最終更新日(Update)'16.05.01

白魚火 平成28年5月号 抜粋

 
(通巻第729号)
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 5月号目次
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季節の一句    星  揚子 
「春寒し」(作品) 白岩敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
吉田 美鈴 、井上 科子  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     三上 美知子、吉村 道子 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(宇都宮) 星  揚子   


母の日のぱしやぱしやはたく化粧水 計田 美保
(平成二十七年七月号 白魚火集より)

 母の日は五月の第二日曜日。母の日にたっぷりと化粧水をつけて化粧を始めたのは作者であろうか。「ぱしやぱしや」の擬音語が乳液でなく化粧水にぴったりであり、コットンいっぱいに含ませた様子がわかる。女性なら、母親になっても美しくありたいもの。化粧水を十分につけることによって潤いが保たれ、みずみずしいお肌に・・・。ただ、「ぱしやぱしやはたく」とあるから、ひょっとしたら、時間があまりなく、急いで化粧をしているのかもしれない。また、「ぱしやぱしや」の表現は、子供の目線で母親を見ているようにもとれる。いずれにしても楽しい句である

大小の靴の囲みぬ花筵  牧沢 純江
(平成二十七年七月号 白魚火集より)

 ご家族か近所の方々との花見であろう。大小の靴とあるから、大人も子供もいる景が浮かぶ。したがって、夜桜ではなく昼間の桜ととりたい。花の下にシート(筵)を敷いて、手作りのごちそうをみんなで召し上がっているのだろう。シートの回りには脱いだ大小の靴が置かれている。その様子を「靴の囲みぬ花筵」としたことにより詩情が湧いた。こうした家族や人との交わりを大切にしたいものである。

蒲公英の絮来る塗りたてベンチかな  森  志保
(平成二十七年七月号 白魚火集より)

 蒲公英が咲き終わって、真っ白な絮毛になった。それが風とともに一つずつふわふわと青空に飛び出したのだ。見ていると、それがこちらに降りて来る様子。でも、こちらにはペンキ塗りたてのベンチがある。「こっちに来たら、くっ付いちゃうからダメ!」と作者の心の叫びが聞こえそうだ。自然界の営みに対する優しい眼差しが伝わってくる。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 古 時 計  坂本タカ女
雪を掻きあぐるに声の力借り
雪吊につかまつてゐる松の雪
中天に月現れ吹雪止みにけり
日の差して氷柱雫の急ぎあし
雪卸す屋根さわがしくなりにけり
咲きながら散りながら咲き冬桜
あれこれと解く結び紐雛飾る
雛飾るぼんぼんぼんと古時計

 左 義 長  鈴木三都夫
冬枯れといふも一色には非ず
竹垣は露地の結界笹子鳴く
見よがしに一つ残れる木守柿
焼津辺の草青きまま年越さん
斎竹の爆ぜて火となるどんどかな
存分にどんどの煙いただきぬ
左義長の直会に酔ふ奉行かな
手酌もて成人の日のお相伴

 芽 吹 き  山根仙花
堰越ゆる水寒月に砕けけり
空瓶の中まで枯野横たはる
春立つと土やはらかに踏みにけり
海の音遠しと傾ぐ蕗の薹
春立つや隣はフランス料理店
うす煙上げて春立つ湖畔村
春寒し轍大きく曲りをり
芽吹く木々芽吹き待つ木々混み合へり

 華都子忌  安食彰彦 
急逝に涕泣したる二月かな
正文忌と奇しくも同じ二月かな
涅槃の日喪服の列のつづきをり
涅槃経僧の衣は濃紫
竜天に登り柩に花添へて
鳥雲に入る百八の燭灯し
葬終る遠き春雷それつきり
君覚めよ再び立てよ迎春花

 豆 の 花  村上尚子
春立つや懐紙にもらふ小饅頭
マリア像の足元にある春の雪
畑焼の煙にはかに襲ひきし
春の鴨夕日沈んでしまひけり
風光る釣師の道具こまごまと
豆の花風に浮足立ちてきし
薔薇の芽や今日のてはずをメモにして
初ひばり空の高さをまだ知らず

 子のピアノ  小浜史都女
雨水の雨起き出しさうな山ばかり
飛梅といふ名をもらひ真白かな
亀はまだ顔出さぬ池梅真白
絵馬の紐どれも真つ赤や梅二月
掌をうぐひす餅の飛びたちぬ
天山よりひと筋の川柳の芽
料峭や足湯に話相手出来
鳥曇いまも洋間に子のピアノ

