最終更新日(Update)'17.01.01

白魚火 平成28年1月号 抜粋

 
(通巻第737号)
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 1月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    花木 研二 
「地震のあと」 (作品) 白岩 敏秀
曙集鳥雲集(一部掲載)坂本タカ女 ほか
白光集(村上尚子選)(巻頭句のみ掲載)
       
田口   耕 、坂田 吉康  ほか    
白光秀句  村上 尚子
白魚火俳句全国大会(広島)参加記
白魚火集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
     佐藤  勲、後藤 政春 ほか
白魚火秀句 白岩 敏秀


季節の一句

(北 見) 花木 研二   


仏壇に灯のともりたる淑気かな  小浜 史都女
(平成二十八年三月号 曙集より)

 掲句は灯点し頃を灯明を点けこれから仏参りをしようとしている。
 窓の外は薄明りしていて淑気に満ちている。正月とは言え佐賀の空気はすっきりしていて暖かい。北辺北見では考えられない光景であろう。物心付いた頃から隣りの仏間から、父の唱えるお経に目覚め、それが起きろの合図で一日の始りであった。
 冬は大凡毎日。夏は雨の日に限られていたように記憶している。天気の日は畠回をしていたのだろう。家系は門徒宗でお経は、「阿弥陀経」か、「正信偈」であった。
 大晦日は全員。元日は手の空いている者が仏間に集い読経する。流氷接岸も近づく極寒の中寒さに耐え乍らの読経。六十年前を思い出させて頂いた句である。

山眠るくどに一筋罅走り  渥美 絹代
(平成二十八年三月号 曙集より)

 編集部から季節の一句の執筆の依頼があり、さてはと皆さんの御句を拝見している中で右の一句が目に止まり、その中の「くど」に半世紀前の吾家の様子を思い出し取り上げる事にした。
 戦争が終末し職業軍人だった三番目の叔父が還り、出征して二年目の四番目の叔父と、同年の従兄も帰還。当時の混乱した世にすぐの仕事もなく家族総勢十八名の共同経営の始まりだった。早速家屋の増築から始まり、昔からの台所はそのままとなり、手押しポンプがあり流し台があり、その隣りに炊き口二つの竈、即ち「くど」があってそのまま残されたのである。
 屯田兵の妻だった祖母はつましく凡てに贅沢を嫌った。居間にはストーブはあったが、煮炊きはこの「くど」が主役であった。
 死語に近い「くど」を生き返らせた作者に拍手の一句である。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 茸  飯  坂本タカ女
その中ののつぽの烏柄杓かな
欄のぬくみにずらり夕蜻蛉
拾ひたる銀杏耳の痒くなる
カーテンと玻璃のはざまの秋の蜂
縋るものなく草つかむつるもどき
風呂敷に包みてぬくし茸飯
胡桃落ちつくして刃物供養塚
落葉立ちあがることして吹かれけり

 地 蔵 盆  鈴木三都夫
ちまちまと花も終りの浅沙かな
糸とんぼとつて返してゐるばかり
村人も僧も老いたり地蔵盆
地蔵盆一村繋ぐ善の綱
外陣に古りし扁額秋黴雨
簾まだ西日へ残す残暑かな
彼岸花暦違はず咲き揃ふ
草刈女露もて鎌を研ぎにけり

 露  草  山根仙花
秋祭りすみたる宮に詣でけり
塵焼いて更けゆく秋を惜しみけり
ゆく秋の鐘の音鐘を離れけり
賽打ちし音のことりと秋深む
露草の露のこぼるる程の風
露草や裏戸に残る井戸古ぶ
露草の花に雨降る日となりぬ
雲がゆく雲影がゆく枯野かな

