最終更新日(Update)'14.02.01

白魚火 平成26年2月号 抜粋

 
(通巻第702号)
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 2月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    奥 田  積 
「猟  犬」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
鈴木喜久栄 、新村喜和子  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
句会報 花いまたか俳句会  ―十一月の句会よりー  髙島 文江
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          田口  耕、福嶋ふさ子 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(東広島) 奥 田  積    


寒卵朝のきれいな空気かな  白岩 敏秀
(平成二十五年四月号曙集より)

 先頃「NHK俳句」の番組中(同局のアーカイブスで)、その膝下から多数の著名な俳人の輩出した加藤楸邨氏の名句の一つ〈寒卵どの曲線もかへりくる〉を、その肉声で聞いて感慨に浸った。寒卵の名句は多いが、掲句もまたその名吟であると思う。人智の及ばない大きな自然の中に、ものごとは確と存在しているのである。清少納言の言う「冬はつとめて」の時間に続く、そうした朝の空気の中に置かれた寒卵のいのちの光が見えるような一句である。

日向ぼこみんな百まで生くる顔  佐藤 貞子
(平成二十五年四月号白魚火集より)

 私は、大正十三年生まれの九十歳の俳人、木田千女さん(「手塚」「狩」)の〈チューリップ私が八十なんて嘘〉・〈ダルビッシュ有が大好き敬老日〉・〈もうじきに一生終はるぞ踊りけり〉などの句に惹かれている。
 貞子さんの句と同じ白魚火四月号には、諸岡ひとし氏の〈日向ぼこするには少し齢足らぬ〉の句もみえるが、さりげない日向ぼこの面々の、どの顔にも、戦中戦後を強く生き抜いてこられた方達の、言うに言えぬある種の輝きが秘められているのだろうと思う。

あたたかき春連れて来る風が好き  青木 華都子
(平成二十五年四月号曙集より)

 俳句を続けていると自然と禁じ手というものからも解放されてきて伸びやかな句が生まれてくるようになるのではないかと思う。細見綾子さんや先の木田千女さんなどもそうした一人であろう。喋りが俳句になることは多くの俳人が口にすることだが、最近では俳誌で稲畑汀子さんが鷹羽狩行氏との対談で「喋っている言葉が俳句になるのが、本当の意味での俳句ね」と発言されているのが注目された。この句などもまさにそうしたなかから生まれてきたような一句であり、自在な境地の句であって、そんなところにもこころ惹かれるのである。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 病  窓  安食彰彦
外科病棟ひとり待つ身の寒さかな
頭蓋骨に穴あけ洗ふ冬の雷
極月やベッドに縛りつけられて
冬牡丹のごときナースにかしづかれ
香水のほのかににほふ冬ぬくし
冬ぬくしなにはともあれ手術済む
かばかりの熱燗までも止めらるる
病室にあかるき師走来たりけり

 冬木の芽  青木華都子
実南天挿して出来そこなひの壷
冬木の芽触るれば落ちてしまひさう
ほつほつと米粒ほどの冬木の芽
橡落葉踏んで壊してしまひけり
掃き寄せて焚く橡落葉よく燃ゆる
橡枯るる耳当てて聞く木の鼓動
昨日今日雪で通れぬいろは坂
電飾でがんじ絡めに枯銀杏

 砂  丘  白岩敏秀
かうかうと鶴渡りくる月の海
手鏡を巫女の覗きぬ神の留守
小春日や遊びに来たる隣の子
友禅の小筆に朱色初しぐれ
夕風に水鳥向きを変へにけり
天平の礎石の白し冬の鵙
砂丘行くひとかたまりの冬帽子
行く年の寺に来てゐる野菜売り

 川 の 街  坂本タカ女 
すだれ干し子持柳葉魚の器量よし
浮き上りくる鰭酒の鰭つつく
鰭酒や女素顔をのぞかせし
唐辛子吊る日捲りの薄くなる
消ゴム屑だらけの机柿を剝く
夜は灯る居酒屋提灯干大根
橋ひとつ増え川の街白鳥来
倒れゐる売地立札初氷