 一  峡  小林梨花
朝まだき古墳にちちと鳴く笹子
谷川の水がうがうと木芽張る
牡丹雪ふはりふはりと一峡に
大屋根の上に眩しき春日差
さ緑に茹で上りたる初和布
梅咲いて明るくなりし隠れ里
物の芽に日差の届く狭庭かな
啓蟄や並べ変へたる植木鉢

 朧  影  鶴見一石子
大いなる星とび大地名残り雪
人の世の無情沁み沁み朧影
春月と現世をつなぐ黄泉の路
鳥雲に入り人の世を見遣るなり
外に出でて春満月に佇ち尽す
春月に座し執着の筆硯
撥条の時計丑三つ梅月夜
神仏を信じ百磴草朧

 雛 の 膳   渡邉春枝
行列のしんがりにゐて梅匂ふ
先生の先生が居て梅真白
まだ硬き風をそびらに耕せり
走る児の影ゆらゆらと二月尽
父母を知る人と語りて暖かし
ふりかけの好きな子のゐて雛の膳
芽起しの雨や一人の鍋磨く
大学の森囀の森となり

 正 文 忌  渥美絹代
正文忌墓を触ればあたたかし
母を訪ふ少し欠けたる春の月
茎立や舟に渡せる板たわむ
正文忌過ぎひこばえに雨しづか
牡丹の芽回向柱を雨つたひ
開帳の厨子閉づ雨のけぶる中
春風や賽銭箱に虫の穴
山中に煙ひとすぢ鳥帰る

 春 近 し  今井星女
だれかれと挨拶かはす雪の道
玄関を一つ残して雪の山
一杯の酒に寄鍋囲みけり
冴ゆる夜をくり返しつつ春近し
立春や赤で囲みしカレンダー
立春のまばゆき光背なに受く
十分に寝て春の風邪吹きとばす
庭木にも体温のあり雪のひま

 吊  橋  金田野歩女
園庭に雪ん子風の子鏤めて
煌めきの水際番の三十三才
冬林檎始末のジャムを煮詰めをり
ほつこりと足湯風花掌に
寺屋根の雪解雫の四拍子
吊橋へ一朶迫り出す猫柳
春炬燵三行日記書くことに
這松の辺り最も春の禽

 竜 天 に  寺澤朝子
喪ごころに淡く影おく春燈
手のひらの程の土にも花なづな
火の島の山の鳴るてふ寒もどり
筑波嶺は先北窓を開きけり
竜天にのぼるか風の生ぬるし
晩学の文字も危ふし西行忌
唐子絵の湯呑みが五十鳥雲に
朧夜のおぼろ夜として真水呑む


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 水 温 む  福田  勇
笹鳴や湖畔に蜑の小さき墓
水温む里の水車の軋む音
春の雪外宮詣の長き列
小松菜の茎立手折り酒の友
路地裏の籬越しなる紅椿
耕すや後追ふ鳥の二羽三羽

 蕗のたう  荒木 千都江
夕暮をやさしくしたり雪達磨
花びらに風の音聴く寒牡丹
水仙のしつかりと立つ風の中
一陣は湖心離れず浮寝鳥
薄氷の音も柄杓に汲みにけり
せせらぎのほとり土割る蕗のたう

 風  花  久家 希世
風花のいづくへ貴婦人連れゆけり
蹲踞の薄氷風の消しにけり
句碑の辺に山水滲むいぬふぐり
小糠雨来たる一面麦青む
山里の小さき土管や蝌蚪の紐
初音澄む大河のゆるく淀みなし

 名草の芽  篠原 庄治
深雪跳ぶ野猿小雪崩起しけり
何やらに積もりてまろき春の雪
甌穴に渦の生まるる雪解かな
棄て畑の修羅にほつほつ名草の芽
野火の夜の闇やはらかく匂ひけり
鳶の輪のほか何もなき春の空

 牡 丹 雪  齋藤  都
牡丹雪白衣観音まぶしくて
春寒し起き抜けに見る温度計
淡雪の明かりを窓に木のいのち
留守電にメッセージなし春の雪
グラタンの焦げ目ほどよき春の燭
牡丹雪意志あるごとく降りつづく

