最終更新日(updated) 2012.01.20
平成23年 岡山全国大会
期間:平成23年9月10-13日
   於:岡山
  岡山大会参加記  
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全国大会記         (旭 川)小林布佐子
岡山に乾杯!        (唐 津)谷山 瑞枝
吉備路吟行           (出 雲)牧野 邦子
岡山後楽園吟行       (名張市)檜林 弘一
鷲羽山             (鹿 沼)田原 桂子
後楽園と倉敷そして大会  (群 馬)福嶋ふさ子
初めてづくしの全国大会  (函 館)西川 玲子
岡山吟行記          (松 江)竹元 抽彩
大会舞台裏寸描        (栃 木)柴山 要作
   平成24年1月号へ


全国大会記
(旭川)小林布佐子
  九月十~十三日(三泊四日)、実桜会員・旭川白魚火会員合わせて十名で岡山大会へ行ってきました。

 十日。午前十一時、新千歳空港に集合し爽やかに旅立ちました。岡山空港から倉敷へ直行し、荷物を置いたらさっそく吟行です。倉敷川沿いの柳並木や萩の花、蔵屋敷、町家、みやげ屋、だんご屋等々どこも風情満点。きびだんごの試食、地酒の試飲をはさみながら楽しく句材を拾いました。
  夜はホテルで食事。向こうは残暑が厳しかったので、生ビールの美味しかったこと!そしてほろ酔い気分のまま五句の句会となりました。

  なまこ壁続く川筋萩の花          美木子
  地酒屋の大甕に落つつくつくし       紀  子
  天領のひやさい通り小判草         琴  美
  石蔵の大正硝子秋の鯉           敬  子
  夕さりてつくつくほうし息合はす       津矢子

 十一日。早朝からまた倉敷を散策。阿智神社には長寿を願う八十八の石段や能舞台、芭蕉堂などがありました。柳のそよぐ川べりには舟巡りの客を待つ船頭さんの粋な姿。武家屋敷では観光ボランティアさんが何でも教えてくれます。有名な「大原美術館」へも入りましたが、棟方志功のエネルギッシュな世界が印象的でした。
  通りがかりに見つけた感じのいいお店で、昼食と三句の句会。

  秋暁やうんうん登る長寿坂        野歩女
  水澄めり船縁洗ひ客を待つ       休  光
  志功絵文字の一字さかさま秋うらら   タカ女
  武家屋敷一の間二の間螻蛄鳴けり   数 方
  ゆるやかな水の倉敷秋簾        布佐子

 午後は岡山へ向かい、いよいよ大会会場のホテルに入りました。百五十八名の参加で、あちこちで再会を喜ぶ挨拶が交わされました。さっそく倉敷でひねり出した三句を投句箱に入れて、白魚火総会へ。夜は懇親会があって大会第一日目は終りました。

 十二日。午前中、参加者はみな自由吟行です。私達十名は後楽園と岡山城を見に行きました。手入れの行き届いた素晴らしい日本庭園を抜けて、壁の黒さから「烏城」と呼ばれる岡山城へ。そしてその城郭の芝生の中で青空句会です。三句。「句会はどこででも出来るねえ」と子どものようにはしゃいで…。うふふ。

  碑をみなで読み上げ天高し      琴  美
  城暑し飾太刀てふ長きもの      休  光
  美しき流れにかがむ秋日傘      タカ女
  鬼やんま地に描く城の平面図    数  方
  爽やかや苑丁立つる箒の目     野歩女
 
  会場のホテルに戻ると、あとは写真撮影、投句、式典、披講選評、懇親会と続きました。
  懇親会での北海道組の出し物は、毎年注目の的。今年も紀子さんの才能におんぶにだっこ。タカ女先生お手製のアイヌ民族衣装を全員が身に纏い、都はるみの「好きになった人」の曲に合わせて踊りました。ひらひらと、そして時にはこぶしを利かせた振り付けで…。会場からは手拍子と爆笑と拍手喝采をいただきました。あー、楽しい!大会は笑顔、笑顔のお祭りです。
  その後、興奮冷めやらぬ私達は十人揃ってホテルの一室で二次会。これがまた琴美さんのおかげで大盛り上がり!健康的な笑いの余韻はいつまでも続きました。

