最終更新日(Update)'13.10.01

白魚火 平成25年10月号 抜粋

 
(通巻第698号)
H25. 7月号へ
H25. 8月号へ
H25. 9月号へ
H25.11月号へ


 10月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    森  淳子
「遠州大念仏」(近詠) 仁尾正文
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
大村 泰子 、後藤 政春  ほか    
白光秀句  白岩敏秀
鳥雲逍遥  青木華都子
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          田久保峰香、平間 純一 ほか
白魚火秀句 仁尾正文


季節の一句

(函 館) 森  淳 子    


新米の銀舎利先づは仏飯に  竹元 抽彩
(平成二十四年十二月号白光集より)

 作者の御先祖を敬う穏やかな一日の始まりを然り気なく纏められました。
 仏教徒であれば仏飯はもとより珍しい物は先ずは仏壇にお供えいたします。
 戦中戦後日本中が飢えていた。米食の日本人にとって、新米の銀舎利は何よりの御馳走である。(銀舎利とは白色に輝く米粒のことである。)
 今でも食べ物の話になると子供時代の食糧難のことが話題になります。昼餉は決って南瓜や馬鈴薯だったからすっかり嫌いになったと言って大笑いする。ところが冷えた薯を薪ストーブの上に乘せ、烏賊の塩辛をつけて食べるとこれが又「ウマインダヨ!!」(現在は電子レンジでチン!!バターを乘せる)と目を細める。母恋の気持も混っているらしい。吟行後の食事の何と美味しいこと、平和っていいですね。

青春はなかりしと思ふ終戦忌  加藤 数子
(平成二十四年十二月号白光集より)

 この句を拝見し何やらじーんときました。作者のお気持お察し致します。
 戦時中の女学生も勤労奉仕の名の元に、軍事工場等で働かされました。頭には日の丸の鉢巻、セーラー服の下にはモンペ、一心不乱に働いたのです。結婚し子育ても孫の世話も一段落したいま、曾ての文学少女の俳句仲間は少し御洒落して、今が青春と笑う。

新走なみなみ注いで貰ひけり  中村 國司
(平成二十四年十二月号白魚火集より)

 お酒を飲まない私でも何となく作者のお気持が解ります。
 お酒が大分お好きなようですね。私のまわりでも、一升瓶を見ても、角瓶を見ても、目尻を下げる方がおられます。
 「歳時記に依ると新走とはその年の新米ですぐ醸造した酒を袋に入れて搾ったうす濁りのものが新走である」ましてや仲々飲む機会のない新走となればさぞかし喉が鳴ったことでしょう。自然体で作者の偽らざる気持が素直に伝わってまいりました。



曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   

 さはやか  安食彰彦
裏路地を曲ればへくそかづらかな
黄泉の窟過ぐれば蛍袋かな
さはやかに膝に抱きたるバスチューバ
さはやかに異状はなしと医者の云ふ
どこまでも天青すぐる秋旱
絵手紙の残暑見舞もいただけど
テーブルに原稿原稿秋暑し
踏ん張つて残暑に耐ふる脇侍かな

 はたた神  青木華都子
あと戻り出来ぬこの道蛇苺
対岸で変はる町の名黒揚羽
ぎしぎしや自転車で来る往診医
野牡丹を咲かせて石工小屋無人
とびとびに並んで四・五個花茗荷
もくもくと湧く雷雲や男体山
はたた神迫つて来たる午後三時
紅蓮の明日咲く蕾ふくらめる

 プラタナス  白岩敏秀
七月の夜風の鳴らすプラタナス
おしぼりのひねりを戻す夏座敷
少年と仰ぐ夕空星祭
噴水や天使のこぼす壺の水
青すだれ豆腐屋の来て路地濡らす
斧入れて飛ばす杉の香大暑来る
木造の校舎の空を夏つばめ
豆腐屋の手の濡れてゐる晩夏かな

