最終更新日(Update)'16.04.01

白魚火 平成28年4月号 抜粋

 
(通巻第728号)
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 4月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    牧野 邦子 
「灯台の影」(作品) 白岩敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
塩野 昌治 、田口  耕  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     早川 俊久、田口  耕 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(出 雲) 牧野 邦子   


つばくろに一碧の空明け渡す  西村ゆうき
(平成二十七年六月号 白魚火集より)

 季語となる鳥の名の数多あるうち、燕は後戻りのない冬の終りを確信出来るものとしての筆頭に上げられるでしょう。
 快晴の空に初つばめの飛来が見られたのです。晴天の明るさを自在に飛翔する燕にある解放感。作者が冬から春への季節の移ろいを実感した一瞬でもあったのです。「いっぺきのそら」の語韻にその一瞬を切り取るきっぱりとした趣きがあり爽快感がよく伝わってきます。

春泥を持ち帰りたる十三文  田口三千女
(平成二十七年六月号 白魚火集より)

 足袋や靴のサイズを一文銭を並べた数で表わしていた時代がありました。高齢の呉服商の方に確かめたところ、十文が二十四センチだそうですから、掲句の十三文は三十センチ以上―随分大きなサイズになります。作者の家族であるこの靴の主の偉丈夫は田畑から長靴で、もしくはグラウンドからスニーカーで戻られたのか。この句の「春泥」には成長のエネルギーが感じられます。頼もしいことでしょう。

 八十はお洒落でゆかう春ショール  寺澤 朝子
(平成二十七年六月号 曙集より)

 長寿の時代となったこの頃、年齢は七掛けで生きて行くと決意を述べた方がありました。八十歳なら今はまだ一昔前の五十代なのですね。気持を若々しく持てば、身体もおのずと健康なのでしょう。
 東京での全国大会でお見かけした寺澤先生の御様子そのまま、明るい色彩の春ショールをふわりと羽織って、いざ吟行へとお出かけなのでしょうか。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 風  花  坂本タカ女
外の空気吸ひたし雪を掻きに出づ
石塊めく日暮の岸の鴨の群
鴨動かざり退屈な双眼鏡
海老籠漁の太き纜雪の上
寒釣に声かけてみし後ろから
風花や乗馬を復習ひゐる少女
雪降つてくる酒蔵の暗くなる
声のして見えざる鴉雪の宮

 十 二 月  鈴木三都夫
参磴に降りし木の実は踏むまじく
無器量なことも愛嬌榠樝の実
黐の実の一房ごとのつぶらかな
茶の花を弾き飛ばして化粧刈り
鴨寄り来話しかけたき近さまで
生きてゐることを挙りて冬木の芽
一つ消し一つ足すメモ十二月
お賓頭盧撫して今年の厄落す

 大  寒  山根仙花
屠蘇注いで注がれて二人暮しかな
火と水を豊かに俎始めかな
灯の下に金粉浮かぶ雑煮椀
鳶の輪の真下広ごる初山河
寒禽の四、五羽の声の飛び去りぬ
大寒の水真つ直ぐに喉を越す
大寒の廊一塵もなく長し
雲飛んで大斐川野の麦青む

 立  春  安食彰彦 
立春の鳶久し振り輪を画いて
兄弟の大刀の素振りや春立つ日
風の音風の途絶えて牡丹雪
牡丹雪いつしか音もなく止みぬ
春めきて佇つ雲水の影法師
便り来ぬ冴えかへりたる二三日
庭石も程良く濡るる梅屋敷
先輩の句集を閉ぢて草の餅

 ど か 雪  青木華都子
鳥渡る一気に五、六、七十羽
あの森の森の奥へと鳥渡る
新蕎麦を打つや三十五人分
通り抜け出来ない雪のいろは坂
どか雪となりたる日光輪王寺
湖のひだまりが好き浮寝鴨
昨日今日明日あさつても止まぬ雪
あそこへもあのお宅へも大根抜く

 若 菜 摘  村上尚子
さつと日が差して峠の冬もみぢ
若菜摘あやしきものが混りをり
冬川へ向く麹屋の勝手口
冬鴎みな風上に胸を向け
潔斎の口すすぎけり冬の梅
寒泳の一気に水を破りけり
日の当たる広野に枯の音ひろふ
やはらかき椅子の背もたれ日脚伸ぶ

 雪見障子  小浜史都女
大粒の星のまたたき雪来るか
午後からは吹雪となりし七七忌
天山に四度目の雪稿をつぐ
雪の葱雪の大根引いてきし
雪達磨子がつくらねばつくりけり
雪国にゐるかとおもふ目覚めかな
雪掻きをして雪国の日々おもふ
わが畑に雪ある雪見障子かな