 十三日。二回目の披講選評のあと、万歳三唱をもってお開き。来年は栃木で会いましょうと約束して別れました。涼しい北海道へ無事到着して、俳句三昧の浮世離れの旅は心地良い疲れとともに終りました。
  今回特選に選ばれた句を紹介して、大会記を閉じます。

 九月十一日(第一日目)
渥美絹代・今井星女・鈴木三都夫特選
  奉納の初穂ひと束能舞台布佐子
  九月十二日(第二日目)
仁尾正文特選
  丸の内二丁目烏城径さやか       敬  子
加茂都紀女・浅野数方特選
  名ばかりの秋や烏城の天守閣     美木子
白岩敏秀・小浜史都女特選
  竹の春木洩れ日に香のありにけり    布佐子
坂下昇子特選
  満月に金鯱躍る烏城かな         紀  子
梶川裕子特選
  竹箒休ませ秋の水を打つ        津矢子
清水和子特選
  百日紅七不思議ある烏城かな     敬  子
武永江邨特選
  あたらしき空のありけり秋燕       布佐子
福村ミサ子特選
  さはやかにひつくり返るオムレット   布佐子



岡山に乾杯!
(唐津)谷山 瑞枝
 佐賀ひひな会五名は大会前日に出発。岡山行きの新幹線のぞみに乗車直後、早速大会の盛況と健吟を祈願し第一回目の乾杯をする。車内で句会をする間もなく到着。岡山駅前の地下街で腹ごしらえママカリや倉敷ばら寿司に、倉敷黒ビール。前泊のワシントンホテルに荷物を預け、JRで倉敷へ。大原美術館本館から東洋館まで美術、芸術品を見る。圧巻ではあるがなかなか句には結び付かなかった。倉敷川沿いの美観地区を日陰を求めながら散策。蔵屋敷を活用したちょっとうす暗いレトロなカフェできび団子にビールで涼しさを味わう。
  土産品屋を梯子して夕暮れの岡山駅へ戻り、裏通りの居酒屋で夕食とともに乾杯。生野菜攻めに少々げんなり。ホテルで小句会後本日の締めの乾杯。
  大会当日は吉備津神社へ、参道で俳人発見。後ろ姿で分かるものですねぇ。廻廊は行きはよいよい……でした。岡山駅ビルの韓国料理で昼食乾杯。その後岡山城へ、大名駕籠に乗ってみた。閉所恐怖症には大変な乗り物だと実感。懇親会では同席の静岡の方々と楽しく乾杯。終了後、月に誘われて居酒屋へ。
  大会二日目は後楽園へ、鶴舎では鶴の一声ではなく多声を間近で聞く。あまりの暑さに悲鳴を上げていたのかも。松手入れのイケメンの庭師さんと言葉を交わしながら、あまりの暑さに園内散策を断念、またの機会にしよう。
  代表選の合間に、みち女さん、皐月さんと駅の地下街を散策、ハロウィンの小物を見つけたりスイーツも味わう。懇親会は昨夜よりちょっと控えて、乾杯。終了後駅前にて、満月をしばし見ていた。ホテルに戻り皆で乾杯。 
  大会三日目、代表選の時間に、市内バスで夢二美術館を訪ねる。開館時刻より早く着いたが係の方の親切で涼むことができた。
  大会では特選には縁がなかったが、大会を満喫した。お土産を両手に買い込み、新幹線待合所のレストランで乾杯。車内でもマスカット大福で締めの乾杯。
  岡山は食べ物がおいしく美しい町だった。回り残した後楽園や児島、鷲羽山や備前焼など春ごろにまた行きたいと思っている。本大会は最初から最後まで本当に楽しい旅だった。お世話になりました。岡山にカンパーイ。