 バ ナ ナ  坂本タカ女 
ドア涼し紐引けば啄木鳥ノックする
よく噛んで牛乳を飲む半夏生
朝食のバナナは皿の上に切る
夏柳槗の下よりひとのこゑ
緑濃し此処だここだと笹小屋に入る
蕗の葉の広場なりけり蕗ばつた
行き摺りの縁日に買ふ浮人形
金魚掬ひ大会金魚勢揃ひ

 暑  さ  鈴木三都夫
咲きそめし蓮の葉隠れ風隠れ
睡蓮の離ればなれの花の数
紫陽花の見栄を捨てたる暑さかな
漢方の十薬となん白十字
片陰も風も頼れぬ暑さかな
遊具灼け子等寄せつけぬ亭午かな
舟虫の逃げ足に波追ひつけず
舟虫に霧散の術のありにけり
 滴  り  山根仙花
青葦のゆらげば生る青水輪
一匹の山蟻迷ふ仏の間
郭公や一寺へ懸る磴険し
岩襖絞り絞りて滴れり
一山のひびきとなりて滴れり
軒風鈴折々鳴らす程の風
波音も涼しきものの一つかな
窓々に吊す簾の長短か

 甜  瓜  小浜史都女
早世の子規を想へり花ふくべ
茄子畑にだんだん雲が高くなる
節のいろ整うてきし今年竹
八十では句にならざりし甜瓜
見るだけでは眠つてくれず含羞草
不快指数頂点の蝉しぐれかな
夜明けから何んと夜まで鉦叩
えごの実をゆらしてゐたる午後の雲

 一 畑 寺  小林梨花
白雨去り息づく畑の青々と
夏木立抜けて行き尽く一畑寺
みはるかす湖呆然と黒揚羽
石佛の御手より湧ける山清水
供へある藻の干涸ぶる炎暑かな
新涼の風吹き渡る医王山
鴟尾高く上がる大空絹の雲
庫裡までの廻廊長し初紅葉

 岩  松  鶴見一石子
手花火は駿府の土産潮の香
手花火や沓脱ぎ石に座をさだめ
構へなき線香花火の紙のゆれ
線香花火百のつぶつぶ美に弾け
手花火に小さな火傷アイスノン
空池の岩松美しき花火の夜
手花火やあしたを生くる力なり
手花火の果てて何時もの夜の静寂

 館 涼 し  渡邉春枝
館涼しゴッホ描きし己が顔
読み終へて一書の余韻夏の月
裏口へ廻りても留守百日紅
蛍を部屋に放ちて子等眠る
計るたび違ふ血圧夜の蟬
今日よりは秋風鈴として鳴れり
遺りしは女ばかりや墓参り
秋立つや犬放ちやる門の内


鳥雲集
一部のみ。 順次掲載  

 風  鈴  笠原沢江
川風を背に受け帰る涼しさよ
吹き抜けの風のほどよき大昼寝
舌替へて風鈴の音軽やかに
蝉の声はたと止めたる郵便夫
大日傘くくり付けたる乳母車
遊泳のざわめき運ぶ海の風

 古  稀  金田野歩女
残鶯や森の神様てふ巨木
沿道の点景の綺羅透かし百合
登山道傾ぐ吊橋渡り切る
めでたさの中位の古稀握り鮓
器まで冷してありぬ夏料理
片蔭や研師に託す裁ち鋏

 晩  夏  上村  均
暁暗をついてサーファー滑り出す
界隈に夜明けを待たず蝉鳴けり
奥院はまだまだ遠し時鳥
四葩咲く潮の香りの強い町
雲間より夕日の洩るる青田かな
しんかんと晩夏の港暮れゆけり

 佐渡の夏  加茂都紀女
漁火も能篝火も佐渡の夏
合歓の花睡れる宵の能舞台
老鶯や鎖二重に真野御陵
朱鷺三羽降りしと小声青田風
檻の中梅雨汚れして朱鷺の胸
目高飼ひ島人能を復習ひけり