 山 眠 る  安食彰彦 
稲刈機一集落の稲を刈る
さはやかに肩書のなき名刺出し
飛石の上にも秋のなだれをり
柿を剥ぐただただ齢重ねけり
あらぬ方見てゐて木莵の鳴いてゐし
恩師逝く嗚呼つひに山眠りけり
竹箸で骨拾ひけり隙間風
葬列がゆく山眠る山めがけ

 秋惜しむ   村上尚子
朝市や露にまみるるもの並べ
ぶら下がるだけの通草を見て楽し
大原の風に迷へる草の絮
鬼の子に見られ山門くぐりけり
音立ててくる山霧に追ひ越され
行く秋の鞍馬の峠越えにけり
水音やどこ歩きても貴船菊
水占のみづを手に受け秋惜しむ

 遺 跡 野  小浜史都女
しろがねの風遺跡野の薄原
蕎麦の風すすきの風も吉野ケ里
遺跡野の風をたひらに蕎麦の花
銅鐸の音澄みきつて野菊晴
聚落に蕎麦と菜畑秋収め
甕棺に炎のあとやそぞろ寒
継ぎはぎの甕棺に秋惜しみけり
環壕の頑丈な柵冬のこゑ
 大願成就  鶴見一石子
孫二人大願成就月満つる
色変へぬ松や侍塚古墳
防空壕は昭和の名残虫のこゑ
機銃掃射うけし板塀桐一葉
手に執りし戦火抜け来し冬帽子
神仏に縋る余生のちやんちやんこ
心の箍弛む晩年冬至くる
歩くことできる幸せ焚火の輪 
 
 立  冬  渡邉春枝
通草の実引きて味見の古墳径
露けしや埋葬品の首飾
立冬の日差しとどまる古墳塚
冬に入る溜池に日のさはさはと
葺石の一つ一つに冬日濃し
冬うらら鶏形埴輪の大き口
行き交ふは古代色なる冬の蝶
石蕗咲くや古墳に隣る小学校

 をがたまの実  渥美絹代
をがたまの実となる火葬塚の前
掛け替へし杉玉水の澄みにけり
秋日和作りつつ売る桧笠
団栗の落つ芝居小屋解きしあと
穭に穂出たる十坪の神饌田
ゆく秋の風に乗りたる蜘蛛の糸
神の旅目にしむ煙の流れくる
研ぎし刃の青く光れり神の留守

 夏のヒロシマ   今井星女
語り部は汗拭はざりドーム前
高々と噴水上げて原爆碑
「皆殺し」とは死語ならず原爆忌
永久に伝へん夏のヒロシマを
俳句大会今日はからずも蛇笏の忌
身に入みて被爆ドームの前に佇つ
秋扇たたみ慰霊碑訪ねけり
資料館見て据りこむ秋深し

 お母さん  金田野歩女
家苞の南瓜重たくなつてきし
弟切草雨後の湿原満水に
海猫を遊ばせてゐる秋の潮
シンバルの勢ひよろし秋高し
名菊師いつもは優しいお母さん
百舌の晴少し歩を足す散歩道
敵には見えぬ顔菊人形
身仕舞の中途半端や初の雪

 一位の実  寺澤朝子
江戸川に棹さす渡し野紺菊
川分れ新川生まる荻の風
人混みの異国語ばかり秋暑し
秋冷の候と書き出す一筆箋
晩年を異郷に姉妹一位の実
乗りつぎの電車夜霧の中を来る
読み耽る先の戦記やそぞろ寒
色葉散る御苑を抜けて丸善へ

 


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 秋 の 蛇 (松 江)西村 松子
やはらかに夜霧の包む爆心地
山の日のざらざら届く破芭蕉
花野行く夫の大きな背に蹤き
語りかくるやうな波音秋の声
桐は実に日差しやはらぐ父祖の墓
秋の蛇水の流るるごと消ゆる

 落 柿 舎 (浜 松)福田  勇
秋茄子を当に晩酌五勺ほど
落柿舎やたわわに柿の熟れてをり
菊の香や大会終へて師の墓前
椿の実落つる井伊家の五輪塔
落葉踏み鞍馬の山の木の根径
落柿舎の去来の墓碑や石蕗の花