吉備路吟行
(出雲)牧野 邦子
 今年の白魚火全国大会の会場岡山市へは、島根からは貸し切りバスでの参加となりました。近県での開催という事で、松江での全国大会以来はじめて、私も参加させて頂きました。
  大会当日の九月十一日、副主宰の安食先生を筆頭に平田近辺の十三名のグループと福村ミサ子先生をはじめ十七名の出雲、松江グループで各一台ずつ、バス二台が途中で合流しての行程です。
  私達の平田グループは朝七時に出発。早朝の宍道湖から沸き上がった濃霧に包まれる松江を過ぎて行く。松江の街並みどころか道路のすぐ傍にあるべき湖面も見分けられない程の白い闇の中を進んで行き、ようやく湖から離れるとまさに快晴。「晴れの国」の異称のある岡山のこの上もない程の青空のもとの吉備路に入りました。
  先ず備中国分寺附近そして吉備津神社での吟行を経て昼過ぎには大会々場のホテルグランヴィア岡山に到着というスケジュールです。
  今まで私自身は岡山とはほとんど御縁がなく、今回の吟行の地も勿論はじめて訪れる場所です。天平の代も斯くやと思わせる田園風景の中、すっきりと晴れた青空に重厚な五重塔が黒々と聳え立つ吉備国分寺や、松林の中に鎮もるこうもり森塚古墳に重ねられて来た歳月に思いを馳せ、また、備中一の宮の吉備津神社では大きな切り石を積み上げた急勾配の石段の上に建つ国宝の赤い社殿の存在感に威圧されました。
  ここではまた、鳴釜神事で有名なお釜殿で丁度神事が執り行われており、降ろされた几帳の奥で竈が焚かれておりました。連子窓から流れ出る白い煙に風情があり、なんとか一句にと大分思案したのですが、得心のいく所までは到らず、保留として次の句材へ。島根グループの大ベテランの方々は悠然と吟行を楽しんでおられる様子です。
  二日目も雲一つない晴天。句会準備の役員の方々以外の有志で数台のタクシーに分乗し名園後楽園へ吟行。細部まで手入れの行き届いた園内を廻る者あり、茶店で憩う人あり、それぞれ思い思いの散策をする中、原和子さんと二人で後楽園を後にし岡山城の方へ。三層六階の天守閣が見えていたのですが登るのは大変そうで躊躇していたところに、竹元抽彩さんが下りて来られ、「エレベーターで上れるから行ってごらんなさい」とのこと。それならばと意を決して登った天守閣最上階から目近に見えた鯱瓦のまん丸の目玉がとても印象的でした。
  降りてから改めて見上げる天守閣は快晴の日射しにしゃちほこが金色に輝き黒い下見板とのコントラストは随分と華やかな雰囲気でこれは安土城を模したものとの説明に納得いたしました。
  この時の句が、全く思いもかけず、二日目の主宰の特選に採って頂けたことは、この上もない光栄であり一生のうちの一大事となる出来事でありました。感激のあまり、その後は全く夢の中にいるかのようで、大会終了後も信じられない思いで一杯でした。
  帰途のバスはまばゆい大夕焼の中を進み、平田が近付く頃には神奈備の野の果てに、まさに沈まんとする真紅の大落暉、翻って東方宍道湖の上空には十六夜の月が昇っておりました。


岡山後楽園吟行
(名張市)檜林 弘一
  今年も楽しみにしていた全国俳句大会参加の機会を得た。現役サラリーマンにとっては、週のしょっぱなの月曜、火曜と休暇を取るのは結構なリスクがあるものだが、毎年なんとかマネージして参加してしまう。参加するんだという意欲がポイントで、その気になれば案外折り合いはついてしまうものである。
  今年は九月になって残暑がぶり返してしまい、吟行には少々ハードな大会となった。ふだん一人吟行ばかりしているのもいいが、全国から集まった先生方、先輩方と吟行するのは、いつもと違う気合の入った吟行モードになり、大変有意義な勉強の場にさせていただいている。大会初日は、鈴木三都夫先生、静岡白魚火会の皆様と同行させていただき、岡山後楽園に吟行、二日目は浜松の女流先輩諸氏と倉敷の保存街地区をまわった。初日の後楽園では、「秋暑し」はひしひしと実感するのだが、適当な秋の季題が見当たらない。園内、城をひとまわりしてから、茶店にて先生とかき氷を食しながら、焦る頭をクールダウンしてみるが、効果はない。秋暑し・・・の類の句を二、三書留め、少々あきらめムードで園出口付近のなにがし屋敷を覗き、水路の飛石を渡りながら、回遊路へ出たところで、精悍なヘアスタイルの白岩敏秀先生と出会った。先生にご挨拶をしているうちに、おぼろげながら一句が浮んできた。白岩先生、選もいただき誠にありがとうございました。
  入会させていただいてから、はや丸五年が経過したが、全国大会で結社の状況報告等を聞かせていただくと、五年後、十年後の白魚火はどうなっているのだろうか?などと思案する。白魚火のさらなる活性化に、なんらかのお役に立てればと思うが、まずは会員増、句会の発足など、小さなところから始めてみようかと考える。また、インターネットなど、距離・時間を縮める手段もあるので、全国の同世代の方同士の絆を深めるような交流の試みもあってもよいかとも思う。