 神 の 田  野沢建代
神の田の水切つてある土用かな
橘は井伊家の紋や青田風
遠雷や幌の真つ赤なグライダー
水撒きのホース暴れてをりにけり
必勝と貼つてバス発つ夏休み
叶へたる夢一つあり鳳仙花

 鮎 の 川  星田一草
魚魂碑に一献鮎の解禁日
葦の間の径おのづから鮎の川
鮎の川掠めて鳶の急降下
梅雨空にうねれるジェットコースター
病葉の黄の一枚の鮮やかに
渓音に枝差し伸ぶる合歓の花
 花カンナ  奥田 積
狗犬の尾に力あり花樗
父と子の揃ひのシャツや心太
予報士の蝉の鳴きまね梅雨明くる
大寺の屋根に朝日や花カンナ
朝蝉や社の庭を掃ける人
大学のゲート解放夏休み 

 往  還  梶川裕子
往還のながながつづく蟻の列
躓きしもの振り返る溽暑かな
さよならと高く上げたる白日傘
逝きし子に届けと吹きぬ草の笛
まくなぎを拂うては読む句碑の文字
板橋を渡りきる気の蝸牛

 夕  立  金井秀穂
一陣の風伴ひて夕立来る
夕立来る得難き涼を伴ひて
百日の中の一ト日や百日紅
松が枝のほどよき撓み釣忍
散り際の潔きかな凌霄花
芋の葉に確と旱の証かな

 梅雨の池  坂下昇子
水輪生む何かがをりぬ梅雨の池
青田波重さの見えて来たりけり
夕立来る気配の風となつて来し
迅雷に話の腰を折られけり
蜘蛛の囲に星のしづくの掛かりをり
空蝉の眼の光失はず

 土 用 芽  二宮てつ郎
下校児の通りゆきけり鴨足草
半夏生飲み薬また増えにけり
百千の木の葉や梅雨は明けにけり
夏の夜の重さは鼻に乗る眼鏡
土用芽に海風の来て光りけり
前山や背を流れゆく汗のあり

 ねぢり花  大石ひろ女
胸冷ゆるまで滝音に近く居る
薄墨の尼の衣手ねぢり花
未だ青き匂ひの茅の輪くぐりけり
拍手に男の気迫祭来る
博多山笠走る男に力水
青田風海に傾るる千枚田


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

 大村 泰子

夕虹の尾のふれゐたる湖畔かな
水音の空へ抜けゆく青胡桃
一舟に夏霧うすれゆきにけり
手水鉢乾いてをりぬ鳳仙花
鍵盤に日焼けの指を置きにけり


 後藤 政春

飴売りのこゑの近づく夏木陰
南天の花のこぼるる鬼門かな
夕焼や舞ひ戻り来る竹とんぼ
枕辺に激つ瀬の音鮎の宿
水打つて郵便受を覗きけり



白光秀句
白岩敏秀


手水鉢乾いてをりぬ鳳仙花  大村 泰子

 かってはどこの家にも手水鉢はあったように思う。石の窪みに溜めた水を柄杓で汲んで手を洗ったものである。汲むといってもごく少量で手を濡らす程度だった。今では上水道が普及してほとんど見られなくなった。
 過去の遺物のような手水鉢と今を盛りの鳳仙花。しかし、華やかな鳳仙花もやがて枯れるが、手水鉢は存在する。この世の変と不変の交叉なかで、時代を超えた存在が冷徹な目でスケッチされている。
 一舟に夏霧薄れてゆきにけり
 どことなく東洋画の趣のある句である。舟とあるから櫓で操作するのであろう。舟を操る櫓音から舟人の姿、聴覚から視覚への変化が見事である。霽れきらぬ夏霧に朧な姿を見せながら、舟は尚も湖心へ進んでいく。
 夏の湖面に繰り広げられた早朝のパントマイムのような一シーンである。