 
 乱 れ 萩 (出 雲)荒木 千都江
せせらぎにしづかな秋のありにけり
羽繕ひに一途なる鳥水澄めり
すれ違ふまたすれ違ふ赤とんぼ
乱れ萩音なき音をまとひけり
見上げては空を拡ぐる松手入
書かざりし日記の白や秋深し

 翡 翠 色 (出 雲)久家 希世
色鳥の声にまみるる句碑の文字
板塀にすがれば零れたる零余子
路地に入り路地を抜くればうすら寒
草川の汀に野葡萄翡翠色
冬に入る寺の知らせの紙よぢれ
川の藻に埋もるる廃舟空つ風

 そぞろ寒 (群 馬)篠原 庄治
投句紙に無職と記すそぞろ寒
平凡な余生上々秋刀魚焼く
行く秋の風啼きわたる峡暮るる
馬鹿成りをせる渋柿を持て余す
仕舞湯に肩凝り解す夜長かな
塵芥を焼く煙直ぐに今朝の冬

 皮  茸 (松 江)竹元 抽彩
高稲架を組む宍道湖の風に向け
山粧ふ袈裟がけに日矢走らせて
茸山を降り来る人のみな寡黙
皮茸を吊るす軒より香り立つ
まだ足の動きゐるなり鵙の贅
朝寒やぼぼと火の飛ぶガスコンロ
 干  潮 (江 別)西田美木子
大木に育つ被爆樹ちちろ虫
鳥居まで干潮を歩く秋うらら
引き潮の汐の道筋石たたき
ひたひたと潮満ち秋日入りにけり
紅葉かつ散るや笹の葉青きまま
駆け回る腕白盛り木の実降る

 胴 上 げ (唐 津)谷山 瑞枝
主より先にいただく新走り
秋祭り胴上げをして終はりたる
秋夕焼娘時代を話す母
冬仕度母のものよりとりかかる
背もたれの椅子に母座す小春かな
年令はただの数字か冬銀河

 登 山 家 (江田島)出口 サツエ
行く秋の楡に囲まれ農学部
金木犀匂へる闇の深さかな
秋うらら鳩は木洩れ日啄みて
コスモスの倒れてよりの強さかな
さはやかに生きて登山家逝かれけり
曽て兵送りし港とべらの実

 木 の 実 (函 館)森  淳子
二つ三つ火種のごときおんこの実
木の実落つる音にもリズムありにけり
大胆に切り落したる松手入
敬老の日を明日にして理髪店
歳時記の傍線赤し秋の夜
梨を剝く二階の人に声をかけ

 初 時 雨 (浜 松)大村 泰子
潮早き安芸の宮島雁渡る
秋風の吹き抜けて行く大鳥居
鉤の手に稲架の組まれてをりにけり
高稲架を解くや駅より富士見ゆる
紙袋に蝗ぱちぱち跳ぬる音
初時雨叡山に灯の入りてより

 十月果つ (札 幌)奥野津矢子
兄弟は今も三人猿茸
稜線の角薄れゆく黄落期
切株はひとりにひとつ小鳥来る
破蓮素焼きの甕にどんとあり
ポケットにごつごつハンカチの木の実
十月果つ畑のものを空にして


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
村上尚子選

 田口  耕(島 根)

奥宮へ鳥居千本椿の実
茜さす神南備山や鳥渡る
破芭蕉後鳥羽天皇上陸地
秋茱萸を籠いつぱいに海晴るる
トーチカの残る断崖鷹柱


 坂田  吉康(浜 松)

傘二つ軒に干さるる菊日和
参道の脇を借りたる菊花展
真ん丸に減りし消しゴム秋灯下
残菊の盛り一畝の捨畑
家鳩の声のくぐもる野分あと



白光秀句
村上尚子


奥宮へ鳥居千本椿の実  田口  耕(島 根)

