最終更新日(Update)'14.09.01

白魚火 平成26年6月号 抜粋

 
(通巻第709号)
H26. 6月号へ
H26. 7月号へ
H26. 8月号へ
H26.10月号へ


 6月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    渥美 絹代  
「一木に」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
三上 美知子 、中山 雅史  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          星  揚子、大隈 ひろみ ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(浜 松) 渥 美 絹 代    


弥生時代から続いている稲作。稲は日本人にとって特別な作物である。

早稲は穂に紺深めゆく日本海  山根 仙花
(平成二十五年十一月号 曙集より)
遠山の淡き藍色稲は穂に  田原 桂子
(平成二十五年十一月号 白魚火集より)

 暑さがやわらぎ、秋の澄んだ空気に変わりつつあるこのごろ、二百十日、二百二十日も無事に過ぎ、稲は穂をつけ始めた。
 稲穂の向こうに広がる日本海、田んぼから望む遠山、日々眺めている景であり、はるか昔からずっと続いている景である。その日本海は紺を深め、遠山はうすうすではあるが、稜線がはっきりとするようになってきた。
 夏から秋になっていくあはひの頃を、海と山の色の変化で捉えた二句。「早稲は穂に」、「稲は穂に」と、稲の成長を具体的に述べ、季節に敏感に暮らしている作者の素朴な気持ちを伝える。収穫までもう一息、穏やかな日々であってほしいという願いも感じられる。

稲穂垂れ囃子の稽古はじまりぬ  小浜 史都女
(平成二十五年十一月号 曙集より)

 あとすこしすれば稲穂はすっかり黄金色となる。この頃になるといつもお囃子の稽古がはじまる。今年もその音が聞こえてくるようになった。大人も子供も嬉しくなる音である。無事に刈り取りを終え、産土に感謝する祭が近づいたのだ。
 近ごろは地球の温暖化によって、恐ろしい異常気象のことがあるが、四季の変化に富んだこの国で、自然と向き合い、自然に感謝する暮らしぶり、稲作と関わりのある、懐かしさを誘う三句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 昼  寝  安食彰彦
肖像の三代並ぶ夏座敷
旅一夜見事な鮎の化粧塩
竹杖と寝棺の上の夏帽子
のつけから一人気儘にビール飲む
昼食のあとの極楽三尺寝
たつぷりと長き昼寝をしてみたし
梅雨明くる清水に喉を鳴らしけり
ピーマンの緑のまぶし梅雨明くる

 春惜しむ  青木華都子
春惜しむハングル語での長電話
迅雷に驚かされし午前二時
牛蛙全き牛の声なりし
茄子とまと植ゑて三坪に足らぬ畑
橡は実となりたる県庁前通り
どこ迄も続く茶山や捨て茶刈り
雨ののち曇りのち晴れ梅雨明くる
同姓の並んで二軒稲は穂に

 三 輪 車  白岩敏秀
夏帽や全身で漕ぐ三輪車
身を躱すとき鹿の子にけもの臭
海芋咲き怒涛のごとく日暮れ来る
夏椿牛舎に高き鉄ゲート
搾乳の白き泡立梅雨の晴
草笛の息をゆたかに吹きにけり
箱庭に如雨露の雨を降らせけり
折り鶴を紙に戻して冷夏かな

 定  書  坂本タカ女 
花筏その向う岸動きだす
蓮の葉を回り道して花筏
途中まで読む定書蝉時雨
息切れのして女坂白糸草
空威張りして裏返る牛蛙
コレクションとすうなぎ屋の箸袋
雨雲の居坐つてゐる破れ傘
裏参道木の階や蝉の殻

 梅雨ごもり  鈴木三都夫
水玉を煌と結びし蓮浮葉
浮葉まだ風に抗ふこと知らず
梅花藻の星と点りし流れかな
薔薇園の順路の風にほろと酔ふ
休耕田捨ててもおけぬ草を刈る
青大将隠れし草を盲打ち
摂心の一山寂と朝曇り
昨日の句今日はや褪せて梅雨ごもり
 短  夜  山根仙花
旅二日二日の宿の明易し
旅遠く来て短夜を語りあふ
掃きかけてあり竹箒梅雨に入る
一つづつ登る石段梅雨重し
螢とぶ闇やはらかき母郷かな
十薬の花の十字の暮れ残る
竹落葉積るともなく積りけり
かなかなのかなかなかなと夕べ呼ぶ