水打つて郵便受を覗きけり  後藤 政春

 日が西に傾きかけた頃、一日の暑を払うために打ち水をする。打ち水が終わったら郵便受けを覗く。それが日課である。
 日常がなんの気負いもなく詠まれていながら、平凡に終わっていない。打ち水の涼感と郵便受けという来信の期待感が作者と読者に共有されるからだろう。
 したたかに水を打たれた庭木の緑の滴りが涼しげである。

紫陽花をすぱりすぱりと剪りにけり  安澤 啓子

 まことに小気味好い句である。
 あの大きな花の毬を鷲掴みにしながら、剪定鋏で思い切りよく剪る。てのひらのような大きな葉も同様である。紫陽花はちょきちょきと剪定しても駄目なのである。
 「すぱりすぱり」の擬音が紫陽花の大きさを彷彿とさせ、剪定後の爽やかさを想像させる。狙いすましたような擬音の効果である。

女滝なれどはげしき飛沫かな  福永喜代美
 
 この句には女滝はおとなしいものという思いが前提にある。その思いと女滝のはげしさを眼前にしたときの気持ちの落差。落差の大きさが作者の驚きの大きさとなって表現されている。
 自然は人智を越えた存在。この女滝も綠に囲まれた山中で、気の遠くなる時間をはげしい飛沫と共に過ごしていくのだろう。

炎天下素通りしたる郵便夫  田久保峰香
 
 素通りした郵便夫には罪はないのだ。じりじりと照りつける暑さが感情を沸騰点まで押し上げる。そのぎりぎりの極限のところで郵便配達バイクの音が近づいてきた。しかし、バイクはなんと家を素通りしてしまったではないか…。
 我家に停まることを期待していた訳ではないが、素通りされると無視されたようで暑さがよけい募ってくる。どこかに誰かにこの暑さをぶつけたくなる炎天の一日であった。

吊革に総身あづけ日焼の子  池田 都貴

 この日焼は部活でのものか海水浴でのものか作者は説明していない。しかし、吊革に「総身あづけ」は少年が今日を精一杯使い切ったことを物語っている。遊びにしろ部活にしろ少年が真摯に過ごした貴重な一日であったに違いない。
 家に帰ればおいしい夕飯とあたたかい家族が待っている。

井戸浚ふ底より響く男声  渡部 信子

 井戸は掃除し手入れをしないと涸れてしまう。かって私の田舎でもよく井戸浚をしていた。
 全裸に褌を身につけただけの男が水抜きをした井戸に降りてゆく。そして、あれ下ろせこれ下ろせと井戸底から声をかける。声は寒さに震え、井戸壁に反響してうまく聞き取れない。男は十分ぐらい作業して、唇を紫にして井戸から上がってくる。井戸底はかなり冷えるそうだ。
 清冽な水を確保するためには、つらくても必要な作業である。

向日葵や初めてもらふ通知表  太田尾利恵

 一年生にとって初めての夏休み。そして一学期を頑張って親以外から評価される初めての通知表である。恥ずかしそうに誇らしそうに通知表を手にした姿が微笑ましい。
 友達と通知表を見せ合い隠し合いしながら下校していく子ども達。そんな子ども達をのっぽの向日葵が笑って見ている。



    その他の感銘句
鉄棒に鉄の匂ひのして晩夏
音立てて夏霧迫る修験坂
きちきちの見えざる距離に飛びにけり
凌霄花訪へば明るき声かへり
渦を巻く二百十日の洗濯機
夕涼み夕餉の食器浸けしまま
河童忌やのつぺらぼうの河原石
不器用な一日が暮れて夏の月
走馬灯知らぬ月日を廻しをり
老松の幹のひび割れ苔の花
籠枕あるからちよつと横になる
家中が焦げる臭ひのして酷暑
日盛りや菊の整枝の仮結び
定刻に夏服の顔そろひけり
万緑の端に小さき牛舎かな
荒井 孝子
安達美和子
高野 房子
錦織美代子
坂田 吉康
榎並 妙子
新村喜和子
米沢  操
梶山 憲子
池森二三子
大山 清笑
飯塚富士子
大澤のり子
前川美千代
山羽 法子