 春めきて  小林梨花
朝まだき背山にちちと笹鳴けり
ことごとく風雨に折るる野水仙
大空へ飛沫を上げて寒怒涛
大寒の厨いつぱい煮〆の香
北窓を開き吸ひ込む山の風
縁側に差し込む日差し春めきて
花片のごと舞ひ落つる春の雪
盆栽の松葉の上の忘れ雪

 心 の 箍  鶴見一石子
生き甲斐を大地にもとめ冬帽子
木株に百の年輪日脚伸ぶ
気ぶくれて心の箍のゆるみたる
足腰の甚さわすれし寒夕焼
福島と背中あはせの山に雪
干し蒲団叩くは明日を生くるため
地表から一筆の金福寿草
白梅や雨情旧居の硯塚

 日脚伸ぶ   渡邉春枝
笹鳴や真下にのぞむ海の青
寒潮や三分ほどの渡し舟
息とめて掌に受く雪螢
深呼吸して寒林に歩をのばす
日脚伸ぶ本屋にめくる旅の本
一鳥の一声高き寒の明
神域に千本の松春立てり
黄水仙母の着物の截ちがたく

 初  糶  渥美絹代
先生の墓訪ふ冬のいわし雲
門杉を立てて日和の続きけり
大榾のくすぶつてゐる夕日かな
榾の火をつつく神事を終へし禰宜
初糶の丸太の木口紅にじむ
一年の担任がまづ流行風邪
寒波来る川のま中に杭打てば
春を待つ畝十本を高くたて

 書 初 会  今井星女
書初会幼稚園児も加はりて
書初会大中小と筆並ぶ
書初会大きな筆が手に余る
書初会元気がよいとほめらるる
書初や文字はみだして誉めらるる
同じ字を楷書行書と筆始
威勢よく撥ねて抑へて筆始
書初会終りて汁粉ふるまへり

 鷲 掴 み  金田野歩女
鷲の爪湖より真鯉鷲掴み
カメラマン雪に膝付く秘境駅
波の花戸板の軋む空き番屋
初詣絵馬を食み出す願ひ事
縫初や色糸変へて布巾刺す
ひもす鳥北見十日もからしばれ
校庭に鶴も来てゐる三学期
回覧板足止めさるる猛吹雪

 ポニーに春  寺澤朝子
浅草へ詣づる寒紅淡くひき
尋ね石撫ぜて浅草四温晴れ
原節子悼む一輪寒椿
春待てりポニーの「きらら」もわたくしも
受験合格子にねぎらひのチョコレート
鞍置かれポニーに春のやつて来し
日向より花ほころびぬ梅の園
恋ひ渡る山河遥かや夜の梅


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 一  月  二宮 てつ郎
時雨るるや氏名年齢記入欄
昼前に上りたる雨寒の入
昼を臥し七種の日の風を聞く
開け閉てに過ぎたる一月の日数
冬草や日向はいつも昔色
待合室寒九の雨となりし窓

 鴛鴦を見に  野沢 建代
すれ違ひできぬ道幅鴛鴦を見に
先客に目礼をして鴛鴦を見る
強霜の畑に薬味をとりに出る
国道に犬飛び出せり猟期中
耕しのすむ田すまぬ田千枚田
春遅々として水音のかすかなる

 落  暉  星田 一草
竹林の微動だにせぬ淑気かな
一月の子規球場に打球音
枯蓮の水漬きて水に還りゆく
流木の重なる河原水涸るる
影に影重ね明るき冬木立
落暉いまどつと湧きくる寒さかな

 酒都西条  奥田  積
七十路の半ばを越えぬ冬いちご
もう汲まぬ井戸に小さき注連飾
仕込水音たて溢る寒の入り
竹爆ぜて三戸の村の飾焚き
薬壺持つ仏の額雪の舞ふ
大寒の火の見櫓に時報塔

 平和の火  源  伸枝
凍空へ揺らぎてやまぬ平和の火
稜線を流るる雲や日脚伸ぶ
切傷に鮮血にじむ寒さかな
振つて見る猿の土鈴や春近し
星屑のまたたき合うて春立てり
早春の日差しに吊す旅衣

 薄  氷  横田 じゅんこ
トランプの絵札の兵士建国日
書き出しに手間どる稿や春寒し
藁一本銜へてをりぬ薄氷
くれなゐを尽して椿落ちにけり
木瓜紅しポストに小さき南京錠
小さき牙見せて子猫の欠伸かな