 梅雨の頃  小浜史都女
睡蓮の池の膨らみきつてをり
水掛けてなほ黒くなる梅雨ぼとけ
合歓の花日暮たのしむやうに咲く
蟻塚のつくりたてなる匂ひかな
滝頭まだ夕空の青かりし
向日葵はやはり見上ぐる方がよき
城濠の主のやうなる蛇に会ふ
撫子や母への介護なつかしく

 梅雨晴間  小林梨花
良き知らせばかり届きて梅雨晴間
桑の実を摘むや指先紫に
蛍の夜一時帰国の子と逢ひぬ
三世代揃ふ夜店の明かりかな
帰省子を囲み祝盃上げにけり
久々に帰国せし子の日焼顔
父と子の背くらべ梅雨の晴間かな
久々に逢ふ子も老いて梅雨深し

 落 し 文  鶴見一石子
紫陽花の寺巡りして江の電へ
水無月の涼しき嶺の連なりて
落し文人の気配にあわてやう
明け易し市のひらかるる浜通り
日の匂ひまとひて雹の降れるなり
雹礫地面を叩き玻璃叩く
雹つぶてくるりくるりと跳ぬるなり
街道は雹の飛礫の道となり

 緑  雨  渡邉春枝
夏萩のこぼれて庭の男下駄
梅雨寒や移植の松に支へ棒
石庭を洗ひ上げたる緑雨かな
笹百合や川渡るたび靴ぬれて
どくだみの匂ふ手をもて祈りけり
短夜の万年筆に指汚し
漬け終へて梅酒の瓶に年月日
七月の山や札所の忘れ杖


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 石見銀山  富田郁子
山の神祀る間歩口蜥蜴這ふ
銀山の暗き土牢梅雨じめる
羅漢窟へ反り橋渡る朝曇
五百羅漢に螢袋のゆれ通し
石に彫る黄泉の伝記や竹落葉
下闇や石積み祀る塞の神

 髪 洗 ふ  桧林ひろ子
紫陽花の毬に日差しの集まれる
背伸びして吊す風鈴かぜを呼ぶ
利き足の一歩に茅の輪くぐりけり
夏布団干して人来るあてもなし
明日と言ふ日を新しく髪洗ふ
白粉花に遮られゐる戸口かな

 合歓の花  武永江邨
夏柳老舗紺屋の紺暖簾
新緑に足を伸ばして露天風呂
恋敵現れ夏蝶三つ巴
梅雨深し目に力入れ一書読む
沼の上にせり出してゐる合歓の花
堰洩るる水音細し合歓の花

 初  蛍  桐谷綾子
初蛍光残して遠ざかる
羅や袖口に蛍入りくる
滝道の闇をゆさぶる蛍かな
水音を渡り蛍火天空に
枝の先光を留め恋蛍
虹の根は箱根湖畔の旧役場

 夏 大 根   関口都亦絵
封切れば八十八夜の新茶の香
夏燕宿に栄ゆる英語塾
まつさらな心で潜る茅の輪かな
皮引けば辛き匂ひの夏大根
紫陽花や裏庭に引く山の水
梳き細る髪ねんごろに洗ひけり

 太宰の忌  寺澤朝子
梅雨はげし舞踏教室いまルンバ
都心にも雨の警報太宰の忌
凌霄や身を深々と歯科椅子に
白靴のすいと降り来る銀座線
朝曇始発電車に人まばら
日のうちは千住に舫ふ涼み船
 くちなはじやうご  野口一秋
紫陽花の御色直しの雨となり
青嵐吊橋渡る婆裟羅髪
香水に息を殺しぬ昇降機
釣宿の珍味くちなはじやうごかな
通といふ釣りし初鮎丸齧り
田水沸く蒸籠の上にゐるごとし 

 小 鯵 刺  福村ミサ子
潮入りの川の匂ひや南吹く
小鯵刺河口の波を打つて飛ぶ
黒南風や台船銹を深めたる
天領の蛍袋は白ばかり
經蔵の格子越しなる黴匂ふ
高欄にモップの乾く安居寺

 蛍 の 夜  松田千世子
蛍の夜大事なことを等閑に
捕るよりも追ふ楽しさの蛍狩り
捕るまじき一夜限りの蛍とて
夭折の子の蛍火か草に消ゆ
青芒夜風がふいに曲りきて
半夏生伴侶の怪我の唐突に

 蓮 開 く  三島玉絵
萬緑やどの木にもある木の名前
早苗田の昨日の色と今朝の色
水音は山のつぶやき青時雨
あると聞く幻の音蓮開く
吹き上ぐる蓮田の風に溺れけり
蹲踞の辺りにこぼれ花南天