 雛 の 間  西田 美木子
雛の間に幼児深く寝入りけり
私と同じ齢の内裏雛
淡雪や酒蔵店に味噌を買ふ
札幌の地酒を醸す春の水
麹の香満つる酒蔵春の雪
暖かや教会堂の木の扉

  頂   谷山 瑞枝
先導の鴨の動きに湖動く
春一番濃茶に粘りありにけり
良きことの重なつて来し二月かな
春の鴨不老長寿の池を発つ
パトカーの隠るるあたり陽炎へり
墳丘に頂のあり青き踏む

 春 の 霜  出口 サツエ
葬より戻りて小さく豆を打つ
投函の音の乾きて冴返る
梅二月山ふところに薬師堂
まつ新な朝のはじまる春の霜
朝は初音夕べ雉聞く島日和
茶柱が立つほどの幸水温む

 白 侘 助  森  淳子
一輪の白侘助に惹かれけり
吟行を約して終る初電話
書初に性ありありと兄弟
招かれて作法知らねど初茶の湯
湯たんぽの人肌となる午前五時
口争ひするかに鍋の寒蜆

 防風摘む  大村 泰子
追儺会や鈴の緒少し湿りをり
早春の浜弓なりに伊良湖まで
春北風や薬罐の笛の鳴つてをり
囀りのもう聞けさうな空の色
教会の脇に太りし葱坊主
漁をする船を間近に防風摘む

  鰊   奥野 津矢子
笊・束子吊す三寸釘遅春
鰊群来海のまつたりしてきたる
汀より零す鰊の鱗かな
後継ぎの馴れし手捌き鰊漁
ゆるゆると鰊の白子崩れ落つ
春の雷しづくは窓を走りけり

 正 文 忌  安澤 啓子
風花やうぐひす色の酒林
燻りしままに果てたるお山焼
御開帳案内の僧のペンライト
祭壇に珈琲バレンタインの日
沈丁花屋台の蔵にてふつがひ
晴朗なる日和たまはる正文忌


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 吉田 美鈴

春めくや居間を横切る鳥の影
鋸のこぼす木屑や春浅し
自づから生るるハミング草萌ゆる
さへづりや一尺ほどの畝を立て
牡丹の芽いつも短き子のメール


 井上 科子

四半敷の堂に広ごる余寒かな
吉日の客の出入りや梅かをる
固まつてほろほろ揺るる犬ふぐり
兄の背に父の面影春コート
浮雲のつぎつぎ過ぐる涅槃西風



白光秀句
村上尚子


さへづりや一尺ほどの畝を立て  吉田 美鈴

 広い畑の端からきれいに「畝」が立てられてゆく。それも「一尺ほど」の高さである。
 春の季語に「芋植う」「馬鈴薯植う」という言葉があるように、この畝にはやがてそれらの芽が揃うのであろう。「畝を立て」と止めているところにも注目した。「さへづりや」の明るい季語と切れにより、その先に進むであろう景色が鮮やかに見えてくる。二句一章の典型的な作品である。
  鋸のこぼす木屑や春浅し
 こちらも同様である。

四半敷の堂に広ごる余寒かな  井上 科子

 「四半敷」とは広辞苑によると、石敷の一種。方形の石敷・敷瓦を、そのつぎ目が石敷の縁に対して四十五度になるように斜めに敷いたもの、とある。このように説明されても分かりにくいが、「堂に」と場所を指定していることから、この場合は寺院の本堂などの床を差しているのであろう。木や三和土にくらべるとやはり冷たさを感じる。掲句はその他の様子は一切語っていない。「堂」という薄暗い空間のなかで、体中に迫るものを感じたに違いない。春になってからの寒さであるがゆえに、その思いは一層強く、作者の身にこたえたのである。
 美鈴さんの作品とは対照的に、外側から内側へ感情を絞り込んでいる。

春愁のつむりを載せし肘枕  鈴木喜久栄

 春の地上は生気溢れる季節であるが、人間はそのなかで哀愁やもの思いにふけったりすることがある。「春愁」の句としてはあまり類がない。もし「肘枕」が〝膝枕〟だったらと思えてくるところも面白い。

3Bで描く自画像春近し  福本 國愛

 鉛筆の芯には10Bもあると聞いたことがある。そのなかで作者は3Bにこだわった。鏡の中の自分と向き合い、寒かった冬や、来し方を思い返したのであろう。しかし「春近し」で心を切り変えた。あくまでも前向きである。