 薄 紅 葉  鈴木三都夫
見届けて初鴨となむ数をなし
鴨ゐるはゐるは人目にさらされて
催してこれからといふ里紅葉
薄紅葉なれど己の色を着て
秋うらら醜草とても粧ひて
嵯峨野路の紅葉絵巻も遠からじ
葷酒入るべからずの門薄紅葉
鮎落ちて水面ささくれ立ちにけり
 冬  蝶  山根仙花
歩せば湧く秋風少女と擦れ違ふ
暮れてゆく茶の花華やぐこともなく
切株の年輪密に時雨けり
鵙高音研ぎし刃物に火の匂ひ
海を見る皆着ぶくれてゐたりけり
冬の日を乗せ音もなく川流る
落葉して大樹の肌の粗々し
冬蝶に小さき日溜りありにけり

 ふかし芋  小浜史都女
梅もどき予定なき日も眉を描き
ふかし芋硬き話は好きでなし
零余子飯子の子も教師めざしけり
大判小判ざくざく銀杏落葉かな
日直も残業もなく日短か
時雨るるや空炊きの鍋けむりたつ
冬の目高こゑをかくれば尾で応ふ
鳶けふも山にきてをり雪催

 十六島岬  小林梨花
海の音山の音なく小春かな
枯蔦の透き間に見ゆる青き海
参拝の背にほかほかと冬日影
しろがねに光る綿虫墓前かな
海猫の来て岬賑はふ冬木の芽
鳰夕日に胸を光らせて
十六島岬冬雲動かざる
波止を越え天に懸かりし冬怒涛

 印 旛 沼  鶴見一石子
鴨啼くや夕日を映す印旛沼
冬雁や師戸城跡風抜くる
枯葦の金色の風印旛沼
印旛沼憲章の碑や冬紅葉
崩落の空ただよへる雪蛍
礁打つ涛轟々とかじけ鳥
大鍋の滾つ河豚汁市のさま
見る夢の小さくなりしちやんちやんこ

 島 小 春  渡邉春枝
しぐるるや神お手植ゑの楠大樹
銅鏡に葡萄の図柄灯の冴ゆる
水軍の島をゆさぶる冬の雷
山茶花やただ一望の瀬戸の海
句碑を見て歌碑見て小春日和かな
島小春七百体の羅漢さま
膝地蔵にわが膝たくす小春凪
島山の山の深さの落葉踏む


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 神 集 ふ  梶川裕子
綿虫や木魂は空へ抜けてゆく
冬に入る山の一つに佛の名
海風に触れて彩増す石蕗の花
石あれば石に坐りて小六月
暮れぎはのうすむらさきや神集ふ
みづうみも山も夕映え温め酒

 雪ばんば  金井秀穂
裏山に猿の居座る冬の雨
電工の掛け合ふ声の宙に凍つ
人影のとうに無き野良暮易し
溶けもせで漂ふばかり雪ばんば
日当れば溶けはしまひか雪ぼたる
柚子の香を楽しんでゐる掌

 小鳥来る  坂下昇子
小鳥来る雲より遠き所より
縁側に座布団一つ小六月
山門に銀杏落葉の片寄れる
どれもみな裏を見せたる朴落葉
蓮根掘り風より低くかがまりぬ
初鴨の来てゐる辺り輝ける

 十 二 月  二宮てつ郎
今日をたのみけり朝鵙の髙音にも
冬の雨麺麭の耳より夜の明けて
海光る日の山茶花の紅の色
腰病みに今日は時雨るる日なりけり
石蕗の花小さき社へ詣でけり
十二月物干竿に日の当り

 冬  鴎  野沢建代
延縄の餌つけてゐる小春かな
竿立てし帰船に騒ぐ冬鴎
虎河豚の入札時間書かれあり
入側に午後の日のあり白椿
掛け軸は鐘馗大臣冬うらら
二杯酢で食ぶる新海苔宿場町