 大 砂 丘  今井星女
車窓より五月富士見え手を振れり
茶どころの句会八十八夜かな
海までの砂丘を歩む裸足かな
大砂丘茅花は銀の穂をかかぐ
ひとところ茅花流しの砂丘かな
白靴の百の足あと大砂丘

 藤は実に  織田美智子
虻宙にとどまつてゐる翅音かな
青鷺の考えてゐて歩き出す
病院の広き中庭藤は実に
年ごとに甕を小さく梅漬くる
採ることのなき山桃の熟れはじむ
痩身の男がさせる黒日傘



白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 三上 美知子

兄弟に蜊蛄一匹づつ釣れて
花蓮の水の昏きに動くもの
糸蜻蛉祈りのごとく羽合はす
青田風一気に向きを変へにけり
羅の人のくぐりぬ長屋門


 中山 雅史

植ゑられてより田の水の動かざる
通り雨あり竹藪に蛇の衣
獲物得てより蜘蛛の囲の繕はず
揺るるときあかつきの来る蓮の花
水番に月の光が差して来る



白光秀句
白岩敏秀


花蓮の水の昏きに動くもの  三上美知子

 蓮の花は古来から日本人に好まれた花である。色彩が強くなく、押しつけがましさのない清々しさが日本人に合うのだろう。泥中に根を張り、濁水に育ちながら清浄な花を咲かせる蓮であれば、尚更に喝采を送りたくなる。
 その泥中や濁水に生きて動くものがいる。作者はここで言葉を切った。言葉の流れが堰き止められたのである。そのため読み手の思考が花蓮へ戻って来て、そして、再び倍のイメージで流れ始めるのである。
 蓮の美しさを愛でながらも、池の小さな動きを見逃さなかった。観るとはこういうことを言うのだろう。
青田風一気に向きを変へにけり
 畦を隠すほどに成長した青田である。東や西へと吹く青田風が一気に反転して吹き過ぎていく。逞しく育った青田の激しいうねりと荒々しい風の動きがダイナミックに描写されていて力のこもった作品である。

水番に月の光が差して来る  中山 雅史

 散文の一行詩のように描写されていて、情況が月光のなかにぽんと投げ出されいる。聞こえて来るのは田へ入ってくる水音ばかりである。
 〈水盗むかなしきことを子に教ふ 寺村甘藷男〉。水は稲作にとって大事。田を守るために「水盗む」かなしい現実があった。
 水盗人を見張るのが水番。広い田のなかにぽつねんと一人で夜の水を守る。昇って来た月の光のなかに水番の孤独な姿がある。妻や子はもう寝たのだろうか水番は思う。差して来る月の明るさが一層水番の孤独を深める。

五月雨に煙る墨田の芭蕉庵  萩原 一志

 東京には芭蕉庵が二ケ所ある。深川芭蕉庵と関口芭蕉庵である。掲句は「墨田の」とあるから深川の芭蕉庵である。芭蕉はここを本拠地として数々の名吟を得た。現在は芭蕉記念館がある。
 五月雨に茫々と霞む芭蕉庵。作者は隅田川の岸辺に立って、芭蕉への思いを深くしていたのだろう。作者の評論『西山宗因と松尾芭蕉』が七百号記念号に載っている。
 椿山荘の近くの関口芭蕉庵には大場鬼奴多氏がいる。六百号記念大会は東京の椿山荘で行った。
 「大勢の人がそこ(関口芭蕉庵)を訪れると思うのでよろしくお願いしますと主宰から丁寧な連絡を頂いた。配慮の行き届いた立派な方ですね」。これは後日、大場氏が直接私に語ってくれたことだが、仁尾主宰には伝えていない話である。

居酒屋の框に浮世絵の団扇  大澄 滋世

 さて、どの浮世絵を選ぼうか。写楽の役者絵、歌麿の美人絵、広重の富獄の絵など目移りのするものばかり。片手に杯、片手に団扇を持つのも面倒だ。飲めば忘れる暑さ…。
 こうして何時までも框に置かれていた団扇だが、とうとう俳句に詠まれてしまった。俳人の眼は何処へ行っても光っているものだ。

日の暮れて弱気となりし百日紅  大石 益江

 夏百日を太陽と競うように元気に咲き続ける百日紅。さんさんと輝く太陽があっての百日紅である。太陽が隠れてしまうと、途端に元気がなくなってしまった。人間関係のような「弱気」の言葉が、夏の烈日を友として咲く明るさと健気さをよく伝えている。