 俎  始  浅野 数方
ほどほどの暮し俎始かな
ふはふはの命の欠伸大旦
物忘れ笑ひ飛ばしてお元日
左義長の火の粉集まる座禅石
背伸びして結ぶ大吉寒晴るる
息弾む朝の体操寒玉子

 読  初  池田 都瑠女
読初は机辺に置きたる師の句集
スーパーの七草買うて分ちあふ
野水仙眼下に原発三号機
口中に飴あそばせて雪野行く
春浅し失せ物さがす小半時
沈丁の丸く刈られて花ふゆる
 雪  籠  大石 ひろ女
一の宮二の宮日脚伸びにけり
確かなる心音を聞く雪の夜
何もなき机上明るき雪籠
たましひのよりどころなく雪しまく
左義長の火のまつすぐに神の杜
万屋の昭和の匂ひ梅ふふむ

 夢は模糊  奥木 温子
初御空懸巣の落す羽の色
宝舟枕を外れ夢は模糊
寒いほど清清しい香花柊
爪先ほどの繭玉を吊り町役場
一人居の家を覗いて雪女
縫初は手術用意の褌かな

 浜 防 風  辻  すみよ
磯をせせりて小走りの千鳥かな
蕗の薹見付けてよりの寒さかな
梅一輪解れて雨のあたたかし
防風の一茎覗く砂の上
まだ摘むに惜しき防風ばかりかな
藪椿落ちて華やぐ屋敷神

 冬ざるる  西村 松子
蘆原の底ゆく水音冬ざるる
昏れてゆく手もと足もと年詰まる
池普請蓮の根に日の差してをり
風花やもの言ひたげな埴輪の目
清め塩撒きてはじまるとんど焚
雪しんしん心音調子よく鳴れり

 凍 狂 ひ  森山 暢子
鴛鴦を見し夜の読経ねむごろに
年用意燐寸一箱買ふことも
宵ひそと飾焚きをる宮司かな
冬ごもり魚籠の破れを繕ひぬ
寒禽の尾が波除けを叩きけり
溶接の青き火影や凍狂ひ

 春  隣  柴山 要作
一山を響動もす護摩の初太鼓
初春の日のほつこりと一都句碑
一月のどこか華やぐ疎林かな
けらつつく音寒林を走りけり
寒凪の畦這ふ天道虫だまし
蝮谷にも届く午下の日春隣

 寒 の 水  竹元 抽彩
冬ざれや石塊となる田神様
指浸けて鳥肌の立つ寒の水
電線を奏づる夜半の虎落笛
寒卵飲めばつるりと胃に走る
雪女玻璃戸を覗く厚化粧
室咲きの春を先取る風信子


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 塩野  昌治

初詣末社の鈴を鳴らしけり
黒船の来たる岬の野水仙
泥つけて蒟蒻玉のごつき面
寒の水笛の音立てて沸きにけり
蝋梅の香や原発の海光る


 田口   耕

朝飯に母のぬくむる煮大根
母ひとり古家に棲みぬ枇杷の花
父の忌や父の座りし囲炉裏端
雪しまき島へ足止めされつづけ
春炬燵皆とすごしし父母の家



白光秀句
村上尚子


蝋梅の香や原発の海光る  塩野 昌治

 この「原発」は作者のお住まいから察すると、静岡県の浜岡原発と思われる。よく晴れた日に高台から見る太平洋とのコントラストは、すくなくとも五年前迄は爽快そのものだった。この日もその景色に変りはなかった。しかし脳裏には五年前の東日本大震災による津波と、福島第一原発の光景が蘇ってきた。被災地の復興が遅れるなか、原発の再稼働が話題となっている。浜岡原発が東海地震の予想される、震源地域内にあることも忘れてはならない。
 あくまでも穏やかな叙景句である。しかしそばに咲く「蝋梅」の香には強い意志があるように思われる。
  寒の水笛の音立てて沸きにけり
 季語に対して、下の流れるようなリズムとフレーズにより、近付く春への期待が気持よく表現されている。

春炬燵皆とすごしし父母の家  田口  耕

 「春炬燵」とは春になってもしまいかねている炬燵のこと、と歳時記に書かれているが、地域によっては年中必要とする所がある。冬に比べればその必要性ははるかに低いが、そこに炬燵があるというだけで家族が集まってくる。いわば身のよりどころのような存在である。作者は現在奥様と二人暮し。久し振りに実家を訪れた時の炬燵に触れ、しみじみと子供の頃を思い出しているのであろう。誰にも思い当る郷愁に心温まる作品である。
  母ひとり古家に棲みぬ枇杷の花
 幾つになっても母上を思う気持ちに変りはない。
 