 見えぬ糸  奥木温子
落葉して空に余白の生れけり
七色に変はる夕映笹子鳴く
笹鳴の止んで暮色の深まりぬ
雪ぼたる見えぬ糸に引かれ舞ふ
寒鴉遥かなるもの呼びつづけ
卓上に香を放ちをる葉つき柚子
 
 新 走 り  清水和子
新走り酒蔵洩るる糀の香
息かけてルーペを拭ふ夜長かな
冷まじや橋の擬宝珠に刀疵
冬暖か舞妓に道を聞かれけり
真如堂の秘仏間近に十夜かな
手つかずの粥残りたる十夜寺 

 ポインセチア  辻 すみよ
どこまでもどこまでも空草の絮
秋耕の腰を伸ばせば日の暮るる
観世音紅葉明りに在しけり
小春日や鳥語飛び交ふ開山忌
茄子歯のむかしありけり七五三
ポインセチア俳句談義のひとしきり

 冬  耕  源  伸枝
飛石に淡き日差しや石蕗の花
しぐれ雲ささへて樫の巨木かな
冬薔薇のくれなゐ深き天主堂
薙刀に残る刃文や神渡し
目鼻なき甲冑並ぶ寒さかな
冬耕の一鍬ごとに暮るるかな

 年 用 意  横田じゅんこ
ふつと吹く林檎のへその籾の殻
散紅葉水のよぢれてゐたりけり
少年が踏めば落葉の音高し
何も彼も省き喪中の年用意
羽子板市一枚売れし隙間かな
凍蝶の翅閉ぢ直す裏に紋

 冬 紅 葉  浅野数方
押し通す事もありけり冬紅葉
木枯や愚痴も不満も口にせぬ
人の世を生きて候雪ばんば
里の端の子抱き地蔵の頬被
鱈捌く夫の料理の男前
根雪来る仏頂面の雲連れて

 杜氏部屋  渥美絹代
蚕を飼ひし棚にかけあり烏瓜
紅葉且つ散る屋根裏の杜氏部屋
干す網に鱗の光る小六月
神棚に五枚の御札山眠る
炉を囲み五合徳利まはしけり
羽箒で掃ふデッサン山眠る


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 鈴木 喜久栄

幾たびも覗く夜寒の子供部屋
倒れたる菊の重さを抱き起こす
新藁の匂ひ担いで来たりけり
椎の実を拾ひ椎の木仰ぎけり
五平餅こげて木曽谷しぐれけり


 新村 喜和子

二拍子に踏む勝歌のラガーかな
きらきらと散る落葉松や一茶の忌
水潜る鳥を見てゐる日向ぼこ
一葉忌手熨しでたたむ足袋その他
夢に見し人は寡黙や返り花



白光秀句
白岩敏秀


椎の実を拾ひ椎の木仰ぎけり  鈴木喜久栄

 山道を歩きながら、ふと足許に椎の実を見つけた。椎の実はその幹を知らなくとも、独特な細長い形からすぐそれと分かる。実を手の平にのせてしばらく眺めたあと椎の木を仰ぐ。日常的な行為がごく自然に詠まれている。
 「おや」と思ったり「はっ」としたことは俳句によい材料になるとは仁尾先生の教え。
 日常での「おやっ」とした思いが詩へと昇華している。難しい言葉も理屈もなく平凡に詠っているようだが、柔軟な詩心が冴えている句である。
五平餅こげて木曽谷しぐれけり
 「豊世やお島やお仙が台所に集まって、木曽名物の御弊餅を焼いた」と島崎藤村の小説『家』にある。藤村の頃から五平餅は木曽の名物であったようだ。
 この句、餅が焦げて時雨れたと原因、結果を述べているのではない。名物の五平餅が焦げるほど木曽の人達と話し親しみを交わしている。木曽での旅行吟のようでだが、その土地へ気持ちを籠めた挨拶であり、過客の旅人の句で終わっていない。