鳥雲逍遥(9月号より)
青木華都子

正面に舞台石置く蓮の池
次の世も女がよろし月見草
不忍池に二三花かぞふ蓮の花
童顔の敦盛像や須磨涼し
朝の気を肺腑に落す滝仰ぎ
輪郭の潤みてゐたる梅雨の月
梅雨晴の湖望む祝ぎの宴
ほんのりと紫がかる白菖蒲
声かけて涼しき馬の瞳かな
風の梳く沼の河骨咲き初むる
下草のきれいに刈られ恩賜林
高僧とすこし話しぬ田植寒
短夜や化粧されたる辻地蔵
蛍火や産土の山黒々と
山寺の起伏を埋めて濃紫陽花
被写体に三脚づらり蓮の花
遠雷を雷の子と詠む師の忌かな
富士の山浮かべ雲海波打てり
万緑の樹海を抜けて甲斐の国
逢ふときも別るるときも髪洗ふ

富田 郁子
桧林ひろ子
寺澤 朝子
今井 星女
金田野歩女
大石ひろ女
清水 和子
辻 すみよ
源  伸枝
浅野 数方
渥美 絹代
森山 暢子
西村 松子
柴山 要作
荒木千都江
久家 希世
篠原 庄治
竹元 抽彩
福田  勇
桐谷 綾子



白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

 唐 津  田久保峰香

読みさしの本顔にあり昼寝覚め
真四角の角よりくづす冷奴
佐賀平野吸ひ込みさうな雲の峰
灼けてゐる滑り台にも児の寄り来
大蓮の風ゆさゆさと通りすぐ

 
 旭 川  平間 純一

駈け抜くる杜の痩せ栗鼠栗の花   
緋袴の巫女の小走り未草
心太むかし父との風呂帰り
屯田まつり山車の八尺太鼓かな
太鼓打つ片肌脱げる乙女かな



白魚火秀句
仁尾正文


大蓮の風ゆさゆさと通りすぐ  田久保峰香

 人の背丈を越える蓮、北国の蕗程の大きな葉、これらを揺らして風が「ゆさゆさ」と通り過ぎている。豪傑のような趣のある風を描いてスケールの大きな秀句となった。こういう景を見せられると誰もが気宇壮大になる。
 掲句を見て
  ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな  村上 鬼城 
の類句でないかという者があるかもしれない。鬼城の句も大らかで力強いが類句ではない。峰香作は豪放な風を描いて思念的でもある。強いて言えば「本歌取」という詩歌における一手法と言えばいえる。

屯田まつり山車の八尺太鼓かな  平間 純一

 屯田兵は、北海道の警備と開拓のため作られた兵制で、一八七五年(明治八年)に設置され一九〇四年に廃止になった。掲句の屯田まつりは旭川の一集落で行われている。明治二十年代、屯田兵たちは饑と寒さで筆舌に尽し難い苦労をしたが強い団結によって開拓の実を挙げた。その苦難を詳さに見てきた子孫達が夏の一日屯田まつりを盛大に行って父祖たちをねぎらっているのである。
 祭山車の中には八尺(二・四メートル)もある大太鼓が納められているので山車も祭も規模が大きい。大太鼓の上面の左右には乙女が一人ずつ太鼓に跨がり撓るようなバチで下向きに打つ。下には若衆が左右に二人、これまた同じようなバチで叩く。
 開拓二世三世などの先人も後継者が今も連帯を大事にしていることに満足していることであろう。