朝日影障子の棧の一つづつ  原田 妙子

 障子に日が差している景は珍しくないが、この作品には今迄にない新鮮味がある。日は日でも「朝日影」、そして「棧の一つづつ」。いずれも鮮やかである。日頃見馴れている障子に新しい息吹を感じた。

釣銭で買ひ足す切手日脚伸ぶ  早川 俊久

 手元にまだ切手はあるが、たまたま買物帰りに通りかかった郵便局へ立ち寄った。「釣銭で」という軽い言葉が一句をより一層引き立てている。季語とのバランスも納得である。

どんどの火片目のだるまはじきだし  上武 峰雪

 「どんど」は正月の火祭の行事で、地方によってさまざまなやり方がある。掲句はその燃え盛る火の中に積まれていた「片目のだるま」に注目したところが面白い。両目のだるまでは句にならない。

雪掻や先づ一本の道をつけ  吉田 智子

 雪国に住まない者には「雪掻」の苦労は分からない。作者のお住まいが函館と知ればその様子も見えやすい。「先づ一本の道をつけ」の具体的な表現からは、その手順が見えてくる。「つけ」の連用形の止め方も効果的。

手に馴染むフライ返しや日脚伸ぶ  清水 純子

 この「フライ返し」は長年使い馴れたものか、あるいは新しく買い替えたものが思いのほか使いやすかったということだろう。料理の出来栄えもさぞ良かったに違いない。台所仕事を楽しんでいる作者の姿が見えてくる。

地下足袋の早くも馴染み初仕事  山田ヨシコ

 お正月も終り、今日は久し振りに畑へ行こうと思い「地下足袋」を履いた。仕事となれば楽しい時ばかりではない。しかし「早くも馴染み」の表現からはそんな気持は微塵も感じられない。作者の生き生きとした姿が頼もしい。読者にも元気を与えてくれる。

薄氷を押せば傾く水の空  金子きよ子

 暖かい地方では氷を見る機会が少ないので、見つけた時は大人でも触れてみたくなる。その結果が「傾く水の空」である。よくみなければこの言葉は出てこない。春の季語ならではの趣が伝わってくる。

封筒に花の切手を貼り二月  稗田 秋美

 手紙を書くとき、相手によって、又内容によって便箋や封筒を選ぶ。切手を貼るときも同じである。この日の作者はきっと嬉しいことを書かれたに違いない。「二月」によってその気持ちが表現されている。

トランプのばば一廻りして来たり  斎藤 文子

 「トランプ」は角川大歳時記の「歌留多」の副題にある。遊び方にはいろいろあるが、ばば抜きは小さな子供も一緒に楽しめるのが良い。掲句は一端を述べているだけだが、そのときの様子は誰にも心当りがある。多くを語らず余韻によって数倍の情景が展開された。



    その他の感銘句
マーカーの朱色を選ぶ寒の明け
星満ちてより臘梅のかをり増す
梅一輪二輪子宝祈願絵馬
四時を打つぜんまい時計春隣
やはらかく炊きたる煮物雪催
門前の売り子の声に春動く
冬枯の物の中より水の音
耳かきの小さなくぼみ春浅し
筑波嶺に雲を集めて風二月
午前五時四十六分阪神忌
雪しまく峡の一戸の見え隠れ
直角に曲る急流ねこやなぎ
大寒に生れ谺の若々し
外灯の光の中の吹雪かな
公園の静けさに梅咲きにけり
吉田 美鈴
西村ゆうき
小松みち女
鈴木けい子
髙島 文江
中野 元子
佐野 栄子
石田 博人
若林 光一
高田 喜代
福間 弘子
陶山 京子
花木 研二
山羽 法子
江角眞佐子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 浜 松  早川  俊久

卒寿には卒寿の未来年明くる
風音に交じる鳥声寒に入る
浅間嶺に夕星かかる寒晒
初不動燭継ぎに立つ修行僧
ぽんと抜く茶筒の蓋や寒明くる

 
 島 根  田口  耕

落葉かく四十八代守部かな
行宮の木立の先の冬の海
波音や島の入江に浮寝鳥
海風の地吹雪となる路地の辻
海苔掻女一瞬波に隠れけり



白魚火秀句
白岩敏秀


初不動燭継ぎに立つ修行僧  早川 俊久

 一月二十八日は初不動の日。堂内には厳かに読経が響く。とその時、つと立ち上がって蝋燭を継ぎ足し、静かに着座した一人の修行僧がいた…。
 掲句は厳粛な儀式の中の一瞬を、カメラのようなシャープな眼で捉えている。堂内と燭の明暗や燭の照らし出す僧侶の姿形など全体の構図も見えて来る。十七音を無駄なく使い切ったベテランの句である。
  ぽんと抜く茶筒の蓋や寒明くる
 音も色々あるが、茶筒の立てる「ぽん」の音が明るい。あたかも筒のなかに充満していた寒明けの力が、蓋を抜いた途端に弾いたようである。春を待つ強い気持ちが茶筒の音で言いとめられた。