二拍子に踏む勝歌のラガーかな  新村喜和子

 ラクビーはイギリスのラクビー・スクールの学生から始まったとされるが、異説もあるようだ。一チーム十五人の男達が二組に分かれ、楕円形のボールを追いかけ、走り、奪い合って得点を競う。スクラムのときなど選手の背中から立つ湯気が見えるほどである。
 その選手達の勝歌の足拍子が二拍子だと作者は詠む。見ている作者もおそらく選手達に合わせて足拍子をとっていたに違いない。ビートの利いた句のリズムに、ラガー達の昂揚感があり、怒涛のような歌声を彷彿とさせる。

水涸れて土橋の高し道祖神  山田しげる

 “ちいさい頃にはこの川で遊び、橋を渡って隣村までよく遊びに行ったものだが、やれやれ、冬になって水が涸れて土橋がこんなに高くなっている。子どもの頃は今よりもっと高く見えたものだが…”そんな作者の呟きが聞こえてきそうだ。
 土橋は季節が替わるたびに高くなったり低くなったりして、作者の暮しや思い出を支えてきた。失われていく昔の風景の中にあって、何時までも変わらない故郷の土橋の風景である。

お隣に脚立を借りる十二月  稗田 秋美

 普段は手の届くところで済ませた掃除も、十二月となればそうはいかない。ついつい高いところに目がゆく。そこで、お隣さんから脚立を借りることになる。気軽に声を掛け、気軽に借りる。このあっけらかんとした付き合いがそのまま句になっている。
 普段着の句の清潔感と読後の清涼感のある句である。

山茶花や角曲がりゆくランドセル  大隈ひろみ

 真っ直ぐに詠まれていて、読者の頭の中にすっと絵が描ける句。しかも、山茶花、角とカ音を重ねられるとランドセルに入れた筆箱のカタカタ鳴る音が聞こえてきそうだ。
 元気で挨拶しながら登校するランドセル、今日はどんな勉強をしてくるのだろう。

玉砂利に鈴の音零し七五三  古川 松枝

 窮屈そうに着物を着て、木履でぎこちなく歩く姿が想像されて微笑ましい。
 この句、鈴の音だけを言って、他の一切を省いている。それでいて、着飾った女の子や付き添う両親の様子さらには神社のただずまいさえも見えてくる。聞こえてくるのは玉砂利に零す鈴の音だけなのに…。
 音によって見えないものを見せる、作者の冴えた技倆である。

伊良湖岬まつすぐ抜けて鷹渡る  高部 宗夫

 歳時記の〈旅鳥の繁殖地〉の図によると、鷹の渡りのルートは伊良湖岬から鳴門海峡を通っている。〈鷹一つ見付けてうれし伊良古崎 芭蕉〉から〈渡りかけて鷹舞ふ阿波の鳴門かな 子規〉のルートである。
 「まつすぐ抜けて」に鷹の力強い飛翔に感動するとともに無事に目的地について欲しいと願う気持ちが籠められていよう。
 無駄のない詠み方に遠く去っていく鷹を見送る作者の背中が見える。鷹が渡れば、やがて冬がやって来る。

初雪の本気で降つてをりにけり  石川 純子

 初雪とは字の通り、ほんの初めの挨拶ていどで終わるものである。それがなんと、本気で降っているではないか!。明日は雪掻きが朝一番の仕事になりそうだ…。
 古来、日本人は厄介もの扱いされる雪でさえ風流の友としてきた。



    その他の感銘句
顔少し冷たく歩き入院す
風募る枯野を割つて千曲川
工房の轆轤に廻す小春の日
十貫の石十貫の小春影
風音といふ冬ざれを聞いてをり
をりをりに木の実の落つる流れかな
公園の落葉を踏めば落葉の香
良き風に恵まれ大根吊しけり
冬の凪倭寇の島の造船所
二の橋を渡り城址の照紅葉
山羊の乳張つてもうすぐ神の旅
秋空の青を映して窓磨く
渺茫と関東平野枯れ尽す
高空の澄みきつてゐる寒さかな
父の忌や墓参の我に銀杏散る

