最終更新日(Update)'07.07.26

白魚火 平成17年3月号 抜粋

(通巻第624号)
H18.12月号へ
H19.1月号へ
H19.2月号へ
H19.3月号へ
H19.4月号へ
H19.5月号へ
H19.6月号へ
H19.7月号へ

    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
・しらをびのうた  栗林こうじ とびら
・季節の一句    二宮てつ郎
「尾の縺れ」(主宰近詠  仁尾正文   
鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
大村泰子、須藤靖子ほか    
14
白光秀句    白岩敏秀 41
・白魚火作品月評    鶴見一石子  43
・現代俳句を読む    村上尚子 46
百花寸評       今井星女  48
・こみち(野鳥の会)     奥野津矢子 51
・「俳壇」八月号転載 52
・鳥雲同人特別作品 54
・俳誌拝見(門)    森山暢子 51
句会報   「松江白魚火 古志原鳥雲句会」 52
・「中日新聞」「草笛」転載 59
・「青山」[みちのく」転載 60
・今月読んだ本     中山雅史 61
・今月読んだ本       林 浩世      62
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
      吉岡房代、清水和子 ほか
63
白魚火秀句 仁尾正文 113
・窓・編集手帳・余滴       


鳥雲集
〔無鑑査同人 作品〕   
一部のみ。 順次掲載  

  路 地    安食彰彦

忠霊碑背に青梅を侍らせて
小判草今は昔の登校路
鹿網を張り春耕の老二人
ジキタリス咲かせ休業理髪店
浴衣干す屋根は石見の赤瓦
竹箸をもて骨拾ふ百合の花
路地奥に風蘭の香を拾ひけり
揚羽蝶いつしか路地に見失ふ
   
  匂 ひ 袋  青木華都子

会釈され会釈を返す青田径
鎌を研ぐ三時休みの草刈婦
森林浴匂ひ袋をポケットに
目の馴れてきし神杉の木下闇
農道も簡易舗装や麦の秋
夏炉焚く土間でいただく三分粥
言ひ訳は聞かぬ振りしてソーダ水
雲飛んでとんで迅雷去りにけり

 余 り 苗  白岩敏秀

新刊書開く立夏の一ページ
矢車の光りを得つつ止まりけり
柿若葉まだ生きてゐる釣瓶井戸
野鳩鳴くたそがれどきの麦の秋
花桐や大工一気に鉋引く
代掻きの休めば田水休みけり
足跡は女の歩巾植田澄む
余り苗真昼眠つたやうな村
    
 卯  波  水鳥川弘宇

明日葉を植ゑ秒読みの傘寿かな
代掻きて濁りし田川汐上る
貼紙に「つばめいます」と呉服店
尼様は山野草好き薔薇が好き
新茶飲む「虹の松原守る会」
口コミの宝当神社卯波寄す
霊柩車一笛長し麦の秋
庭先の青梅賞めしよりの仲
    


   下 闇  山根仙花

一匹の虻の過りしのみの庭
小犬抱く少女と目の合ふ葱坊主
手の甲に受け一箸の花菜漬
瞬ける星あたらしき夜の新樹
峡の風飲み尽さんと鯉のぼり
ゆく雲に誘はれ泰山木ひらく
万緑の重さを乗せて池平ら
下闇を抜け下闇の男坂   
  鰹   笠原沢江 

巻き戻し出来ぬ釣糸浦島草
木苺を母が食ぶれば子も倣ふ
未草水面残さず広ごりぬ
まじまじと鰹の捌き見てをりぬ
草刈つて牧の台地にある起伏
うかうかと蟻塚踏んでしまひけり

 山 の 駅  金田野歩女
札幌の空は抜けをるリラの花
柳絮飛ぶ牧をひよこひよこ痩せ狐
母の日や夢ではいつも会ひに行く
掌にまひまひ惑ふ仕草かな
飴色に玉葱炒め主婦たりし
山の駅に待つ間青葉に染まりゐし

 棚田植う 上川みゆき
隠沼を覗きてをりし夏木立
杣径をのぼりつ拾ふ桜の実
火の山の真つ正面の棚田植う
田を植ゑて棚田に風の生まれけり
田廻りの漢に蹤きて糸とんぼ
尺蠖に計られ稿を急ぎけり

 夏 雲 雀  上村 均
柿若葉襞の精しき山連ね
夏雲雀見上ぐる空の深かりき
流雲や緑の中の道の駅
薫風やベンチが駅の縄電車
投げ釣りや海にすとんと夏日落つ
遠嶺まだ暮れかねてをり柿若葉