 一読して伏見稲荷大社の〝千本鳥居〟が目に浮かんだ。しかし、掲句は全国大会の折、広島駅近くの稲荷神社の麓で詠んだものと思う。奥宮迄上る時間もなく、目の前に建ち並ぶ鳥居を仰ぎ、咄嗟に「鳥居千本」と見て取った。実際には百二十基ほどである。又、鳥居の正確なかぞえ方は〝基〟である。だが、それでは句にならない。作者は伏見稲荷の千本鳥居から、「鳥居千本」の言葉を拝借した。因みに俳句では百本、千本の数の形容は、数の多いときに使う誇張であると考えればよい。
 商売繁盛の守護神らしい明るさがあり、リズムもよい。単純明快な作品の典型である。
   トーチカの残る断崖鷹柱
 隠岐島には、旧日本軍の「トーチカ」らしい址が残っている。回りは放牧地となり風光明媚そのものである。島の長い歴史を省みつつ、帰り行く鷹に思いを重ねている作者である。

残菊の盛り一畝の捨畑  坂田 吉康(浜 松)

 「残菊の盛り」は一見矛盾したようにも思うが、そうとは限らない。〝残菊〟は歳時記によると、〈重陽の節句を過ぎた菊のこと、そして昨今は盛りを過ぎた晩秋の菊のこともさす〉とある。かつてはきっと丹精されていたであろう一畝ほどの畑。菊は多年草の為、数年間手を加えなくても咲くことは咲く。そのけなげさが却って作者の心を揺さ振った。
  真ん丸に減りし消しゴム秋灯下
 「消しゴム」がそこに至る迄の思いが、作者の胸をよぎったに違いない。秋の明かりの下に消しゴムだけがクローズアップして見えている。

クラーク先生の指に止まりし赤とんぼ  石川 寿樹(出 雲)

 この「クラーク先生」は、やはり北海道開拓使に招聘されたクラーク博士であろう。羊ケ丘の展望台に立ち、右手を横に上げている姿が目に浮かぶ。その指に「赤とんぼ」が止まったという。親しみを込め、あえて「先生」としたところがこの句の眼目である。

空深くあり十月の水鏡  青木いく代(浜 松)

 秋の季語に、秋澄む、水澄む、秋の声、爽やか等、感覚的なものがたくさんある。掲句はそれらの全てを代弁するかのように、「空」と「水」により情景を完結に表現している。

石蕗は黄に薬師如来の薬壺  脇山 石菖(唐 津)

 仏教で衆生を病苦から救い、災難を除くという薬師如来。掲句は「石蕗は黄に」により一句に息吹が通い始めた。蕾から花が咲く迄の作者の心情を垣間見た思いである。

大学の実験棟や小鳥来る  森  志保(浜 松)

 何の実験をする所かは不明だが、「大学の実験棟」ということから、何となくその様子は分かる。幾つかの鉄筋の構造物の一つが「小鳥来る」により、俄に親しみに変わる。

ファスナーを一気に上げて冬に入る  岡 あさ乃(出 雲)

 「冬に入る」為の準備はたくさんあるが、雪国はその必要性が高い。この句はあえて、日常のささいな行動を述べているところが面白い。一句に勢いがあるように、きっと元気に冬を越せることであろう。

紅葉散るひと葉ひとはに日を乗せて  飯塚比呂子(群 馬)

 秋の季語の代表的な紅葉も、「紅葉散る」となると冬の季語となる。次第に日照時間も短く、日差しも乏しくなる。そんななかで作者は、散りゆく紅葉の「ひと葉ひとは」に心を通わせて、丁寧に詠んでいる。

虫の音やコンビニの灯を遠く見て  西村ゆうき(鳥 取)