落葉かく四十八代守部かな  田口  耕

 四十八代守部とは隠岐の村上家のことである。承久の変(一二二一)に敗れた後鳥羽上皇に隠岐で公文として奉仕された家柄。当主は代々「助九郎」と名乗り、現当主は四十八代目に当たる。村上家の守ってきた山陵は明治以降は「御火葬塚」と呼ばれる。ここに降り積もった落葉は、都への帰還を望みながら叶わなかった上皇の涙のように思える。
 八百年近く御塚を守り、当主自らが落葉を掃く姿に作者の尊敬の念がこもる。

つと入りて旧知のやうな焚火の輪  小村 絹代

 「旧知のやうな」とあるから、ゆきずりの焚火の輪だったのだろう。焚火に手をかざしながらの何気ない話が、気の置けない友達のように二人を近づけている。焚火の暖かさのせいだろうか。誰にでも経験がある故に説得力がある。

海女小屋に桶干されゐる女正月  水島 光江

 海女といえども年中海に潜っているわけではない。漁の季節以外は海苔や若布を採って生活をしている。今日は、折しも女正月。日頃の忙しさを忘れて、仲間同士でお喋りを楽しんでいる。小屋の外に干されている桶には、今日のための海の幸が入っていたのだろう。海も休み桶も休み。海女さん達のひとときの女正月である。

飛鳥路の畝傍の山の寒椿  池田 都貴

 寒い時の旅行はそれなりに辛さもあるが、美しいものに出合ったときの喜びは、またひとしおである。大和三山の一つ、畝傍山に見つけて寒椿の美しさに感動した作者。「の」を重ねながら大きな景を絞っていって、最後に眼前へぬっと寒椿を出現させた。感動の深さがよく現れている。〈梅若葉鞠子の宿のとろろ汁 芭蕉〉や〈みちのくの淋代の浜若布寄す 山口青邨〉などがそれである。

年の賀の僧に齢を励まさる  関 うたの

 年賀に来た僧と新年の挨拶が終わると、打ち解けた話となった。普段から親しくしているので遠慮なく年齢のことを聞いてきた。歳のことは言いたくないのだが、正直に答えると、これからもっと長生きをして活躍してくれと激励されてしまった。「励まさる…」の「…」の部分に作者の本音が隠れていそうな句。

履歴書に貼る顔写真春を待つ  栂野 絹子

 就職活動に使うのだろうか、就職が内定したのだろうか。「春を待つ」とあるからきっと就職が決まったのだろう。履歴書に貼られた顔写真は若々しく希望に満ちた顔。若者の明るい未来を象徴しているようである。

日脚伸ぶることカーテンを引くたびに  佐藤 洋子

 朝夕に開けたり引いたりしているカーテン。朝はいつもの時刻にカーテンをあけるのだが、日はすでに昇っている。閉めるときの空はまだ明るい。その度ごとに日脚が伸びていることに驚かされる。「~伸ぶること~引くたびに」の屈折した表現に日脚が伸びることと春へ近づいていくことへの二重の喜びがある。春はもうすぐそこである。



    その他触れたかった秀句     

白木蓮咲き初む仁尾正文忌
冬菫みんな笑顔の子供の絵
寒月の蒼き影踏む五稜郭
指先に糸絡みつく寒の入
孟宗の千の直立山冱つる
寒の入子の赴任地を地図で見る
卓袱台を囲む九人の女正月
凧の糸空の深さを使ひ切り
一番湯もらひて母の初湯かな
暖かき言葉えらびて見舞ひけり
玄関に靴の乱るるお正月
いにしへの色の赤々どんど焼
霜晴れの朝へ駆け出すランドセル
水仙の激しき雨に打たれをり
思ひきり笑顔作りて初鏡
寒明くや手風に揺るる仏の灯
紅させば心ときめく初鏡

渥美 尚作
斎藤 文子
高山 京子
大澤のり子
森田 陽子
高田 喜代
大滝 久江
山田ヨシコ
橋本喜久子
錦織美代子
中山  仰
三関ソノ江
渡辺 伸江
村上千柄子
太田尾利恵
服部 若葉
勝谷富美子

禁無断転載