群馬白魚火一行は大会前日に静岡入りした。東京からは新幹線で一時間。意外に近く感じられた。
エピソード一 吟行
ホテルに荷物を預け、タクシーで久能山へ行く。朝から降っていた小雨が上がり、東照宮から望む駿河湾に雲の切れ間から日の矢が差しこみ、海面が光り輝いた。海なし県から来た一行は、この景色に感動してしまう。そして、楼門から神廟まで石段を上り切った。脚は吟行の命なり。
秋風や久能山より海光る 定由
東照宮天水桶に秋の雲 葉子
久能山江戸のいしずゑ秋暮るる 秋生
姫君のなし地の御門石蕗の花 ふさ子
三保の松原も修学旅行以来である。青松の続く海原に遠く富士を望み、不思議な羽衣伝説に想いを馳せ、鉢巻石を一個拾う。風と波に洗われてこの石たちもいずれ白砂になってゆくのだろうか。
秋潮の引き残したるさくら貝 庄治
行く秋の渚まつすぐあるきけり 比呂子
秋時雨三保の裏波猛々し 富江
タクシー運転手さんの話によると、富士山を漢字で表現する場合普通八の字を書くことが多いが、ここ静岡地方から見る富士は乃の字で表現するという。宝永の噴火の瘤が右側にあるからだという。なるほど。
宝永の瘤のとんがり秋気澄む 耕筰
翌日は大会初日。午前中に駿府城公園と浅間神社を吟行した。御門は柱も梁も太く重厚でさすがは天下人の城跡である。鷹狩の家康公の像は遠くを見つめ苦難の末に勝ち取った天下を見守っているかのようである。一富士二鷹三茄子とは、駿河名物とか。
秋高し鷹を放せし家康像 幸尖
秋天や家康公の像高し 芳子
秋の日を大きく呑める濠の鯉 百合子
秋日濃しピアス揺れゐる女旅 美名代
エピソード二 邂逅
吟行を終え、駅中の和食店で昼食。まぐろの刺身が美味しい。奥の席で老婦人が一人で食事をしており、あまり騒いではいけないなと思っていたが、富江さんが話しかけてみると浜松の升本正枝さんという方だった。電車で来たという。これもご縁だからと私たち一人ひとりに手作りの耳かきや孫の手、ジャムなどを下さった。背中がかゆくても手が届かない私は迷わず孫の手をいただいた。市販されているものより小ぶりで弾力があり、丁寧にペーパーがかけてあってささくれもない。何より二段階の曲げと撓み具合が絶妙である。いつも重宝している。この紙面をお借りしてお礼を申し上げます。ありがとうございました。
エピソード三 親睦
会場入りして受付、出句、式典、総会のあと、いよいよ懇親会。旧知の方との再会を喜び、名札を見ながらああこの方が白魚火誌で拝見するあの作家さんかと胸に刻む。白岩主宰はいつも気さくで温かい。就中、檜垣扁理氏に会えたことは嬉しかった。平成十年のころから会ってみたいと思っていた方である。長年の思いが叶い、酒も入って親しくお話させていただいた。男惚れとはこういうことか。余興では白魚火各地の息の合った出し物や、郷愁を誘うハーモニカの名演奏、声楽家のようなすばらしいのどを披露される方もいて改めて白魚火の深みというものを感じた。
さて、二日目はいよいよ大会の山場、披講である。どんな句に出会えるのか、自分の句は読み上げられるだろうかと、わくわくしながら会場へ向かった。
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