最終更新日(Update)'11.07.10

白魚火 平成23年6月号 抜粋

(通巻第670号)
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 6月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    山根仙花
「薮椿」(近詠) 仁尾正文  
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
鈴木百合子、大村泰子 ほか    
白光集感銘句  白岩敏秀
平成23年度 第18回「みづうみ賞」発表  (HPに掲載省略)
句会報 浜山句会 藤江喨子
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          後藤津政春、岡崎健風 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(島根) 山根仙花

 
 終戦一年前の昭和十九年、その頃私は南海に浮かぶ小さな島、ニューブリテン島のほゞ中央の密林の中にあった検疫、給水、病原菌の研究を主体とする衛生部隊に勤務していた。
 ある日「敵が攻めてくる、ラバウル(島の中心地)へ転進する」との通達があった。
 百五十里の行程を四十日余り、死の影を背負いながらの転進と言う退去が始った。昼夜もなくボロボロになって歩き続けていたある日、大きな河の前に着いた。橋の無い大河である。何とかして渡らねばならない。相談の結果筏を組んで渡ることになった。早速そこらにある流木を集め、四、五人は乗れる筏が出来上がった。何人かは渡ることが出来た。その時である。不意に敵機が低空で現われ機銃掃射である。筏の兵隊が倒れ水中の中へ飲み込まれてゆく。又ある兵隊は泳いで渡ろうと装具を背負ったまま飛び込んで、浮いたり沈んだりして流れてゆく、「助けてくれ」の声が次第に遠のき聞えなくなる。目の前に繰り広げられる生き地獄である。しかしどうすることも出来ない。
 やがて敵機は去ってゆく。幸い助かった兵隊達は振り返ることもなく歩き続ける。大河は何事もなかったように滔々と流れている。
 私の家の近くに大蛇退治の神話で知られている斐伊川が流れている。大雨のあとは満杯となり濁流となる。そんな流れを見るとあの日のことが甦ってくる。
 水は様々の姿に変わる。

水底の砂きらきらと夏兆す 阿部晴江
青葦をはぐくむ水の青く匂ふ 西村松子
(平成二十二年八月号 白光集より)

山田狭田水豊かなり花あやめ 寺本喜徳
空よりも水の眩しき代田かな 古川松枝
(平成二十二年八月号 白魚火集より)

 どの句もなつかしく平和な風景である。自然のもたらすこの平和、いつまでも守り続けてゆき度いと思う。


曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 
桜   安食彰彦

初桜憶良の倭歌を花嫁に
薬売り荷を解き桜語りけり
錫杖を持つ地蔵尊花の径
花の昼車の鍵を拾ひけり
帰省子のまどろみてをり花の昼
母の忌や枸橘花の歌が好き
糸桜いまだに竹の添木して
保育児のぞろぞろ歩く桜土手


 震 度 三  青木華都子

春雪に神橋といふ朱き橋
雨ののち曇りのち晴れ木々芽吹く
晴三日四日目は雨春の雷
坪庭の日向日蔭の蕗の薹
揺すられて散る紅梅や震度三
背伸びして届く高さの梅を捥ぐ
だみ声でときに裏声恋の猫
余震未だ続く蛙の目借時


 春 満 月  白岩敏秀

雪解山ぽあんと空の軽くなる
閼伽桶に満たす青空彼岸寺
下萠や砂丘に知らぬ草増えて
国盗りの城万石の落椿
城山の辛夷の咲けば放哉忌
春満月畦の小草の立ちあがる
菜の花や鍵を掛けざる勝手口
靴音に鳩のつき来る仏生会


 箸 袋  坂本タカ女

ペンはなさざりし思案や冬銀河
雪豹の尾を曵き余す雪の上
酒袋吊るきさらぎの搾り酒
箸袋千切りて雛折りはじむ
子等屯して車庫の屋根雪解急
仏壇の扉が開いてゐる雛納
英字新聞紙の出できたる鴉の巣
木の根明く川添ひにある遊歩道