草刈の母に下校を告げにけり  中山 啓子

 カバンをかたかた鳴らして畦道を走って来た子。「や、あれは母ちゃんだ」。下校の子は畦草を刈る母を見つけたのだ。その後、しばらくして青田道を母と子が仲良く帰っていく姿が見られた。家々では夕飯の支度が始まる頃である。

風薫る赤子を抱いて見せに来し  落合 勝子

 初めてお母さんになった娘さんであろう。初々しさと母となった喜びが素直に伝わってくる句である。
 幸せな家族に囲まれて、幸せに育っていく赤ん坊。母親の胸に抱かれて安心して眠っている。今は赤ん坊の可愛い寝顔を黙って眺めていよう。

図らずも視線の合ひぬサングラス  滝口 初枝

 素知らぬ顔でやり過ごそうとした途端に、相手のサングラスの視線とぶつかってしまった。その瞬間の狼狽ぶりが「合いぬ」に続く〈…〉。作者が本当に言いたかったのは、言葉にならなかった〈…〉にある。



    その他の感銘句
蛇の尾の消えたるあたり風生れ
揺るる時重さを見せて大牡丹
看取りとは側に居ること団扇風
早苗饗にもんぺの膝をくづしけり
雷鳴や獣の耳にある産毛
新茶汲む夫と二人の時間かな
風に干す影の重なる梅雨の傘
裸子の薄くなりゆく蒙古斑
蛍飛ぶ草の闇より空の闇
水口の石動かして田水引く
新涼やピン一本で髪上げて
テーブルの向き変へてみる夏座敷
松葉菊這はす港の常夜灯
宍道湖の夕日真面に新茶汲む
朝のパン焦げて匂ひぬ夏深し
早川 俊久
大山 清笑
須藤 靖子
福本 國愛
秋穂 幸恵
錦織美代子
秋葉 咲女
吉川 紀子
塩野 昌治
荻原 富江
山田 春子
浜野まや子
谷田部シツイ
原  道忠
山崎てる子


鳥雲逍遥(8月号より)
青木華都子

おそ霜の不安や赤き峰の星
衣更へせし子変声期の近き
清水引く池に蓬来竹生島
出世城髙層ビルも夏霞
吹きぬくる五月の風や天守閣
一と吹きの風に埋もるる浜防風
子等を待つ葉の不揃ひの柏餅
スリランカ料理の辛さ夏に入る
笹ゆりの蕾ちひさき城址かな
野面積の石の百相草を引く
浜松へ心の逸る田植かな
関所にも抜け道のあり花茨
寄する波引く波夏の初めかな
若葉風仔馬居眠りしてゐたり
峡に吹く風に色あり山法師
遠州の風に弘法麦熟るる
タイへ発つ弟に吹く若葉風
田の水に触れず離れず糸蜻蛉
涼しさや役の行者の鉄の下駄
南天の花満開の島に着く

田村 萠仙
武永 江邨
寺澤 朝子
松田千世子
今井 星女
笠原 沢江
加茂都紀女
星田 一草
奥田  積
梶川 裕子
金井 秀穂
坂下 昇子
源  伸枝
浅野 数方
池田都瑠女
大石ひろ女
西村 松子
篠原 庄治
齋藤  都
諸岡ひとし



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 宇都宮  星  揚子

ところどころ渦巻いてゐる梅雨の川
川に沿ふ長き黒塀枇杷熟るる
ビール飲むうつすら泡の髭つけて
口赤き十二神将五月闇
石垣に伸びきつてゐる蛇の衣

 
 呉 市  大隈 ひろみ

射干や男結びの四つ目垣   
せんせいが大好きな児の汗を拭く
羅や老女の膝の謡本
石仏に返すコップや山清水
かき氷くづす応への無きままに



白魚火秀句
仁尾正文


ビール飲むうつすら泡の髭つけて  星  揚子

 乾杯か何かでビールを一気に空けた。見るとうっすら髭の辺に泡がくっついていた。偶然だが面白い寸景である。心がそこにあるとこういうものも忽ち句にしてしまう。そのことよりも掲句は読者を信じて読者が自由に鑑賞し創作に力を貸しているのである。為には単純化が図られていなくてはならぬ。こういう行き方を推奨したい。

羅や老女の膝の謡本  大隈ひろみ

 「羅や」と羅に全体重をかけている。生糸を涼しく織ったこの羅は黒であろうと思う。「羅や」が老女の膝の謡本という静謐な場を導き出しているのである。「老女の膝の謡本」は勿論「羅や」を入れると一句に動詞が皆無である。強い意志が示されたことになる。強い句を作らんとして胴間声を張り上げても全く逆になることを知るべきである。