鷲羽山
(鹿沼)田原 桂子
 岡山県に来て海を見ないのはもったいないと思った。倉敷から鷲羽山へバスが出ている。漁村を抜け、たこつぼの積んである漁港を横目で見、山を登ったらバスの終点である。
  広い駐車場には、若い人と車がいっぱい。これ以上先は車が入れない。この駐車場でも海の風と風景は楽しめる。強い日射に耐える覚悟をきめて、私は荷物をかつぎ直して坂道を登りはじめた。下りて来た人は数人。大丈夫かしら  と少し心配になった。ギラギラの日射。蝉の声。松葉の香。そして目の前にひらけてきた光景  瀬戸内海、瀬戸大橋、その上を行き交う自動車、たくさんの島々、四国の山々まではっきり見える。「晴天ならばすばらしい見晴し」と本にあったけど、正にその通り。松の木の陰のベンチにすわってしばらく海を見ていた。海も空もこの上なく青い。こんなに四国が近いなんて、ここは本当に海なんだろうかと言いたいほど。
  散歩途中らしい土地の小父さんとお話した。マストの高い大きな船は橋桁の高い沖の方で橋をくぐっていく話。対岸に見える形の良い山は讃岐富士、こっちに見える平らな丘は屋島  などと教えて下さった。
  思いきってビジターセンターまで登ってみた。「おみやげにあの島を」なんて内容の小唄が石に刻まれていた。おみやげにしたいほどかわいい島々である。「ああ、海を見た。」という気分になった。
  鷲羽山からの帰途、児島駅のホームで松山行、高松行の特急列車に出会った。あの橋を渡っていくのだと一寸感動さえした。


