夜の鐘
天山のももいろに年明けにけり
仏壇に灯のともりたる淑気かな
大観の富士蓬莱の上にあり
元朝の葱畑に日の当りゐる
あらたまの山々は肩寄せ合へり
晴と書きぬくしとしるす初日記
初凪やちぎり置くごと島一つ 
 年 新 た  小林 梨花
宝石のごとき光を竜の玉
雪のなき狭庭を覗く雪見窓
去年今年背山過ぎ去る風雨かな
生還の身をもて迎ふ年新た
若衆も舌鼓打つ海苔雑煮
初海猫の礫となりて光りけり
予後の身を一日ゆるりとお元日
人日や童の声を塀越しに

 鬼 太 鼓  鶴見一石子
冬木立岩場隠れの海鵜小屋
鬼太鼓打つ若衆の浜焚火
鮟鱇の味噌加減よき朝の海
晩年は杖もて臨く竜の玉
竹馬の凸凹の道懐かしや
臘梅の臘の匂ひし暁の闇
波の華咲かせて散らす日本海
茶の花や仏への道天界へ

 初日の出  渡邉春枝
祈る手に自づと力初日の出
彩雲の峰にとどまる初山河
橙の木盃をもて屠蘇祝ふ
雑煮餅祖母よりの味嫁に継ぐ
宇宙への旅に飛び立つ夢はじめ
買初の万年筆の試し書
こんがりとパンの焼けたる四日かな
エプロンのままに日暮るる松の内

 掛 大 根   渥美絹代
鳥声や炬燵の母がまた立つて
落人の十四代目布団干す
鯉跳ねし冬木の枝を張るあたり
掛大根夕日しばらく雲の中
山眠るくどに一筋罅走り
本校の授業でさらふ里神楽
はじめての師のなき年の逝きにけり
枯れし音たて門松の笹そよぐ

 クリスマス  今井星女
新米は新潟産とありにけり
新米をわづかな塩で握りけり
おかずなどいらぬと食ぶる今年米
教会をめざす紅葉の「チャチャ登り」
天に星わが名は「星子」クリスマス
キリストもマリアも知らず聖菓食ぶ
初雪とのみしるしたる日記かな
どつと来し大雪なれど驚かず

 雪 遊 び  金田野歩女
水鳥の羽根美しく畳まれり
枝を蹴つて風起し翔つ尾白鷲
再会の従兄弟早速雪遊び
漱石忌賑はつてゐる児童書架
墨の香を部屋に満たして冬籠り
海の市床濡れてゐる子持鱈
冬灯りステンドグラスの大天使
年賀状平仮名文字の表裏

 祝  箸  寺澤朝子
年歩む人影絶えし大通り
初明りこの平らかな地に住みて
遥かなる父祖へ祷りの初燈明
還暦の子へ揃へやる祝箸
包むかず一つ増えたりお年玉
初句会まこと人の日といふ今日を
触れてみる松の根方の敷松葉
早梅のはや散る湯島天神社


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 初  雀  桧林 ひろ子
おだやかに明けて垣根の初雀
三人は二人と一人日向ぼこ
読むだけの旅行案内去年今年
大根切干縮みきつたる匂ひかな
一日を使ひ切つたる年用意
冬の川鷺の盗人歩きして

 日記果つ  武永 江邨
賜りし温情数多日記果つ
濃き緑重ね重ぬる冬菜畑
エプロンの中学生と餅搗機
振袖を抱へて持つて羽根を突く
負けん気の子が泣きどつと初笑ひ
読初や七拾圓の虚子読本

 夜鴨鳴く  福村 ミサ子
朝まだき鴨の羽搏く意宇の湖
大年の鴨の浮寢を羨しとも
湖に映ゆる宿の灯夜鴨鳴く
白鳥の声鬱うつと雨催ひ
真夜中の庭石を打つ玉霰
葉牡丹の渦の傾き雨零す

 初 電 話  松田 千世子
暮れてより風音強し破芭蕉
もう一つ柚子を加へて終ひ風呂
大旦水の音より始まりぬ
みどり児に雀が見えてお正月
大根の器量悪きを切干しに
初電話取り合つてをり一家族

 初 日 記  三島 玉絵
手造りの縒りのやさしき注連飾
丹念に庭掃き年を惜しみけり
貫ける一筋の川初あかり
四脚門の銹美しき初やしろ
真つ新な月日はじまる初日記
書き初の筆の弾める大書かな