 あたたかし 鈴木三都夫

金おぼろ千木に畏き御紋章
既にして位自づと牡丹の芽
ものの芽に日差し遍き御宝前
しなやかに力を溜めてしだる梅
三段にしだれし梅の乱るなし
枝垂れ梅しだれそこねし枝を撥ね
梅蕾の雨を結びて花三分
吟行や杖を忘れてあたたかし
 五月来る 水鳥川弘宇
茎立菜腰の高さに伸びにけり
裏庭に居座りてをり春の猫
洞窟に明暗ありて梅雨の冷
飲み慣れしまろやか黒酢五月来る
歯科の椅子より満開の桜見る
ひよつこりと子が来て花見誘ひたる
海棠の隣垣より雪崩れ咲く
海沿ひの道引き返す春の風邪

 水音  山根仙花
木々は芽を競ひて句碑を囲みをり
強東風に言葉奪はれつつ交す
おぼろ夜のおぼろに匂ふ鉋屑
水音はいつも穏やか春ねむし
水音へ頭揃へしつくしんぼ
ひらくより銹ゆく風の花辛夷
空いつもどこか濡れをり辛夷咲く
花冷えや百畳の間の太柱

 玉 虫 色 小浜史都女
啓蟄の玉虫色でありにけり
佐保姫の来てゐる水を汲んできし
採血の腕たたかるる彼岸寒
薬すこし余りおぼろの月ありぬ
しあはせになりさう四つ葉摘んできて
蝙蝠の逃げ込んできし春の地震
薔薇の芽のことに真赤や津波来る
風すこしこでまりたのしさうに咲く

 初 音  小林梨花
青石の師の句碑飾る春の雪
幾万の蕾に雫初音かな
凍て返る生死を分けし大津波
被災地へメール届けと初櫻
春日影伸び来る縁や挟箱
山畑の荒れたるままに碇草
初音聞く草の匂ひの中にゐて
青空へ競ひて蕾む白木蓮

 生 き る  鶴見一石子
文明の危ふさに触れ葱坊主
地震あとの春満月の出でしかな
春の闇潮鳴りだけの九十九里
たましひの相寄る渚陽炎へり
目に見えぬ放射線量種浸す
杉花粉江戸へ百里の一里塚
陽明門出て杉花粉まともにす
杉花粉気ままにけふを生きてゐし

 土筆摘む  渡邉春枝
大学の森を自在に囀れり
囀を聞くに眼を閉ざしけり
校塔の校名かすめ鳥帰る
学内に山川ありぬ土筆摘む
風光るキャンパスにある古墳群
校塔の影移ろうてあたたかし
木の瘤に日ざしとどまる芽吹どき
満開のさくらと人と碧き空


鳥雲集
〔上席同人 作品〕   
一部のみ。 順次掲載  

 蝌蚪の紐  坂下昇子
師の米寿祝ふ朝の初音かな
寒椿用心深く開きけり
初蝶の消えてしばらく風とをり
結び目のなかなか解けぬ蝌蚪の紐
蝌蚪の紐命の抜けてしまひけり
尾を振つてみても動かぬ蝌蚪の水

 山 笑 ふ  二宮てつ郎
耳の日の耳と日向の声聞かむ
啓蟄や弱気の虫といふものも
一段づつ下るる石段彼岸寒む
雨の日は雨好きの亀ゐて鳴けり
いろいろな足の通りてゆくたんぽぽ
珈琲のすこうし苦い山桜

 彼 岸 寒  野沢建代
写経せる彼岸の寺に火の気無し
手で掬ふ香炉の煙彼岸寒
頭を下げて潜り戸くぐる紫木蓮
葺き替へし瓦耀く彼岸かな
虎口より入りて鶯近く聞く
野面積濡らして春の雨ざんざ

  牡丹の芽  星田一草
石ひとつ小さく跳んで春の川
風光る梢のそろふ雑木山
梅真白墓碑にクルスと謝の一字
バス停の闇より匂ふ沈丁花
啓蟄の鶏のやたらに土を掻く
仁王門拳を開く牡丹の芽
  雛 納 め  奥田 積
幼な子の口の達者や犬ふぐり
ひばり野を少年の夢ひた走る
捨て墓となりし墓原犬ふぐり
ことほぎや辛夷のつぼみ百を越ゆ
声高にキャンパスをゆく春休み
姉をほめ妹ほめて雛納め