後楽園と倉敷そして大会
(群馬)福嶋ふさ子
 九月十一日、早朝中之条駅に集まる。
  切符や行程表は、すでに篠原庄治さん、関口都亦絵さん、町田宏さんが準備し、大船に乗ったつもりで出発。高崎からは、新幹線にのり十二時にホテルに到着。直ちに、手荷物をロビーに預け、タクシーで後楽園へと向かった。
  水戸の偕楽園、金沢の兼六園とともに、日本三名園の一つに数えられる岡山後楽園は、岡山藩主池田綱政公の命により造られた、回遊式の大名庭園である。
  まだ暑さの残る四万坪の園内は、真っ青な芝生と、旭川の水を引き入れた全長六四〇メートルの曲水との見事さに、すっと汗の引く思いがした。
  ここで、初参加一名を含む十一名で、秋天にそびえる岡山城をバックに、記念写真を撮り、思いおもいの吟行に。
  延養亭より、道しるべに添って、花葉の池へ。大名蓮は大きな実をつけていた。歴代藩主と招待者が休息をとった廉池軒では、お月見のすすきと竜胆が活けられており、趣も一入であった。東下りにちなんだという八橋を渡り、流店へ。この四阿は、中央に水路を通し、中に美しい色の石を配した、藩主の庭廻りの休憩所であった所。水に足を浸け、しばし殿様気分を味わう。
  夕日に映える岡山城を仰ぎながら、園をあとに、鶴見橋より会場へと向かった。
  受付、出句を済ませ、十六時三十分より、総会に出席、再会をよろこび合いました。
  総会の議事に入る前、三月十一日の東日本大震災の被災者に、全員で黙祷を捧げ、会場内には、募金箱も置かれ募金を募った。
  総会終了後、地元特産のあまーい葡萄を頬張ったり、吉備団子や、焼物を見て廻った。留守居の夫に、少し気張って備前のぐい呑を購入し、ひと安心。
  前夜祭では、島根の先生方と一緒にテーブルを囲み、楽しいひとときを過した。
  大会二日目、天野幸尖さんの先導で、倉敷を吟行することになり午前八時ホテルを出発。
  江戸時代に幕府の天領として栄えた倉敷は、物資の運搬に利用された倉敷川の美しい流れと、川沿いに植えられた柳が、朝日に光り輝き一行を迎えてくれた。美観地区では、蔵屋敷を活用した美術館、資料館、旅館、飲食店、土産物店などが軒を連ね、中でも倉敷最古の倉敷格子や厨子二階建ては圧巻でした。
  路地を散策し終えると、誰彼となく、一服しようの声にみな賛同。木のぬくもりを醸す抹茶処へ。暖簾をくぐると釣瓶井戸の上にガラスの蓋をのせ、座卓とした畧式の立礼席となっていた。それぞれ異なる備前の器に点てられた抹茶と、上品な甘さの和菓子に気持がやわらいだ。
  短時間の倉敷日和を堪能し、ホテルへ戻り、全体の写真撮影に加わった。
  十四時からの式典では、各賞の受賞者に、仁尾主宰より表彰状と記念品が授与され、惜しみない拍手を送りました。
  懇親会では各地の趣向を凝らした歌や踊りが、次つぎ披露され、最後にひとり残らず立って踊って一つの大きな輪で結ばれました。終りに、行事部、役員の御尽力に感謝致します。


初めてづくしの全国大会
(函館)西川 玲子
  全国大会参加は、今回が二回目です。一回目は一昨年、地元函館での大会でしたので、“旅”をしての参加は、初めての事になりました。
  参加を決めたものの、気持ちは揺れていました。家を留守にするという事を、なかなか決心出来ずにいたのです。夫は仕事で不在、子ども一人置いての旅行には、躊躇いがありました。しかし、今年高校生になった娘の「行って来たら!!」の言葉に背中を押され、又、友人知人の協力もあり、参加を決めました。娘と四日も離れて過した事も、初めての事でした。
  今回、函館からの参加は、今井星女先生、内山実知世さん、そして私の三名。日程調整からチケットの手配等全て、内山さんがして下さり、私は“参加”するだけでした。二日間の全国大会、三泊四日の旅は、娘の事を気にしながらも、忙しすぎる日常の暮しから、少し離れられる機会にもなりました。
  全国大会ではもう一つ心配な事があり、それは、吟行も初めてという事です。句会には参加して来ましたが、吟行はいつも都合を合せられず、参加した事がなく、二日間の大会できちんと出句出来るのか、という事もとても不安でした。
  そんな不安を胸に、九月十日函館を出発。
羽田で乗り換え、岡山に着くと素敵な青空と“暑さ”が私達を迎えてくれました。さっそく岡山城・後楽園へと向かい、翌十一日には倉敷・大原美術館へ。十二日には吉備津神社へと足を延ばしました。全日程、良すぎる程の天候の中、歴史や自然を充分感じる事が出来ました。初めは吟行ではなく、ただ観光している様な私に、星女先生と内山さんが、お城や神社そして歴史の事、草木や鳥の事等々、色々話して下さり、徐々に“吟行”らしくなったのではと思っています。同じ建物を見て、同じ場所で同じ風景の中にいて、音や光そして風などを同じ様に感じているはずなのに、作品は随分と違っています。
  今回、吟行地を巡りそれぞれの歴史や美しさは元より、そこに関ったであろう人々の事に思いを馳せました。特に大原美術館では、音声ガイドを利用した事もあり、その作品だけではなく、その時代背景や、作者の生活ぶりも知る事が出来ました。そして、その作品を集めた児島虎次郎と、虎次郎を支えた人々の事もよく解りました。また、倉敷の町中にあった田んぼは、北海道の田んぼとは大違いなのにも、驚かされました。
  初めてづくしの旅は、機上から富士山を眺め函館へと向かい終りました。これからも、見たまま、感じたままを大切に俳句を学び続けたいと思っています。
  最後になりましたが、今回の岡山大会を成功させて下さいました、行事部や関係者の皆様に、心から御礼を申し上げます。