田久保柊泉
早川 俊久
野澤 房子
大山 清笑
保木本さなえ
渥美 尚作
早川三知子
勝部チエ子
石原 幸子
赤城 節子
佐藤 琴美
山羽 法子
鷹羽 克子
樋野久美子
柴田 佳江


鳥雲逍遥(1月号より)
青木華都子

まなかひに津軽海峡昆布干す
秋陰の眼鋭き秘仏かな
声のして鴨のゐるらし枯葎
白波が白波追へり暮の秋
桟橋を離るる舟や荻の声
煙青き森林鉄道もみぢ晴
粟の穂の一と畑実る隠れ里
長き影忽ち消ゆる冬落暉
初霜を踏みつつ畑耕せり
晩秋の雑木林の動かざる
竹林の風音高し暮の秋
夫と会ふ西口釣瓶落しかな
苔のみを許す石庭秋風裡
深海の色に暮れゆく秋の空
仏具屋の横も仏具屋新松子
秋の暮人と別れて人の中
石仏の真後ろ桜紅葉かな
鳥渡る塔ある空を広げつつ
花の蜜吸ひつくすかに秋の蝶
槌音の秋空高し棟高し

今井 星女
清水 和子
辻 すみよ
源  伸枝
西村 松子
久家 希世
篠原 庄治
竹元 抽彩
福田  勇
荒木千都江
大村 泰子
小川 惠子
奥野津矢子
齋藤  都
谷山 瑞枝
出口サツエ
西田美木子
村上 尚子
森  淳子
諸岡ひとし



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 島 根  田口  耕

立冬や踏みごたへなき砂の浜
初しぐれ去りて地雨の夜の更けぬ
一把づつ枯菊を焚く山家かな
ひもすがら御陵に笹子鳴いてをり
芒枯る風の吹きぐせつきしまま

 
 群 馬  福嶋 ふさ子

東北の海の匂へる秋刀魚焼く
柔順な明治の母や文化の日
献饌の肌うつくしき大根かな
朝茶濃く入れて勤労感謝の日
電話から風邪をもらつてしまひけり



白魚火秀句
仁尾正文


 初しぐれ去りて地雨の夜の更けぬ  田口  耕

 地雨とはきまった強さで降り続く雨。初しぐれはもう上っているのに、地雨は夜をこめて降り続いている。偏西風の撓みやシベリアからの筋雲状の風により異常ともいえる今冬の寒さは、山陰から北陸にかけてが中心である。掲句は、地雨を詠み徹して厳冬を示した。虚飾のないことが一句を強くしている。
 隠岐島海士町に住む作者は、殆どが一人で作句している。松江に住んだ故田口一桜鳥雲集同人の長男であるが、この島に土着するという。これ迄「隠岐春秋」など隠岐を冠した句が多かったが、今回「隠岐」を取ったのは一進境を示すものだ。今後は「島」という言葉の方が普遍性も広がり読者を縛らない。「隠岐」は隠岐でなければならないものだけに大事に取って置いて欲しい。

電話から風邪をもらつてしまひけり  福嶋ふさ子

 電話を通して蝉や雷が聞えたという作品は沢山あるが、掲句は電話をかけてきている相手の激しい咳。聞いている作者も切なくて、いつの間にか風邪を貰ってしまった。類似句のようではあるが独自の句である。
 俳句は「感動」がなければ作れない、と説く人が居る。万人に共通する感動とは、オリンピックで金メダルを取って目を潤ませている選手や結婚式で花嫁から花束を貰っている感涙である。吟行会や席題句会等の外にも掲句のような「オヤッ」と思うことも作句の動機になる。感動は作句の源動ではあるが、大まかなものでもある。大小さまざまな作句の動機を感動という枠に一概に納めてしまうのは如何なものか。