 多くの小売店が姿を消すなか、食料品から日用品迄揃え、深夜も対応してくれる「コンビニ」は確かに便利である。作者はそこからかなり離れた場所におり、太古から変わらない「虫の音」を聞いている。現代社会の一端をひとつの灯を通して眺めている。

碁敵の腕組んでゐる夜長かな  山田 眞二(浜 松)

 「碁敵」の言葉そのものはいかめしいが、本来囲碁を共に楽しむ相手であり、また好敵手のことである。中七から下五にかけての言葉が、対戦の様子と臨場感を物語っている。

稲刈のおやつは大き塩むすび  原田 妙子(広 島)

 最近はコンバインのお陰で「稲刈」の作業も随分楽になった。しかし、掲句は昔ながらの作業であろうか。重労働の時の「おやつ」はやはりお腹にずっしりとくるものがありがたい。「大き塩むすび」はそれを代表するものである。一句のなかから色々な声が聞こえてくる。



    その他の感銘句
ヘリコプターの長き旋回菜を間引く
幾たびもなれそめを聞くレモン水
ふる里に大き古墳や白鳥来
初雪のたより目覚めのラジオから
山茶花や轆轤の陶土立ち上がる
カンツォーネ流るる茶房薄紅葉
江田島のまつすぐな松色変へず
柿熟るる呼べば頭上に返事あり
桟橋は一枚板や茨の実
裏山に夕日とどむる初紅葉
山城に上ぐる狼煙や村祭
コスモスの風を集めて一輪車
冬ぬくし内緒話を始めから
神かへり埴輪に翼らしきもの
湖が大きな鏡山粧ふ
吉田 美鈴
中山 啓子
高田 茂子
小林 久子
小玉みづえ
高田 喜代
宇於崎桂子
若林いわみ
鷹羽 克子
大澤のり子
北原みどり
村上千柄子
西山 弓子
森田 陽子
平塚世都子


白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 岩 手  佐藤  勲

モネの絵の青翳り来し秋の雨
影忽と消えゐて釣瓶落しかな
荒れ果つる川も故郷や鮭上る
浜菊の真つ盛りなる津波の碑
冬至湯に我が七十の骨太し

 
 高 松  後藤 政春

空き店の多き駅前ちちろ鳴く
茱萸の実の熟れて鳥来る子らの来る
鐘のなき火の見櫓や小豆干す
猪垣や高く積まれし薪の束
閉校となりて裏山粧へり



白魚火秀句
白岩敏秀


冬至湯に我が七十の骨太し  佐藤  勲(岩 手)

 先年の東日本大震災の記憶のさめやらぬのに、再び東北を襲ったこの度の地震と津波。被害のないことを念じつつ、お見舞い申し上げます。
 この作者には〈春昼の津波壁なす六丈余〉〈転居六度終の住処を賜ふ春〉の作品がある。目の当たりにした津波の凄まじさとやっと落ち着く家を得た喜びの句である。
 掲句は辛い経験を、身ひとつで乗り越えて来た自分を、褒めているのである。「骨太し」に頑丈な身体を呉れた両親への感謝も籠もっていよう。
  影忽と消えゐて釣瓶落しかな
 さっきまで見えていた家や木々の影が、振り返って見た時は忽然と消えていた。秋の日暮れによく経験することである。しかし、この句の背景には、自らが経験した東日本大震災の津波がある。今まで見慣れた町並みや風景が、津波によって一瞬に消失した惨状が、釣瓶落しの季語に託されている。

閉校となりて裏山粧へり  後藤 政春(高 松)

 小学校が統合されて、一方が閉校となった。閉校の校舎には思い出と学校をずっと見つづけてきた裏山だけが残った。秋になれば子ども達が登ってきて、賑やいだ裏山も今年は静かだ。それでも裏山は紅葉の山となった。
 「なりて」に作者の思いが籠もる。変わっていくものの中にあって、変わらないものの美しさ。