岡山吟行記
(松江)竹元 抽彩
  一、はじめに
  白魚火全国俳句岡山大会の参加記を私の持ち帰った句帳を通して書いて見た。今回の大会参加の私の目的の一つは、吟行句を通して自分なりの思い出の一齣を持って帰ることであり、先ず多作に徹して随分多くの句を句帳に貰って帰った(約六十句)。拙句であっても私の思い出に残れば、それが成果である。私の行動を順次拙文の中に一部俳句を羅列した。私の未熟さを曝けるものであるが、ご容赦願いたい。

 二、一日目(九月十一日(日))
  午前七時二十分、松江駅で出雲駅発の貸切マイクロバス二号車に乗車。鳥雲同人福村ミサ子、上川みゆき、梶川裕子。十月一日付で鳥雲同人に推薦される森山暢子、西村松子以下十八名は、一号車と合流する蒜山SAまで直走った。
   中海に初鴨を見る車窓かな
   秋涼の大山自己主張して聳ゆ
  午前九時三十分到着。そこで編集長(副主宰)安食彰彦、曙同人山根仙花、鳥雲同人武永江邨、三島珠絵以下十四名の一号車と合流。トイレ休憩の後、昼食の弁当、お茶を受け取って一路岡山路へ。
  午前十時過ぎから午後一時まで、備中国分寺、五重塔、こうもり塚古墳、吉備津神社を吟行しながらバス車内で随時昼食。晴天の秋暑の中、足もて作る吟行はつくづく年齢を意識させられた。日傘は必需品、他県の句友を見掛けて声を掛けたら同情的な笑みが返って来た。
   声掛けて笑顔の返る秋日傘
  国分寺、五重塔等国の重要文化財を吟。
   五重塔彫刻古りし葛の花
   色変へぬ松の大樹や国分寺 
  こうもり塚は全国最大級の古墳で、全長百米もある前方後円墳。強大な勢力があったことを示す。
   古へののこうもり塚や稲熟るる
   秋の昼墳に巨石の室暗き
  吉備津神社は日本の神社建築でも屈指のもので美しい朱塗りである。龍の口から清水の落ちる御手洗で清め、法師蝉の鳴く随神門を仰ぎ磴を登る。備中一の宮と言われ吉備国総鎮守にふさわしい風格で、破風と千木の先端が金色の金具で光る。吉備津造りと言う。
   天高し聳ゆる備中一の宮
   秋日燦破風金ぴかの吉備津宮
  境内には鳴釜殿や長い回廊があり、又虚子の句碑があると聞いていたが判らず仕舞いであった。
   虚子の句碑探しあぐねる式部の実

 午前二時全国大会の会場となる岡山駅前の「ホテル、グランヴィア岡山」に到着。
  受付ロビーで、顔見知りの役員の皆様が笑顔と労いの言葉で暖かく迎えてくれた。
   爽やかに笑顔笑顔のロビーかな
  私は東京大会から連続七回目の参加で親しい句友も多いが、皆若く見えた。再会に嬉しくなって笑顔を振り撒いて大忙し。
  三句を出句して総会の会場へ。主宰仁尾正文先生、同人会長鈴木三都夫先生他選者席の先生方に御挨拶申し上げた。
   正文も三都夫も笑顔秋の宿
  私は総会のカメラマン、終えて前夜祭の司会補助の任務に着いたが、無事参加を果された句友の皆様には同慶の到りである。
   同慶や先づは乾杯秋灯下
  前夜祭は曙同人山根仙花先生のユーモア溢れる御挨拶と発声により和やかに、盛会の中にも定刻に終了。待宵に誘われて気の合った者同志カラオケ店で夜長を過し一日目を終了した。
   待宵の月と道連れホテルまで