冬凪の瀨戸に置きたる島いくつ  大隈ひろみ

 瀨戸内海には、一体どれ位の島があるのであろうか。東には鳴門海峡があり、西には関門海峡があり、明石や燧灘の早瀨があり一様ではない。だが、掲句の状景は穏やかそのもの。読者にくつろぎを与える。中句から下句にかけてのナイーブな描写が快い。

塩だけの味付けといふ牡丹鍋  塚本美知子

 牡丹鍋は猪鍋、匂いがあるので味噌炊きで食うのが一般的であるが、この句は塩だけで味をつけている。テレビの料理番組を見ていると私共には考えもつかぬ程手をかけた技術が使われてている。掲句もその部類のようだ。

短日や着しまま付くる袖釦  大澤のり子

 出かけようとして気付いたら袖のぼたんが緩んで落ちそうである。突っ立ったまま老母か嫁に縢って貰っているあわただしい景。季語の「短日」をもう少し緩やかにするともっとよくなる。

新海苔にかけ寄る女波男波かな  小沢 房子

 この新海苔は、出雲風土記以来連綿続いている十六島の礁海苔である。海苔島には何名かが一緒に作業し、海苔を掻く者、絶えず寄ってくる波涛への警戒役が交代しながら。掲句は危険を伴う波を「女波男波」と美称して十六島を、新海苔を褒めている。

裏鬼門除けて白菜樽を置く  高橋 裕子

 陰陽道で鬼門は万事忌み嫌われる方角で艮(北東)裏鬼門はその反対でやはりよくない。坤(南西)選者の生家ではこの線上に梨を二本植えて「キモンナシ」としていた。掲句は裏鬼門を外して白菜樽を置いた。白菜樽という何処ででも見られる点景を捉えて市井の日常を描いた。これとて感動といえばいえるだろう。

小座蒲団百枚干せる十夜寺  江連 江女

 小座蒲団を百枚も干して十夜の準備をしている大寺である。
 このページは没にした「妣の事の話のつきぬ冬椿 江女」を批評して皆にも理解して欲しい考え方からだ。妣とか妣は亡き母のことで、読者が一目見て意味が分るためのもの。演歌の歌詞には無茶苦茶な語訳がある。妣はそれと同じで、こういう句は先ず採れない。元気な母と亡くなった母は作品によって示すべき。

閑話休題
 この紙面しかないので書かせて貰うが、鳥雲集作品の題名のよくないものが目立つ。長ったらしい取材地などは、題名ではない。詩語でもなく誰にも分らぬ固有名詞も同じ。作品は題名から始まる程大切。題名は作家の器量に係わる。
▼昨年十一月号の白魚火集巻頭は村上尚子氏で鑑賞に「作者は一ヶ月七十句の作句を下廻ったことがない」としたが同じ句会の仲間より「一ヶ月七百句」という注進があった。本人は句帳に記したのが七百で推敲後の三、四百句ノートに残している、と返事であった。


    その他触れたかった秀句     
人を恋ふ心どこかに炬燵出す
朝焚火茜に染まる那須五岳
小春日を誉め命日の僧来たる
秋惜しむ神代のままの木立かな
じやんけんに勝つて利き酒干しにけり
夫恋ひの句を詠み今年終りけり
寄せ植ゑに選ぶ深紅のシクラメン
後綱に女も交り秩父山車
遠富士の笠雲しかと藷を掘る
はふはふと湯豆腐囲む夕餉かな
裏口が玄関となる枇杷の花
手の届く限り物置く掘炬燵
寸足らず父の形見の冬羽織
乾氷下魚の叩き石置く浜の小屋
捨てられぬ炭団一俵納屋の隅
男とは死ぬまで男冬芒
佐藤陸前子
秋葉 咲女
赤城 節子
野田 弘子
寺田佳代子
古藤 弘枝
原  和子
野澤 房子
山西 悦子
土井 義則
小柳 芳郎
岩崎 昌子
山田 真二
吉野すみれ
荒木 友子
中村 公春

禁無断転載