 おくのほそ道最上 加茂都紀女
鯉幟泳ぐ最上の船乗場
新緑に染まりつつ舟下りけり
夏霧やU字にうねる最上川
田植機に川浴びをさせ洗ひをり
山毛欅若葉これより城下一里塚
宿下駄を鳴らして朝の虹を見に

 憲法記念日  桐谷綾子
憲法記念日ポケットに持つ季寄かな
定家葛白き涼しき風運ぶ
村の名の消えてキャベツの畑つづく
風あらばさざ波のごと花菖蒲
糸造り透き通りたる夏料理
直筆の句碑に触れたる山帽子

  笹 百 合  鈴木 夢
万緑に骨の髄まで染まりけり
外燈の消え初めたる夏つばめ
桑の実を口にして見し三粒ほど
ハンサムな托鉢の僧夏安居
塔頭は森閑として梅たわわ
初採りの笹百合の香に酔ひにけり


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
    白岩敏秀選

     大村泰子

薫風や讃岐は尖る山多く
堂裏に枯供華燃やす薄暑かな
俎板に鍋釜伏せし立夏かな
乾杯は麦酒の泡の消えぬうち
親の目のとどくところに子鴨かな


  須藤靖子

枝を跳ね枝をしならせ鳥の恋
手に馴染む青磁茶碗にある遅日
麦を刈る簸川の風の築地松
ひらひらと帽子のリボン麦の秋
湖北路の茅花流しに暮れゆけり

      


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

   松 江  吉岡房代

麦熟れて吉備のまほらに塔一つ
豪商の蔵の辺に脱ぐ蛇の衣
風待ちの港は昔鱚を干す
釣り人の粒ほどに見え卯浪立つ
菖蒲葺き今も屋号で呼ぶ暮し


  浜 松  清水和子

伊那谷の低きに雲や梨の花
薫風や鳩の子が水飲みに来る
夏霞午報の響く川の岸
更衣ポケット多き夫の服
梅花藻や家まで五歩の橋かかる
   
      


白魚火秀句
仁尾正文
当月英語ページへ


菖蒲葺き今も屋号で呼ぶ暮し 吉岡房代

 日本人の名字で多いのは鈴木氏や佐藤氏、三十名程の集団ともなるとこの二氏は必ず居る。一方旧平田市の唐川という集落は荒木氏ばかりと言っていえる。別所町も松浦氏が圧倒的に多い。従って唐川や別所では家号が必要不可欠である。「鍛冶屋」「左官屋」「宮の下」「宮西」等々。昔の職業や家の位置が連想されて興味深い。そういった家号で呼び合う集落はおしなべて戸数の変動がなく結束が固い。
 菖蒲葺きは軒菖蒲ともいわれ、五月四日菖蒲と蓬を萱で束ねたものを屋根に抛り上げておくと邪気が払われるとされ、私どもが子供の頃は殆どの家で行われていたが、現在は稀に見かける程になってしまった。
 家号で呼び合う集落は、こうした古い伝習を今もきちっと行って、全体が親戚の如く親密、美しい日本の一景である。

梅花藻や家まで五歩の橋かかる 清水和子

 「梅花藻」はどの歳時記にも収録されていない。が、『日本大歳時記』の「藻の花」の解説の中で「沼や湖などに生ずる淡水藻には、松藻、梅花藻、総藻など多数ある」とあり「藻の花」の写真には梅花藻が出ている。キンポウゲ科の水生多年草で、細く分裂した葉に、七月頃花梗を水面上に出し梅の花に似た白色五弁の清楚な小花を開く。正しくは「梅花藻の花」だが「梅花藻」の方が品格がありひびきも美しいので、独立季語として認めた。
 掲句は、五月の末中山道醒ヶ井宿を浜松白魚火会が吟行した折の作品。至る所に地下水が噴湧して川を作っている。川の水温は年中十四度ということで五月には梅花藻がもう咲いていた。この川の向うの家々は一戸に一つ橋を架けてあり、きれいな川水をふんだんに利用していて羨ましかった。

入社式林のやうな男たち 高橋花梗

 この新入社員は、何れも身長一八〇センチ内外、紺のスーツに身を固め姿勢を正して立っている。それはあたかも「風林火山」の「其徐如林(しずかなることはやしのごとし)」である。この「徐なること林の如し」は気力充実した精鋭、「林のやうな」の比喩が佳絶である。

一日で植田となせり二反五畝 篠原庄治

 準備もよく、早朝から取り掛かった田植は、機械のトラブルもなく二反五畝を一日で植え終わった。手植えの時代には、この二反五畝は三人も四人もで三日もかかったのであるが。「一日で植田となせり」が順調な作業の満足を示す。早苗饗はなくなったが一人での手酌酒がさぞうまかったことであろう。