 三、二日目(九月十二日(月))
  ホテル十一階の九号室で武永江邨先生と同室。朝食を済ませて部屋に帰り、窓から岡山駅ホームの新幹線の発着を見下ろして寛いだ。午前九時前、二台のタクシーに分乗、九人グループで日本三名園の一つ後楽園を吟行した。 
  岡山藩池田家二代目藩主池田綱政公により完成した大名庭園で、十三万六千平方米と敷地は広大である。大きな池の周囲に通路を巡らし、園内を回遊しながら鑑賞できる様に造った庭園で芝生の中を随分歩いた。
  足元から無音で「道をしへ」、音を立てて「キチキチ」が元気良く飛び立った。
   道をしへ後楽園は些と広し
  夏の季題でこの句は持ち帰り作品となった。南方遥か岡山城を望み、二尺の緋鯉三百匹が餌を求めて集まって来る「沢の池」、城を展望する「腰掛茶屋」は絶景である。
   秋水や彩る鯉の三百匹
   秋日濃し我が影連れて蔭に入る
  木蔭の道を辿りながら烏城に着いた。随分歩いて足が痛くなった。
   腋濡らし背中を濡らす秋暑の歩
  岡山城の天守閣を正面から見上げながら、本丸の木蔭に座って、汗の引くまでの三十分間を心ゆくまで城を仰いだ。天守閣に金ピカに輝やく鯱を置いて黒々と聳えるこの城は(金烏城とも呼ばれる。)周囲を威圧睥睨する。想像以上の迫力だ。
   秋光や鯱の眩しき金烏城
   烏城の威宥めて秋の雲一刷毛
  秋の雲は三十分の間にも色々と変化を見せる。雲の塊、浮き雲、刷毛雲、透き通った青空と城の顔を変えてゆく。その中で刷毛雲が一番優しいと思った。
  午前十一時吟行を終えてタクシーでホテルに帰ったが大変疲れた。
  すぐ記念撮影、昼食を済ませ午後二時からの式典まで部屋に帰り、午後一時半出句〆切の出句作品三句を選んだ。その中の一句は倉敷の作句を試みた。倉敷は大会終了後の明日午後から吟行する予定となっているが、それでは出品出来ない。過去何度か訪れているので様子は判る。パンフレットの写真を見ながら記憶を辿って作って見た。
   蔵映す川面掠めて秋燕
  燕が飛ぶのは人の少ない早朝の風景だ。頭の中で秋燕に執着しながら不覚にも眠って仕舞った。投句時間に遅れたことお詫び申し上げる。
  式典のカメラマン、懇親会の司会補助の任務は多忙であった。今夜は十五夜。
   名月をトイレ途中に宴たけなは
  宴会は大盛会のうちに時間通り午後九時三十分に終了。私は任務を完了したが、大盛会で良かった。一人外出、焼鳥でビールを飲み、歩いてラーメン屋に入り腹拵えをして二日目を終了した。
   酒宴果て満月担ぎラーメン屋

 四、三日目(九月十三日(火))
  朝食は昨日と全く同じメニューで食欲なし。早々にチェックアウトして荷物を持って句会場へ移動。午前十時から代表選。主宰仁尾先生の講評。来年の開催地は日光大会と発表され、万歳三唱で百五十七名が参加した岡山大会は終了したがその模様は他の参加記に譲る。
  午後一時、大会参加の人々に別れを告げてマイクロバス二台で倉敷に直行して、大原美術館前で記念撮影した後、蔵並を吟行した。
   秋水や映ゆる蔵並み海鼠壁
   備前焼売る蔵町や窓の秋
   秋暑かなソレイユ容赦くれないか
  ソレイユは太陽光線のこと。雨台風十二号一過、大会は三日間晴天に恵まれたが、その分秋暑は厳しかった。昨日の気温は三五度と新聞を見て納得した。
  午後三時三十分まで句を貰い、土産を買って時間を過した。