  涅 槃 雪  梶川裕子
田の神の迷うてをりぬ涅槃雪
割り算の余りのやうに椿落つ
あれほどに囀り鳥の影見せず
鴨引きて杭に懈怠の刻流れ
晩鐘は宍道湖伝ひ残り鴨
宮大工符丁合はせる鳥曇

 鳶 の 恋 金井秀穂
雨垂れの音のしてゐる牡丹雪
いたいけな踊子草の細き脚
春の鵙色の褪せたるベレー帽
吊し雛手すさびの品あれやこれ
鷹揚に笛もて応ふ鳶の恋
一声の次の待たるる初音かな

  朧 夜  渥美絹代
一輌車中の一人は若布負ひ
母がりの春の炬燵に七八人
花御堂より蜜蜂の出できたる
朧夜の檜の匂ふかんな屑
永き日や墨壺を糸するすると
豆の花母方はみな寿


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

   高松  後藤政春

かげろへる島より巨船現るる
大橋の直下が漁場鰆船
大胆に剪つて呉れたる桃の花
蕨狩ぐーちよきぱーのぐーを摘む
腰籠の紐締め直し蕨狩


   札幌  岡崎健風

脈よりも遅き点滴日脚伸ぶ
夜もすがら燃ゆるペチカや寒に入る
木綿襷禰宜の炒りゐる追儺豆
洋服に着けし裃鬼やらひ
耳澄ませ暫し流氷鳴くを聞く


白魚火秀句
仁尾正文

  腰籠の紐締め直し蕨狩 後藤政春

 野辺で路傍の蕨を一握り程摘むのとは違い、蕨狩を目的にした本格的な装束である。腰籠の紐をしっかりと締め直し、いざ出陣の構えである。
 かって三陸に住んで居た頃人々は山菜採りを待ち望んでいた。冬場の貯蔵野菜に比し山菜からは新鮮な野の息吹が吸収され、本格的な春の到来がうれしかったのである。蕨、ぜんまい、山独活の外初めて見る数多くの山菜に驚かされた。蕗などは丈が一メートル以上もあり鎌で刈り取るのである。この地の人々は山菜の調理や保存も上手で、例えば蕨などは塩漬けにし、そのまま漬物として食したり、一晩野川に晒すと塩気が抜けて蕨本来の料理に用いたりしていた。
 掲句は、四国の蕨狩。同掲の「蕨狩ぐうちょきぱーのぐうを摘む」の如く拳のよく緊ったものを摘むのである。折りには萱の間に長さ七十センチ、径五・六ミリもの柔いものを見付けると小躍りしたものだ。
 天候不順の今年であるが掲句からは「春が来た」ことが実感され元気を貰った。

木綿襷禰宜の炒りゐる追儺豆 岡崎健風

 木綿襷は木綿の布で作った純白の襷。厳粛な神事の時用いられ、神職の位により幅十二センチから六センチ迄の平らなものである。作者は永年旭川の大きな神宮の宮司を務めていたが定年退職により札幌に移った後も神職を続けている。追儺豆を炒るのにも木綿襷を掛けているということは、ここの節分祭も古式に則って行われていることが窺われる。
 清々しい一句である。

 今回の東日本大震災では、死者行方不明は二万八千人を越え三万人にも及ぶといわれている。又一命は取り止めたが家屋が流失あるいは損壊し今も不自由な避難所生活をしている人々、福島原発事故で避難や疎開を余儀なくされて心身共に疲れ果てている人の数は夥しい。深悼し、また、心からお見舞申し上げる。綜合雑誌「俳壇」五月号では、この大震災に俳人は如何に対応すべきかという命題を今瀬剛一、友岡子郷両氏が語っている。今瀬氏は「阪神大震災の時友岡子郷は自らも被害を受けながら、実に五十九句の作品を発表している。これは俳人としての誠意であり、その作品からはなみなみならぬ作家の覚悟を読み取ることができる」として「倒・裂・破・礫の街寒雀 子郷」を挙げ、俳人のできることは、その惨状を直視して詠むこと、また被害者に対して少しでも明日への勇気を与えるような作品を作ることができないか、と結論づけている。
 その友岡氏は「テレビでは絶対映らないものがある。(略)(被災者たちが)以前どんな生活を営んでいたのか、どんな、かけがえのないものを喪失してしまったのか、どんな苦悩に喘いでいるのか、それは映らない。いちばん大事な人の心は映らない。
 私が被災したとき、外部の人たちの震災を詠んだ歌や句を目にした。おおかたはテレビ映像の模写か、それを大仰な言い回しにしたものだった。そんなものが何になる、むしろ被災者の心を傷つける。そうでなく、人の心を気づかうような作品にはそぞろに慰められた」
 今回の白魚火集投句稿にも震災の句が多かったが友岡氏の言う被災者の心を逆撫でするようなものが多かった。いわゆる時事俳句として捉えたものであった。その中で左の作品のごとく震災を身に引きつけて、つまり、作者に係りをもたせて詠んだものは、今瀬、友岡両氏の主張に適うものではないか、と思う。