青しぐれ由布岳仰ぐ足湯かな 脇山石菖

 この「青しぐれ」は夏の雨ではない。「青葉のころ木々に降りたまった雨水が木の下を通りかかるとばさりと落ちることを言う。」と山本健吉篇『最新俳句歳時記』に収録されているだけで他のどの歳時記にもない。
 掲句は由布岳の麓で足湯を楽しんでいると、すぐ近くで青しぐれが落ちる音がしたのだ。

青嵐海の匂ひを運びけり 原 和子

 青嵐は青葉の頃に吹くやや強い風。海辺で暮したことのない筆者は青嵐というと神経が山に向いてしまうが、宍道湖畔の平田在住のこの作者は海から吹いてくる青嵐に何の疑念も持たなかった。はっとした筆者は、そのことが清新で清爽に思えた。

ぱつと散りそうつと戻る目高かな 後藤政春

 目高は臆病であるから群れをなしている所へ人の影が映るとぱっと四散する。しばらくして何事もないことが分ると静かに又群れを作る。掲句は「そうつと戻る」が実景を通して用心深い目高の習性も描写していて佳。

父母の自慢も供養桐の花 三岡安子

 「私の甥が東大に入った」とか「私の主人の弟が大会社の社長になった」とか身内の自慢をする人が居るが、余り感じはよくない。東大生や大会社の社長は立派だろうが「私」が立派なわけではない。「私」の売りにはならない。対して掲句。同じ身内であるが亡き父母の自慢ということに魅かれる。それが供養になるというのも諾われる。桐の花が象徴するように穏やかで人々に敬愛された父母であったのにちがいない。

梅雨晴間遅れてピアノ嫁がせり 荻原富江

 娘さんはジューンブライドだったのであろう。西欧ではこの花嫁は幸せになるといわれるが梅雨さ中の日本では式当日が雨だと難渋する。掲句も梅雨の晴間を待ってピアノを新居へ運んだ。「遅れてピアノ嫁がせり」がうまい。少しユーモラスでもある。


    その他触れたかった佳句     
花藻咲く蒼き絨毯川に敷き
籠枕湖にひらけし奥座敷
ハングライダーコンコルドになる五月
団参の廻廊きしむ薄暑かな
せせらぎのここに始まる九輪草
一の的二の的騎射の土煙
白樺は森の貴婦人風すずし
袷着て慰問に今日も気を入るる
アカシヤの花房千の風に揺れ
坪庭の自作自慢の百合の花
阿部芙美子
西村輝子
大石越代
森井章恵
大澤のり子
村上尚子
良知あき子
大野洋子
小渕つね子
財川笑子


百花寸評
                         今井星女
(平成十九年五月号より)  

旅続く甲斐も信濃も草青む 阿部晴江

 今、NHKドラマで『風林火山』が放映されている。戦国時代の甲斐武田信玄がテーマだが、永禄四年、信濃上杉謙信との川中島での五回におよぶ対戦記は有名である。
 ちなみに昨年、白魚火浜松大会の際、遠江国三方ヶ原で徳川家康軍を破ったのは武田軍だと知った。
 掲句、作者は、山梨県から長野県へと旅を続けながら信玄と謙信に思いを馳せたに違いない。芭蕉の「夏草や兵どもが夢の跡」にもあるように、戦にあけくれたあの時代を越えて今の日本があり、その国境は緑の大地になっている。
 さかのぼるが、武田信玄は三方ヶ原の合戦の後、三河国野田城攻囲中に発病、帰国の途中信濃伊那の駒場で死んだ。さて、先日私は北海道南部の松前町に行って、松前城主の系図を見たら、先祖は甲斐武田とあったのでちょっと驚いた。

白木蓮一気に開く空青し 小林昭八

 わが家にも一本の白木蓮がある。どの木よりも一番早く、木蓮は花芽をつける。つんつんと天を指した蕾がふくらんで、純白の花を咲かせる時は何よりも嬉しい。
 初夏の空は青いカンバス、眞白い大きな木蓮の花は気品にあふれ、花の精を連想させる。

白き鳥群れてゐるやう白木蓮 平山陽子

 みごとに大きな花を咲かせた白木蓮。その花が白い鳥のようだと感じた作者の感性に敬服した。

梅二輪咲いて山国風固し 青砥靜代

 きびしい冬も終わる頃、逸早く梅が花をつけた。作者の住む山国では風はまだつめたい。
 でも、梅の花が二輪だけれど咲いたのだ。その発見の嬉しさと感動が読者にも伝わってくる。
 風固しが山国の特徴を表していて佳句。