 冬うらら  織田 美智子
銀杏ちる午後の陽射しの中に散る
冬うらら垣根を低く両隣
常連のひとりのをらぬ日向ぼこ
日もすがら来ぬ人を待つ湯気立てて
遠ざかりゆく足音の寒さかな
賀状書く机上をすこし片づけて
 潮  騒  上村  均
快晴の帰船に群るる冬鴎
雨ながら釣舟浮かぶ鳰の湖
潮騒の今日は遠きに大根干す
吊橋を駈くる里の子散紅葉
落葉道何時もの人と擦れ違ふ
雪催ひシャープの芯を足しにけり

 羽子板市  加茂 都紀女
枇杷咲くや海を越え来し兵馬俑
散り尽きて息ひそめたる大銀杏
裸木のなかにロダンの地獄門
羽子板市女の曳ける人力車
里神楽出を待つ闇の狐面
羽子板市手締めの三三七拍子

 札 納 め  関口 都亦絵
山宿の榾をかき立ておもてなし
赤松に凭れて仰ぐ宿の月
揚舟にブルーシートや紅葉散る
山門に大提灯や年用意
札納め帰路にも渡るみそぎ橋
脇宮ももれなく拝す初詣

 城四百年  梶川 裕子
里神楽おかめの十指ふしくれて
笹子鳴く愚痴きき地蔵の大き耳
戦なき城四百年の大冬木
人住まぬ家に日当り枯芙蓉
息災や少しばかりの冬至粥
逝く年の折鶴となる薬包紙

 暖  冬  金井 秀穂
水尾曳かぬ小舟ちりばめ湖小春
冬の湖影の重たき榛名富士
枯山へ猿追ふ煙火つづけざま
残り葉の陰に蝋梅ほつれ初む
残り鴨には広過ぐる山上湖
暖冬のこの反動を恐れけり

 日向ぼこ  坂下 昇子
せせらぎの音に且つ散る紅葉かな
落葉踏む吾が足音のあるばかり
子等の声冬の木立を駆けて来し
鉛筆で描きたるやうな枯木立
かいつぶり浮かび来るまで見届けし
いくたびも雲通りゆく日向ぼこ


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 西村 ゆうき

青い鳥探し枯野に来てしまふ
乾杯のグラスに揺るる聖樹の灯
一言居士懐手して来たりけり
ゴンドラの拭く極月のビルの窓
映画館出て年の瀬へまぎれ込む


 溝西 澄恵

節多き西行の杖水仙化
西行に手向けの草鞋冬ぬくし
川ひとつ越え明六つの十夜鉦
飯粒の乾びし櫃や星冴ゆる
枯草を焼くや火の道風の道



白光秀句
村上尚子


一言居士懐手して来たりけり  西村ゆうき

 この句の良さは、余計なことを一切述べていないところにある。「一言居士」も「懐手」も、読者がそれぞれにその様子を想像するだけで充分である。和服を日常着としなくなった現在、懐手を見かけることも少なくなった。しかし、この姿にはどこか思い当たる人がいるような気がしてくるのが面白い。
  青い鳥探し枯野に来てしまふ
 「青い鳥」は、チルチルとミチルが、夢の中で幸せの使いである鳥を探してさ迷い歩くが、目が覚めてみるとその鳥は枕元の鳥籠にいたという、メーテルリンクの童話劇。
 作者の「青い鳥」も、きっと思わぬ所で見つかったに違いない。
 二つの作品は全く対照的だが、どちらも作者の技量が光っている。

西行に手向けの草鞋冬ぬくし  溝西 澄恵

 西行は平安末期、御所を警護していた北面の武士に無常を感じ、二十三歳の若さで歌僧となった。陸奥、四国、九州等をめぐり多くの歌を残してきた。
 西行庵と呼ばれるものは各地にあるが、作者の見たものは瀬戸内海を臨む安浦にある。そこには草鞋履きで杖を持った西行の立像があり、その前には新しい「草鞋」が手向けてあった。西行への深い思いであろう。「冬ぬくし」は、それを見た作者の安堵をも表現している。
 〈願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ〉の一首が澄恵さんの脳裏に浮かんだことであろう。

少しだけ淋しくて鯛焼を買ふ  三原 白鴉

 淋しさを「鯛焼」で紛らわすことが出来れば、そんな手近で安いものはない。非常に淋しくて、となると演歌の世界ではさしずめ、お酒ということになろう。作者が男性であることも面白い。

数へ日の掃除機いつもより動く  田久保峰香

 年末の掃除は、日頃手の届きにくい場所も思い切って手を伸ばす。掃除機を使う手にも力が入る。掲句は「いつもより動く」と言っているが、動かしているのはあくまでも作者。明るく働いている姿が頼もしく見えてくる。