おしやべりな電子レンジや春の風邪  牧沢 純江

 最近の電化製品は音だけではなく、よく分かるように言葉で指示をしてくれるものが増えた。掲句はそれが「電子レンジ」だというが、風邪をひいて伏せっていた作者にとっては強い助っ人であった。「おしやべりな」と表現したのは作者の感覚である。

病床に梅の便りのとどきけり  福田はつえ

 どの位の間「病床」にあったのだろう。床に就くと何もかも制約される。季節の移り変わりもはっきりしない。そんな時、家族から梅が咲き始めたことを知らされた。それを聞いた途端、作者の俳句の虫も一気に目が覚めた。

還暦の象の花子に春来る  河島 美苑

 昔にくらべると動物園にいる動物の種類は随分増えた。しかし、そのなかでずっと子供達の人気を集めてきたのはやはり「象」であろう。その「花子」が「還暦」を迎えたというが、命の一つの区切りである。その喜びのすべてが「春来る」である。

まつさらな靴や三月動き出す  三上美知子

 靴でも洋服でも、新しいものを身に付けるときの気分は特別なものである。「まつさらな靴や」とあえて促音にし、切れを使ったことで一句に弾みが出た。軽快なリズムはそのまま「三月」へと飛び込んで行った。

あたたかや水子地蔵の丸き尻  吉野すみれ

 この世に生を受けられないままに葬られた水子を供養するために、形で表したものが「水子地蔵」である。その裏側にはそれぞれの悲しい思いが秘められている。目の前の顔はどれも愛らしい。しかし作者は顔ではなく「丸き尻」に焦点を当てた。
  俳句を詠む目は前だけではなく、うしろにもあるというお手本である。

フリージア高く生くれば匂ひけり  河野 幸子

 春咲く花のなかで「フリージア」は、決して目立つものではないが、その香りは印象的である。掲句のユニークなところは「高く生くれば」にある。当たり前と思われることも、言葉の表現の仕方によって新しい詩が生まれるのである。

子等の声のせて流るる雪解川  鈴木 滋子

 一句を読み下したとき、かなり寒い所であることが分かる。そして長い冬から開放された子供達の喜びが、声となり動きとなって伝わってくる。「雪解川」のような勢いが、そのままリズムとなって、春の躍動感を演出している。



    その他の感銘句
良く回る負けず嫌ひの風車
花ミモザ風西寄りとなりにけり
末つ子はバレーボール部桃の花
享保雛筥迫の鈴鳴りにけり
モビールの魚のぎよろ目や涅槃西風
人来れば止むる口笛黄水仙
姉ちやんになる日の近ししやぼん玉
春夕焼お供へ買つて帰りけり
陽炎を飛び出しゴールまで走る
水温む谷地に丸太の橋ひとつ
山鳩のよく鳴く日なり春の
木道は一方通行座禅草
出征も復員も死語鳥雲に
待春や目覚し時計の小さき脚
野仏のかんばせに風木の根明く
塚本美知子
塩野 昌治
若林いわみ
今泉 早知
野田 弘子
坂田 吉康
水出もとめ
吉川 紀子
西村ゆうき
秋葉 咲女
風原 みさ
小林 久子
鮎瀬  汀
永島 典男
沼澤 敏美


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 雲 南  三上 美知子

小流れに道草の春来たりけり
塗り直す展示機関車風光る
紅うすくひいて家居や鳥曇
足置けば岩のぐらりと春の川
潦大きく跳んで進級す

 
 中津川  吉村 道子

鶯や屋形船行く沈下橋
百歳を上座に迎へ雛祭
春泥を跳んで古墳を巡りけり
黒潮のぶつかる岬遍路道
大戸閉め妻籠の宿の春灯



白魚火秀句
白岩敏秀


小流れに道草の春来たりけり  三上美知子

 子ども達にとって、下校の時は学校から解放された楽しい時間である。水が温む頃は小川には色々な動物が動き始める。それを見詰める子ども達の好奇心に満ちた目がある。「道草の春」の表現は子ども達の嬉々として遊ぶ姿をずばりと捉えている。作者も童心に返っていたにちがいない。
  潦大きく跳んで進級す
 高校以上であれば学期末考査や試験があるが、小学校や中学校では四月になればそのまま一つ上に進級する。留年や落第がないので伸び伸びした気分になる。その屈託のなさが「大きく跳んで」に出ている。またひとつ成長した子どもの姿がある。