 五、終りに
  出発時と同じく蒜山SAで食事、土産休憩を取った後、一号車、二号車はそれぞれ別れて帰路についた。
  大会役員として先発前泊の編集部の久家希世、荒木千都江の両名は帰り一号車に同乗した。「ご苦労様」とお礼を申し上げる。
  今回の大会は個人的には秋暑の思いを持ち帰ったが、句帳の作品についてはいずれ良い季題を入れて私の作品として残したいと思う。それにして今大会は、一人の病気、怪我もなく大盛会に終了したことは同慶の到りである。来年の日光大会にも参加出来る様に一年元気で頑張りたいと思う。
  車中を含めて三日間を和やかに行動を共にした島根白魚火の句友の皆様、そして大会大成功の舞台裏を支えて頂いた行事部及び役員スタッフの皆様に深く厚く感謝お礼を申し上げる。 
   十六夜の迎ふる松江帰着かな     抽 彩



大会舞台裏寸描
(栃木)柴山 要作
 岡山大会が無事終りほっとしていたところへ、編集部より連絡がありましたので、行事部の一員として感じたことを記してみます。
  今年度は岡山駅に直結した至便なホテルを会場としましたが、費用の面での事前の交渉に殊の外苦労しました。大きなホテルほど室料がびっくりするほど高く、青木華都子副主宰(行事部長)が中心になり大会二週間前までその折衝を続行しました。その結果、会場費、宿泊費それぞれについて約六十パーセント、三十パーセントの値引きを引き出し、予算全体の執行のめどが何とか立ちました。
  今年度は誌友の少ないところでの開催であり、大会運営の面でも例年にない苦労がありました。
  受付、句会準備、披講、代返、写真、大会記録、懇親会などの担当者を開催地に近い広島、島根、佐賀、昨年度開催地の浜松、さらには来年度開催地の栃木の皆さん、四十名の方々に分担していただきました。
  このうち句会準備(句稿作成)係は、福田勇、弓場忠義、坂田吉康、富田育子、新屋絹代、清水純子さんたち浜松を中心に、広島、島根、栃木の皆さんがその任にあたり、コピー機担当の螺良由美子さん(栃木)、選句室担当の久家希世さん、荒木千都江さん(島根)との連携のもとに三日間、文字通り大奮闘されました。句稿作成はまさに時間との戦いであり、作業中の部屋に入ると熱気でむんむんとしており、声を掛けるのも憚られる感じがしました。最終段階で特選句、入選句についての氏名確認の作業を、披講・代返係との間でしなければならず、この時は殺気立つ程でした。
  二回目の句稿作成に先立って福田勇さんから選句の時間を繰り上げ、準備時間を確保して欲しいとの日程変更の申し入れが強力にあり、対応に苦慮する状況もありました。
  披講、代返については昨年度の経験を踏まえ、浜松の阿部芙美子・村上尚子・大村泰子・佐藤升子・林浩世の皆さんにお願いし、美しく、はきはきした声で、たいへんスムーズに進行していただきました。
  また、受付係では源伸枝さんを中心とする広島、島根、栃木の皆さん、懇親会係では島根の竹元抽彩さんや栃木の皆さん、写真係では広島の中村義一さん、大会記録係では出口廣志さんに大変なお骨折りをいただきました。
  係になられた方の中には、大会中吟行に出かけられなかった方も多かったと思いますが、披講の折皆さん何回もお名前を読み上げられており、さすがだなと思うと同時に係をお願いした立場として安堵しました。係になられた皆さん、本当にお疲れ様でした。改めて心より御礼申し上げます。
  仁尾正文主宰のご意向も踏まえ、皆さんのご賛同の下、東日本大震災の犠牲者に対する黙祷と義援金の募金を行いました。義援金は六万五千九百八十八円が集まり、大会終了の翌日(九月十三日)日本赤十字社の口座に振り込みました。皆さんのご理解とご協力に重ねて感謝申し上げます。
  来年度は十年ぶりの日光での大会です。平成二十四年十一月四日(日)、五日(月)の両日、「日光千姫物語」において開催されます。一泊二日になるため、句会の持ち方等について工夫し、充実した大会にしなければと考えています。鶴見一石子栃木白魚火会長の挨拶にあったとおり、世界遺産の地での開催であり、紅葉の一番見頃な時期でもありますので皆さん奮ってご参加いただきたいと思います。栃木白魚火挙げて皆さんのご来県をお待ちしています。

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