梢五分下枝二分咲き梅の花 篠原庄治

 よく見ておりますね。なるほど、花は上の方が日当りがよいので、早く花をつけるのでしょう。そして下枝は上枝より少し遅れて花をつけるのでしょうね。五分咲き,二分咲き、と表現して、佳句が生まれた。

囀の眞只中の句碑除幕 橋本快枝

 この度『椿の里、靜峰園』に建立された、鈴木三都夫先生の句碑除幕式に列席された作者。晴天のよき日、野鳥の囀りの中でおごそかに行われた除幕式。眞只中で読者にも除幕式の様子が目に見えるように解ります。まことにおめでとうございました。

寒波来るいつも座右に血圧計 細越登志子

 寒い季節になると、日頃血圧の高い人は要注意とよく云われる。自覚症状がなくても血圧が上がっている場合もあるから、時々計ってみることも必要である。作者は医学に関する仕事についたこともあったので、その点はよくわきまえているらしい。日常生活の中で、血圧計をいつも手の届く位置に置き、必要に応じてすぐ計れるようにしている。よく気のつく、優しい性格が、皆に頼りにもされ、私たちの句会にとってなくてはならない人なのだ。どうぞ健康に注意してがんばって下さい。

行く雁や平人先生見てますか 坂東紀子

 白魚火東京支部の指導者だった湯浅平人さん。先師、西本一都先生の句集『松籟』の中に、昭和五十八年(一九八三)一月、湯浅平人君来賀とあって、「初旅の君高尾越え碓氷越え」が載っている。平人さんは一都先生が最も期待している、愛弟子の一人であった。
 私が東京にお住まいだった平人さんと最後にお逢いしたのは、平成九年(一九九七)十一月四日。この日私は八王子市川上霊園でこの年亡くなった夫の追悼式に参加するために上京したのであった。八王子駅前のホテルのロビーでお目にかかった平人さんは珍しく饒舌で、自分の生い立ち、仕事、家庭のこと、そして若い頃は渡辺順三先生に短歌を習っていたといった。その後、俳句の道へ-。
 そういえば平人さんの句は短歌調で、叙情的で・・・と私は常々思っていたので、納得した。いろいろと話をした最後に「実は今体調がすぐれなくて困っている。ねたきりの母を昼は看病し、夜は妻にまかせて、文章をいろいろ書いている」とおっしゃっていた。
 そして、その一年後、平人さんが急逝されたと聞き、耳を疑った。まだ六十ちょっとの若さだったのにー。
 掲句、行く雁やに胸をしめつけられる思いがした。作者にとってもかけがえのない指導者で、文章に、俳句に、尊敬してやまない平人さんに作者の思いをこめた秀句である。私にとってもずしりと心に迫る一句である。

若鷲の帰らぬ基地に青き踏む 川上一郎

鳥雲に征つて還らぬ人のこと 鮎瀬 汀

 第二次世界大戦中、予科練、少年航空兵のことを『若鷲』とよんでいた。まだ幼な顔を残した十五・六の少年たちだった。
 若鷲なんて何かカッコいい姿に憧れて、志願していった若者も多い。誤った国策と教育に、私たち国民はおどらされた時代だった。
 戦中派の人間であれば、皆少なからず体験してきたことである。
 かろうじて生きのびてきた我々の世代は戦争の悲惨さを決して忘れることはできない。季語の「鳥雲に」と「青き踏む」がずしんと心に堪える。
 余談になるが、私は先日、大澤 豊監督の『日本の青空』という映画を見た。この映画は敗戦後の新しい憲法草案をつくった民間の憲法学者、鈴木安蔵氏等の事実にもとづいた話で、この草案をGHQが評価して現行の憲法が成立したということである。
 更に又、今年の五月六日NHK教育テレビでも「焼け跡から生まれた憲法草案。敗戦後七人の日本人が生みだした憲法草案、国民主権・平和主義・男女平等」というタイトルで放映された。今、憲法改定が是か非かと国民の意見が問われている時期なればこそ、そんなことどうでもよいではすまされないと思うのだ。

  筆者は函館市在住
           

白光秀句
白岩敏秀

薫風や讃岐は尖る山多く 大村泰子

 清々しい旅吟である。旅という非日常にいると見るもの、聞くものが新鮮に感じる。
 作者の四国讃岐に降り立った瞬間の印象が山の尖りであった。山の青葉の勢いが山を尖らせているのである。青葉を吹く風が作者を包むように吹き過ぎていく。
 掲句には視覚と嗅覚が等量に含まれて、印象鮮明。旅にあって作者の五感が全開しているからであろう。旅の愉悦である。
 「乾杯は麦酒の泡の消えぬうち」これは素直に賛成できる。「説教と何とかは短い方がよい」と言われているように「あいさつ」も短いがよい。この句のてきぱきした口調からするとあいさつは短く要領よく終わったようだ。乾杯のあとは楽しいパーティが続いたであろう。