問ひ返せる室戸の遍路地震のこと 一宮草青

激震に止まりし時計凍て返る 篠崎吾都美

余震なほ鮭大根を煮炊くとき 高野房子

盛岡の春は未だと電話口 大瀧美恵子

 私どもは俳人である前に一国民である。今回国難というべき震災により失った資産、財産は莫大である。被災者を救援し、損害は補償し、復興してゆくのには想像も出来ぬ程厖大な金がかかることであろう。私どもも分に応じて経済の活性化に協力せねばならぬ。
父似より母似がうれし桜餅 大田尾利恵

 単に容貌をいっているのではない。心やさしい母のような生き方を望んでいることは「桜餅」から伝ってくる。

花の宴下座の方が盛り上り 川本すみ江

 どの職場でも花見の上座は上役が占める。そして下座は決まって無役職者や若者が集まる。宴もたけなわとなると下座の方から気勢が上り盛り立て役となっているのだ。

    その他触れたかった秀句     
椿寿忌の近づく頃や顔鳥来
風光る有明海に篊の畑
陽炎を追ひかけし子の陽炎へる
算額の墨色薄れ梅の花
春暁や時差まき戻す腕時計
遅霜の降りたる庭にへたる草
切株に芽吹く力のありにけり
揚雲雀滞空時間競ひをり
花満開言葉のいらぬ友と居て
縄跳びの数だけポニーテール跳ね
こんこんと水湧くほとり蕗の薹
父の息足してふくらむ紙風船
花の雲人入れ替り写真撮る
九十歳まだ九十の花の旅
蒲公英を笑うて見れば笑ひけり
渡部昌石
谷山瑞枝
鈴木ヒサ
小林さつき
早川俊久
内山美知世
斉藤かつみ
上野米美
米沢 操
柴田まさ江
田中いし
丸田 守
神田穂風
海老原季誉
大田尾千代女


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

   鈴木百合子

胸板の厚き随身雛かな
彼岸会の香をまとひて戻りけり
仏壇の前に卒業証書かな
花の夜の皿をはみだす海老のひげ
小持嶺のぽんと突き上ぐ朧月


    大村泰子

水温む鍬のくさびの緩みたる
雀の子心許なく飛び立てり
砂山の乾いてゐたり春日傘
仏生会彩の浮き立つ絵天井
行春や書棚の上のオルゴール

白光集感銘句
白岩敏秀

花の夜の皿をはみだす海老のひげ
水温む鍬のくさびの緩みたる
花の屑つけて雨傘たたまるる
春雪を踏んでゆく子の歩幅かな
日の匂ひ水の匂ひや葦芽組む
茎立つや土竜があげし土を踏む
まづお目の覆ひをとりて雛飾る
雑木山杖もて測る春の雪
きな臭き風に真向かひ青き踏む
履き馴らす靴あたらしく青き踏む
春の鳶大きく空をつかひけり
春泥や玄関までの靴の跡
眼だけ出して挨拶春ショール
初蝶の精一杯の高さかな
春の鹿をなご座りをしてをりぬ
初燕来る新任の駐在所
千枚田一枚ごとに草青む
ひとつまみほどの土にもすみれ草
被災地を偲びてつくる彼岸餅
啓蟄や日の温りに試歩の杖
鈴木百合子
大村泰子
挾間敏子
荒木千都江
西村松子
田久保峰香
木村竹雨
吉田美鈴
松本光子
高間 葉
川島昭子
田口三千女
福田 勇
古川松枝
森山暢子
竹元抽彩
横田美佐子
大隈ひろみ
勝部好美
油井やすゑ

禁無断転載