大型の田植機買つて跡を継ぐ  藤田ふみ子

 農家を継ぐ若者が減ったことと、高齢化により日本の農業が危ぶまれている。そんななかで掲句ははっきりと「跡を継ぐ」と言っている。「大型の田植機」を買って貰うことが交換条件だったのかも知れないがそれでよいではないか。人は期待をされたり責任を持たされると思わぬ力を発揮することがある。
 一句一章の力強い流れがこの若者に後押しをしているようで心強い。早くもエンジンの音が聞こえてくるようだ。

製材の井桁に積まれ夏燕  高井 弘子

 林業の衰退に伴い製材所もめっきり減り、機械鋸の音も木の香も懐しい。しかし作者の住まいは天竜美林にも近く、このような光景は珍らしくないのかも知れない。そんな日常的な景色のなかにもしっかりと俳句の目を養ってきた。それが「井桁に積まれ」である。
 削りたての木の美しさと香に「夏燕」の季語が一層躍動感を与え心地良い。

襟足を夫に剃らるる梅雨晴間  勝部チエ子

 男性が床屋で顔や襟足を剃ってもらうことは普通のことであるが、女性はどうであろう。作者の年齢から察するとおそらく五十年以上もそうしてもらっているのであろうか。御主人を信頼しきって座っている作者の姿が見えて微笑ましい。読者を幸せにしてくれる一句。

夕焼空ポプラの影を丘の上  小林さつき

 北海道の広大な景色が浮かんでくる。俳句の基本が写生であることは正岡子規以来継承されてきた。
これよりは熊の縄張り花さびた
畦を行く麦藁帽と大薬缶
 作者は旭川市在住であり、これらも土地の特徴がよく生かされている。身近なものを大切にしてこそ俳句が生まれるのである。

朝顔の早起きの子に咲きにけり  大川原よし子

 「朝顔」は秋の季語であるが、我々のイメージは夏休みと重なりやすい。掲句が「早起きの子に」と言っているのが面白い。朝顔は人間の暮しに合わせて咲く訳ではない。作者のこの子に対する何ものにも勝る愛情がこの言葉を生んだのだと受け取った。

工事場の朝の体操ほととぎす  山崎てる子

 体操の効用はいろいろあるが続けてこそ結果が出る。掲句は工事現場である。働く者同士の意志の疎通や怪我の予防にもなる。そばでは「ほととぎす」が負けじと鳴いている。この平仮名表示は体操によって気持や体がほぐれてきたような効果もある。俳句はリズムと共に耳や目からもその奥深さを感じるものである。

干し物のたたみてありし昼寝覚  高橋 裕子

 一瞬うろたえながらも、やがて納得した作者の姿が見えてユーモラスである。今迄に類を見ない現代的な「昼寝覚」の佳句である。気になるのは誰が「干し物」をたたんだかということ。御主人か子供さんかお姑さんか…。作者の幸せな家庭が垣間見えて楽しくなる。

干すシャツの袖から袖へ南吹く  古島美穂子

 この「シャツ」は竿にTの字になるように干してあるのである。まっ白に洗われたシャツの一方の袖からもう一方の袖口に風が吹き抜けてゆく様子をそのまま詠んでいる。夏の季節感をよく捉え、健康的で好感がもてる。
 ちなみに「南吹く」は「南風」の傍題で、西日本では「まじ」「まぜ」等と呼ぶ。俳句においてはその都度うまく使い分ければ良い。


    その他触れたかった秀句     
指先は天道虫のヘリポート
竣工の社涼しき風かよふ
梅雨の鳶空低ければ低く舞ふ
しばらくは風を見てゐる昼寝覚
舌に置く葛切り喉に落ちにけり
今年竹風の洗礼受けてをり
一つづつ紙に包まれ枇杷届く
烏賊釣りの成果言ひ合ふ手振りかな
仲良しの兎とインコ明け易し
夏は来ぬ地下足袋買ひに夫の行く
土砂降りや大きな虹の置きみやげ
歩く度背の草刈籠匂ふ
一株の花残し行く草刈女
昆布干す足の踏場もなかりけり
あかときの水番一人動かざる
鈴木  誠
大澄 滋世
斉藤かつみ
中嶋 清子
阿部芙美子
須藤 靖子
市川 泰恵
野﨑 京子
沼澤 敏美
福田 とみ
加藤 明子
中山 啓子
中村 義一
伝法谷恭子
稲田 隆嗣

禁無断転載