将棋盤持ち出してあり煤ごもり  本田 咲子

 歳時記には「煤逃」と「煤籠」は同じ頃目になっているが、前者は何もしないでその場から逃避すること。後者はあえて避難してもらうこと。掲句は好意的に見て後者。主人公は御主人であろうか。その後のお二人の会話を聞いてみたい。

鰰の卵くはへて売られけり  赤城 節子

 「鰰」は特に秋田地方の〝しょっつる〟にはなくてはならない。冬、産卵の為に沿岸に近寄るのでそこを捕獲する。そのお腹にはびっくりするほどたくさんの卵が詰まっている。その様子を「卵くはへて」と表現した。北国ならではの景である。

雪の富士見ゆる吊革つかみけり  坪井 幸子

 この日、バスか電車へ乗ったが、あいにく空席はなかった。車窓には雪をかぶった富士山が大きく見えてきた。見とれながらも車両の揺れに思わず「吊革」をつかんだ。作者は八十九歳だが、積極的に俳句に取り組んでいる姿にはいつも敬服する。このあと、きっと若い方が席を譲ってくれたに違いない。

年の夜や土産の朱き和蝋燭  大隈ひろみ

 一夜明けるだけで新年になるとは言え、「年の夜」の思いはやはり特別である。一年を振り返りながら、家族団欒の時間が過ぎてゆく。テーブルにはお土産にいただいたという「和蝋燭」の明かりが、一人一人の顔を温かく照らしている。

くさめして婿の話の終りけり  中野 宏子

 「くさめ」は鼻の粘膜の刺激によっておこる。お婿さんは話が終ったつもりだったかも知れないが、作者には中途半端なところでピリオドを打たれたような気がした。お二人のほど良い距離感がほほえましい。

玄関に大きな靴やお正月  福間 静江

 「お正月」には作者のお宅も普段の数倍の家族で賑わった。「玄関」は去年より大きくなった靴が所狭しと並んでいる。作者の嬉しい悲鳴が聞こえてくるようだ。

返答は懸大根の隙間より  古家美智子

 「返答」の詳しいことは何も分からないが、軽く返事を貰えば済むことであったのだろう。「懸大根」としては珍しい作品であり、「隙間より」も効果的である。



    その他の感銘句
落葉掃く使ひ勝手のよき箒
霜月や音立てて割るチョコレート
年明くる真赤な下着身に付けて
煤逃に猫と子犬のついてきし
注連を綯ふ人差し指の絆創膏
長命の父系と母系玉子酒
暫くはのの字ばかりの筆初
投句用切手十枚買初に
毛糸編む稚の寝息の穏やかに
木の瘤に潜む力や冬日和
雪吊や小さきながらも松は松
暮早し水脈引き戻る漁舟
花八つ手をんなばかりの頼母子講
刃のたたぬ南瓜頑固な父憶ふ
持ち歩くペンは一本日脚伸ぶ
村松ヒサ子
内田 景子
三浦 紗和
大澄 滋世
鈴木 利久
間渕 うめ
花木 研二
中林 延子
市川 節子
大石登美恵
高山 京子
渡部 清子
高橋 陽子
荻原 富江
松下 葉子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 出 雲  原   和 子

着膨れて句友迎ふる勢溜り
八百万の神に柏手初霰
神在のことに雲湧く出雲かな
神在の竹百幹の鎮もれり
日暮まで牧に出す牛冬あたたか

 
 磐 田  鈴木 喜久栄

銀杏散り終へ青空のがらんどう
冬田打つ一人の音や夕明り
冬の夜や静かにカッターナイフ引く
晩婚にエール真つかな冬の薔薇
新日記置く病室の卓の上



白魚火秀句
白岩敏秀


神在のことに雲湧く出雲かな  原  和子

 全国の神が出雲に集まる神在月。この頃の出雲は天気が荒れて「お忌み荒れ」と呼ばれている。古来、「八雲立つ出雲」といわれ出雲は雲の湧きやすいところ。須佐之男命の〈八雲立つ出雲八重垣〉の歌を連想させつつ、出雲地方の気候風土を見事に描写している。
  八百万の神に柏手初霰
 八百万の神と言えば、全国から集まった神々のこと。一同に会した神々に向かって柏手を打っている。神在月ならではの礼儀。遠路からの神々をもてなす出雲人の心遣いである。霰の跳ねる小気味よい音が、神々の喜ぶ声のように聞こえてくる。