大戸閉め妻籠の宿の春灯  吉村 道子

 妻籠は中山道の宿場町で、景観保存地区になっている。昼間は大勢の観光客の往来で賑わった妻籠も、夜になれば大戸を閉じてしんと静まり返っている。宿の部屋には障子越しの灯りが春宵の町に潤む。情趣ある妻籠の宿場町が浮世絵のように浮かんでくる句。

歌詞にある山へ雲飛ぶ卒業式  宮澤  薫

 入学式の時に歌った校歌、そして卒業式に歌う校歌。校歌の歌詞にある山へ雲が飛んでいる。学生生活の全ての思い出が、この山に収斂するような雲の描き方である。歌詞の山を仰ぎつつ歌う校歌は終生忘れ得ぬ思い出。何時までも胸に刻まれていることだろう。

米山の風にちらほら梅二月  大滝 久江

 米山は新潟県は南西部にある標高九九三メートルの山。日本海の近くにあるので、米山が吹きおろす風は冷たい。それでも二月ともなれば梅が咲いてくれる。北陸の永い冬を耐えた作者の春への喜びが梅に託されている。

春の夜をわが靴音と歩きけり  田口  耕

 作者は歯科医。遅くまで患者の治療に当たっていたのだろう。今は帰途。道を明るく月が照らしている。月を連れ影を連れ、靴音を響かせて歩く。その確かな歩調は今日が充実した一日であったことを示している。

雛飾る廊下にナフタリンにほふ  森  志保

 部屋に綺麗な雛を飾った。雛は穢れを知らない雅な雰囲気に包まれている。しかし、雛の納められていた廊下の函には虫除けのナフタリンが匂ったという。場面の切り替えがシャープ。情の絡みやすい雛祭りの句にあって異色の作といえよう。

どこへでも行く気食ぶる気春愉し  鮎瀬  汀

 春である。外出や旅行にはよい季節。籠もっていた炬燵の冬から一気に解放されたのである。「どこへでも行く気食ぶる気」には体力気力の充実が見てとれる。まだまだ遊びざかりなのである。春愉しにエールを送りたい。

ゆれてゐるだけの吊革日脚伸ぶ  高田 喜代

 日脚が伸びたかなと感じるのは、地域差があっても、一月の半ばから終りにかけてであろう。寒い最中である。人はまだ外出を控えているのだろうか。乗った電車は乗客が少なく閑散としている。掴まる人のない吊革が所在なさそうに揺れている。ごとごと走る電車に身を任せながら、春はまだ遠しと感じている作者。

飛ばんとしたんぽぽの絮静かなり  西山 弓子

 〈しづかなる力満ちゆき螇蚸とぶ 加藤楸邨〉の句がある。楸邨の螇蚸は自らの意志で飛ぶことができるが、たんぽぽは風が頼りである。しかし、すでに飛ぶ準備はできている。飛ぶために満を持している状態を「静かなり」と表現して緊張感がある。

冬ぬくし似顔絵若く描かれけり  岡本 正子

 例えば、公園を散策していて声を掛けられたか。兎に角、うまい口車に乗って似顔絵を描いて貰った。出来上がった絵はそっくりな上に、若く描かれている。内心こそばゆい思いがしながら、悪い気がしないでもない。ほのぼのとした「冬ぬくし」である。



    その他触れたかった秀句     

鴨帰り素顔の沼となりにけり
スケッチの最後に描く黄水仙
折鶴の羽を広げて春炬燵
野焼して月の明るき夜となれり
下萠のすでに小さき影を持つ
灯の入りて雛の影の立ち上がる
青丹よし奈良のどんどの竹はぜて
寒造り薄にごりして香りけり
木の芽晴一人走ればみな走る
振つて買ふ干支の土鈴や初詣
離任する島の学校なごり雪
マスクして大きな目玉動きけり
一つづつ音確かめて蜆選る
茶箪笥の取手の金具冴え返る
春めきて色淡き服選びけり
菜の花や牛舎にちやぼの遊びをり
蕗の薹影濃く過ぎし一輌車

古川 松枝
鈴木  誠
森下美紀子
中山 雅史
西村ゆうき
斎藤 文子
萩原 一志
牧野 邦子
船木 淑子
岡崎 健風
計田 芳樹
埋田 あい
松﨑 吉江
友貞クニ子
清水あゆこ
稲垣よし子
山崎てる子

禁無断転載