ひらひらと帽子のリボン麦の秋 須藤靖子

 「ひらひらと帽子のリボン」までならさして気に留めないであろうが、「麦の秋」と置かれると俄然精彩を帯びる。季語のもつ強さであり、「俳句は季語の詩」と言われる所以でもあろう。
 田圃道を行く少女は遊びに行くところなのか、お使いの途中なのか。弾む足取りに帽子のリボンが揺れる。童画の世界に迷い込んだような、遠くなつかしい気持ちにさせられる不思議な句である。作者が童心の瑞々しさを失っていない証左。

都わすれ咲けり無口な湯治客 関 隆女

 都わすれが何故咲いたのか、何故湯治客が無口なのかの詮索はしないことにしょう。作者は旅館の女将。大勢の泊客のある旅館には時にはこんな客もいるもの。
 この湯治客は突っ慳貪でも無愛想でもない。
問われたことには答えるが、後は黙りをきめ込んでしまう。話の接ぎ穂を失って、仕方なく庭の都わすれを眺める。
 可憐な花をたくさん咲かせる都わすれと無口な湯治客との対照がおかしい。しかし、無口な湯治客に対する揶揄はない。むしろ、親しみを感じさせる暖かさがある。

更衣みんな明るき顔をして 青木いく代

 「更衣」は『和漢朗詠集』(藤原公任撰 一○一三年頃成立)に夏の題として出ているから、随分と歴史のある季語である。しかし、その仕来りは貴族社会でのこと。民間には近世になってから広まったものらしい。
 冬物から春物へ着替える気持ちも嬉しいが、やはり春から夏への更衣が一番嬉しい。更衣によって気持ちが一気に夏へ傾斜していく。その傾斜の弾みが「みんな明るき顔をして」である。内容に屈託がなく、読後感の爽やかな句である。

虎杖や渡り坑夫の墓一つ 柴山要作

 一所に定住しなかった渡り坑夫。流れ者として一生を終えた坑夫。死によつて初めて定住の地を得たのである。
 虎杖と墓石一つだけの空間。
 眼前即決の気息ある表現が一切の説明を拒んでいる。

更衣話の弾む少女来る 桑名 邦

 飯田龍太の『俳句鑑賞読本』(立風書房)を読んでいたら「訪づれし少女賢き薄暑かな 篠原美津子」の句に出合った。この句の少女は所用があって訪ねて来たのだが、掲句の少女はよく遊びに来てくれるに違いない。
 この少女も賢くて、お互いに話がよく弾み笑いが絶えない。特に、今日は更衣したせいか普段にもましてよく話が弾み、時が経つのも忘れるほどである。
 少女との会話を楽しんでいる作者の笑顔が素敵である。

朴の花炭焼がまの崩れをり 藤元基子

 燃料の変革によって炭焼きを生業にする人が少なくなった。かっては煙を上げていた炭焼がまも放置され崩れるに任せてある。人間の身勝手が生んだ山の荒廃である。
 作者には人間の営みに関係なく、自然の摂理に従って孤高に咲く朴の花が、貴重なものに見えたであろう。

朝顔の苗に早起き約しけり 山本美好

 可愛い句である。勿論、朝顔の苗に早起きを約束しているのは作者のお孫さん。おそらく、夏休みの宿題に朝顔の観察日記を書くのだろう。
 みずから早起きを誓ったお孫さんであるが、なんとなく心許ない。そこで、作者に早起きの助力を頼んだのである。
 一つのことを持続させることは難しいこと。作者に助けられながらも、早起きして一日の空白もなく観察日記が出来上がるのも間近。お孫さんと一緒に喜ぶ顔が見えてくる。

     その他の感銘句
堰切りて水が光となる五月
髪洗ひ明日発つ旅を思ひけり
草刈の鎌の石火も日暮なる
植ゑ終へて早苗に影の生まれけり
襖外す眉のあたりの晴れやかに
溜息を受け止めてなほ赤い薔薇
青嵐波は己を持て余す
石清水小川となりて町流る
碑の文字の彫の深きにかたつむり
袋掛低き枝より始めけり
佐野栄子
川端慧巳
遠坂耕筰
古川松枝
秋穂幸恵
吉村道子
古川志美子
今村 努
竹田環枝
田中いし

禁無断転載