海峡に漁火並ぶ良夜かな  富田 倫代(函 館)

 名月の明るさに誘われるままに、海岸まで足を伸ばしたのだろう。良夜の影を砂浜に曳きつつ波音を聞いている。沖には、あたかも海に都があるごとく漁火が明々と燃えている。
 空と海が織りなす幻想的なスペクタクルである。

空缶の音出してゐる鳥威し  吉原 紘子(浜 松)

 田圃道を歩いているとからんからんと鳴る音を聞いた。見ると空缶が三つ四つ繋がれて音を立てている。空になれば無用の缶。こんなところで役に立っているとは…。無用の長物ならぬ無用の用の空缶。

玄関の鏡にけふの冬帽子  中嶋 清子(多 久)

 お出かけのときに、玄関の鏡で服装の最後のチェックをする。前を映して襟を一寸直し、後ろを映して姿勢を正す。そして、帽子の被り具合を確かめる。冬帽子は春や夏の帽子と違って、デザインや色にそう変化のあるものではない。斜めや深めに被ってお気に入りのポイントを決める。それが「けふの冬帽子」である。

帰り来て会ふ宍道湖の秋夕焼  牧野 邦子(出 雲)

 旅行から帰って来たときのことだろう。旅という非日常の世界から日常の世界へ戻る。その時に出合ったのが、故郷の宍道湖の秋夕焼である。思わず懐かしさがこみ上げてきたにちがいない。石川啄木の〈ふるさとの山に向ひて言ふことなしふるさとの山はありがたきかな〉を思い出させる句。

秋蝶の蹴上がるごとく風と去る  鶴田 幸子(中津川)

 蝶は大抵、水平か波打つように飛ぶ。ところがこの秋蝶は蹴上がるように舞い上がったという。天上で呼ぶ声があったのだろうか。或いは極刑を受けたのだろうか。〈蚯蚓跳びあがる極刑を受くるや 三橋鷹女〉の句がある。自然界と昆虫界の不思議である。

紺碧の海を見下ろし鳥渡る  石原 幸子(東広島)

 春の季語に「雁風呂」がある。命がけで日本を目指す鳥たちの哀れさのある季語である。
 海の上を懸命に渡ってくる鳥を見ているうちに、作者も渡り鳥の気持ちになったにちがいない。だから「紺碧の海を見下ろし」がすらすらと表現できたのだろう。海原を懐にしたような広々とした句である。

きちきちの写楽に似たる目付きかな  高野 房子(新 潟)

 写楽は江戸時代の謎の絵師。歌舞伎役者を描いた大首絵の目付きには独特な雰囲気がある。「似たるかな」の断定には「きちきち」をよく観察しての結果。写楽と比較されているとは知らず、きちきちは今日もあちこちを飛び回って、屈託がなさそう。



    その他触れたかった秀句     

教科書のやうに今日まで生身魂
組替へて秋思の腕となりにけり
一日の扉を開けに小鳥来る
図書館の本の定位置源義忌
ありあまるほどの日溜り茶の咲けり
神在の出雲の空のぐづり癖
白黒の昭和の映画秋刀魚焼く
少年の乗つてゐさうな渡り鳥
桐の実に風が触れゆく古墳道
机より鉛筆ころぶ夜長かな
おはじきのカチンと当たる秋時雨
モーニングコールのごとく小鳥来る
ポン菓子の音の弾けて文化祭
寝返りの上手になりて小春かな
白壁に触るる音して枯葉舞ふ
無花果の熟れを覗きて立ち去りぬ

大石美枝子
鈴木 敬子
太田尾利恵
萩原 峯子
髙島 文江
岡 あさ乃
福本 國愛
山田 眞二
金織 豊子
友貞クニ子
乗松さよ子
古川 松枝
伊藤 政江
茂櫛 多衣
妹尾 福子
中西 晃子

禁無断転載