タクシーといふ冷房を拾ひたる  大山 清笑

 今年の猛暑は四十度を越える所もあり桁外れである。
梅雨明くときっぱり宣べぬ気象庁 松原政利 
の如く例年へっぴり腰の気象庁も連日の猛暑に怖れをなしていつもより一週間も早く梅雨明けを宣言した。猛暑により熱中症で何万かが死亡したとのことで、猛暑下のハードなスポーツには熱中症対策が講じられている。
 頭掲句。「冷房といふタクシー」には万人が賛同するであろう。既にして卒寿を越えて尚現役である作者のユーモラスで回転のよく効く頭悩に拍手を送ろうではないか。

夏出水床上までも押し寄する  齋藤  都

 こうした猛暑の中にあって、所を構わず、時を構わずして一時間に八十ミリもの豪雨が襲来する。ある地区では一家五人が土石流に呑まれて死亡したというニュースに驚いた。今年は偏西風が日本列島の周辺で大きくうねりそれが各地の豪雨の原因だというが、専門家も予想が不能だという。
 掲句の「夏出水」は出水の副季題として歳時記にあるが、大方は梅雨出水という観点から余り注目しなかったが、今年の突如として起きる出水にはぴったりした季語だ。それにしても「地球病む」を想起させる「夏出水」だ。

湖に夕風立ちぬ洗鯉  檜林 弘一

 洗鯉は、刺身よりも薄く削いだ鯉を氷水で緊め、酢味噌、辛子味噌やわさび醤油などで食べる。涼感を呼ぶためガラスの器を用いたり、氷をあしらったりする。湖に夕風が立つ頃はさすがの炎暑も少し和らいで涼しくなり始めた。句は上句の景に「洗鯉」を置いて場面の転換が鮮やか、一句に速度が出た。

母と焚きし門火今年は母に焚く  山本 康恵

 毎年母と門火を焚くのを恒例としていたのに、今年は門火をその母を迎えるために焚くことになった。何時かはこういう時が来るだろうと思っていたが、死というものは、ある日突然に来るのである。

碑の名前をなぞる広島忌  貞広 晃平

 原爆が投下された広島市より十五粁程離れた所に居た当日、ピカッと閃光が走り、少し絶って大きな音が響いた。出て見ると島山の上に白銀のきのこ雲が立ち上り、見る見る雲の内部が灼熱色になった。夕方には雲は崩れ焼け爛れた赤い雲が空一杯に拡がっていた。広島市では一瞬に夥しい人が死に、今も毎年被災者名簿に死亡者名が書き加えられて納められている。掲句の碑も被災者名を新たに彫り加えたものである。その名前をなぞっているのは、ゆかりの深い人を惜しんでいるのであろう。悲しみが又一つ増えた。

生きてゐる今日に乾杯生ビール  高樋 保子

 今生きているという事は何物にも勝る幸せである。ジョッキを高く掲げて乾杯しよう。


    その他触れたかった秀句     
丘陵を風の転がるラベンダー
箱入りのさくらんぼ皆同じかほ
仏壇の中より系図きらら虫
男らは汚れが誇り祭足袋
師の忌来る南部風鈴夜もすがら
背負ひたる日除の茣蓙を刺す日差し
遅々として進まぬ時間熱帯夜
松籟の礼服揺らす土用干
盆棚も仮住ひなる箱の上
一碗の茶を点てにけり雨祝
入道雲眼の前にあり岬道
地蔵会の僧に日傘を差し掛けし
朝毎に新たな花を白木槿
出家してしづかな目許沙羅の花
ノルウェーに忘れし母の夏帽子
花木 研二
佐藤 升子
宮澤  薫
鍵山 皐月
荒井 孝子
藤浦三枝子
今村  務
井上 科子
佐藤  勲
原  和子
岡本 正子
本杉智保子
長谷川文子
神田 弘子
前田 和子

禁無断転載