晩婚にエール真つかな冬の薔薇  鈴木喜久栄

 近頃は晩婚の女性が多いと聞く。本人にはそれなりに理由があるのだろうが、周囲の者は気が気ではない。ようやく婚儀が整った女性が作者の周囲にいたのだろう。やきもきと気を揉んだ分だけエールが大きくなった。赤い薔薇の花言葉は愛とか恋だから熱烈な恋愛の末のゴールかも知れない。兎に角、目出度いことである。

冬凪やきらきら歩けさうな海  加茂川かつ

 冬の海はいつも荒れているとはかぎらない。時には波一つ立てない時がある。そんな時は沖の島が手に取るように近く見える。作者もそんな穏やかな日の渚を歩いていたのだろう。「きらきら」に続く「歩けさうな」の発想の飛躍に、童心のような気持ちの弾みがある。無心のなかに得た天啓のような一句。

冬晴れや縁より渡す回覧板  山田 眞二

 冬晴れのある日、隣から回覧板が回ってきた。それをまた、隣家へ回す。いつもなら玄関かポストに入れるのだが、ひょいと庭を見ると縁側に主人がいる。普段から親しくしている二人である。縁側で回覧板を渡してしまった。渡せば閑な二人。〈たましひを置き忘れきし日向ぼこ 正文〉となる。忘れ物のように置かれている縁側の回覧板…。

本当の顔を一途に初鏡  大石 益江

 この句を鈴木三都夫氏は「本当の顔を一途に、のなんと含蓄のある言葉であることか。厚化粧などしないでありのままの自分の顔。余計な慾など考えなくて自分の顔に誇りを持って初鏡と向き合う。人生の生き方の一面をも教えているかのようだ」と鑑賞されている。これ以上付け加えることのない鑑賞である。

遠州の風がたよりの大根干す  中村 文子

 大根は庭で干したり畑で干されたりする。また、高い稲架を組んで大掛かりな場合もある。いずれにしても大根を干すには冷たい風が必要。広い畑にずらりと並んだ大根稲架に、容赦なく遠州の空っ風が吹いてくる。いつもは嫌われものの空っ風も、大根干しには宝物であり頼りがいのある風なのである。

冬銀河宛先の無き文書いて  本倉 裕子

 暖房の効いた部屋で夜空を見上げながら書いている手紙なのだろうか。手紙の内容は将来の夢のことか、初恋のことか又は幼い頃の思い出か。宛先のない手紙はきっと銀河鉄道に乗って運ばれているに違いない。冬銀河が童話のような幻想を誘う。

一灯に家族揃つて晦日蕎麦  岩﨑 昌子

 年末のテレビには蕎麦屋で忙しく晦日蕎麦を食べる情景が映る。それもそれなりの晦日蕎麦の食べ方である。
 しかし、ここの家族は違った。いつもは色々な事情から、ばらばらに食事をする家族が大晦日には全員揃って晦日蕎麦を食べる。 「一灯」が明るく家族の絆を照らしている。

雪を掻く帽子をかぶり直しけり  伝法谷恭子

 朝起きてみると外はどっさりの雪。夫や子ども達はまだ寝ている。手伝いを頼むわけにはいかず、自らが雪に立ち向かうこととなる。そこで、十分に身支度を整えて、白い魔物のような雪に対峙する。「帽子をかぶり直す」に雪掻きへの気合いが込められていよう。雪と暮らす北国の人のたくましさ。



    その他触れたかった秀句     

未知と云ふ白の重さや日記買ふ
枯菊を焚くや短き火掻き棒
蒼天へ約束のごと冬芽立つ
三猿の賀状にひとの弱さみる
極月の芝居に涙してをりぬ
温顔に一度もまみえず正文忌
男体山の凛然として大旦
庭木刈る鋏の音も雨に濡れ
裸木の亭亭として大手門
北に向く枝より枯るる大欅
冬の蝶仏足石の日溜りに
十二月南京錠に錆の出て
小さき子の小さき手になる鏡餅
初鏡一番好きな紅ひいて
その中に幸あるごとく林檎買ふ
餌を撒けば木の葉のやうに寒雀
前掛けの飯粒乾く大晦日

川神俊太郎
福本 國愛
小村 絹代
河島 美苑
原 美香子
伊東美代子
和田伊都美
山本 絹子
鳥越 千波
飯塚比呂子
松原はじめ
八下田善水
加藤三恵子
山根 弘子
山田 春子
茂櫛 多衣
服部 若葉

禁無断転載