最終更新日(Update)'10.04.30

白魚火 平成17年3月号 抜粋

(通巻第657号)
H21.11月号へ
H21.12月号へ
H22.1月号へ
H22.2月号へ
H22.3月号へ
H22.4月号へ


3月号目次
    (アンダーライン文字列をクリックするとその項目にジャンプします。)
季節の一句    水鳥川弘宇
「春菊」(近詠) 仁尾正文  
曙集鳥雲集(一部掲載)安食彰彦ほか
白光集(白岩敏秀選)(巻頭句のみ掲載)
       
西村松子、山田春子 ほか    
句会報 静岡白魚火 紫陽花句会
白光秀句  白岩敏秀
白魚火集(仁尾正文選)(巻頭句のみ掲載)
          計田美保、渡部美知子 ほか
白魚火秀句 仁尾正文

季節の一句

(佐賀) 水鳥川弘宇


卒業歌今も忘れじ口ずさむ 吉原ノブ
      (平成二十一年七月号 白魚火集)
 流行歌はいつの間にか忘れてしまうが、卒業歌だけは時々口ずさんでいる自分におどろくことがある。身体の隅々にしみついているのだろう。ノブさんもそうなのだろうか。お店を守りながら小声で卒業歌を口ずさんでいるノブさんの姿が浮かんでくる。ノブさんは私が以前住んでいたお隣の雑貨屋さんのおばさん。物知りで楽しいおばさんである。俳句に興味があったのだろう。お店があったので俳句会には出席できなかったが、いつの間にか不在投句をされるようになって、間もなく白魚火の仲間になって頂いた。
 ノブさんの家の横に小さな地蔵堂がある。買物の行き帰り、地蔵堂の道を通るが、地蔵堂に籠って合掌をしているノブさんの姿を、時々見かけることがある。最近ノブさんの姿を見かけないと思っていたら、軽い脳梗塞で入院されたと聞いた。しばらくしてお見舞いに行くと病人とは思えない元気さで安心した。養護ホームでは習字を習っておられるそうで、枕元には入選された花丸印の習字が貼られていた。

日曜も朝寝できないつばめ宿 吉原ノブ
     (平成二十一年七月号 白魚火集)
 ノブさんらしいやさしい一句だ。お元気だった頃は割烹着姿でお店を取り仕切っておられた。雑貨屋なので人の出入りが多かった。家がいつも開けっ放しのせいか、人の出入りと共につばめの出入りも賑やかだった。軒先には子燕がいつもぴいぴい啼いていた。つばめ宿というのがノブさんらしいやさしさだ。
 ノブさんの裏にある猫柳をひと枝いただいて挿し木したら、しっかり根付いて大きくなった。文机の猫柳もノブさんの猫柳だ。今朝養護ホームからノブさんの句稿が届いた。親切な養護ホームの職員さん。幸せなノブさんだ。九十一歳になられる。


曙 集
〔無鑑査同人 作品〕   


 春 一 番 安食彰彦

薄日さす蔵の二階の雛箱
紅梅を池のほとりに公家の庭
梅の古木見つつ別れを告げにけり
風船を数へ富山の薬売
吟醸酒つまみに白魚酢味噌和
春一番出雲の国の千木に吹く
啓蟄や税務署よりの還付金
恋猫の声の走つて去りにけり


 三月の風  青木華都子

芽吹き急雨のち晴れの日曜日
雲一つなき空春の鳶一羽
こそばゆき三月の風耳朶に
探梅や口紅の色変へもして
雨粒をふふみ紅梅二三輪
黄梅や窓といふ窓開け放ち
がたぴしと合はす立て付け春障子
春落葉踏むかさこそと赤い靴


  農夫の手  白岩敏秀

流木の年輪乾く風二月
永き日を飛んで雀の降りて来ず
春泥の歩幅大きく角曲る
ろんろんと音の流るる雪解川
春光やまだ働かぬ農夫の手
白子干いくたびも影均らしけり
地に子供剪定鋏空に鳴る
道草の子にざりがにの水温む


 古伊万里   坂本タカ女

寒紅を引く能面の面して
千切れそな喪服の釦寒九かな
紙詰めて鼻血を止むる薬喰
錺屋の一間間口風花す
古伊万里の匣紐を解く雪しづれ
深雪晴ピアノの練習曲聞ゆ
青空の動きだしたる雪を掻く
春隣る縁取り紅き和菓子熨斗


   雨 水  鈴木三都夫

涅槃会の供花の一枝の枯れてをり
涅槃図の声なき声の泣き満てる
華やぎを再びとどめ落椿
針の芽の茶山に潜む雨水かな
たまゆらの命愛しむ蝌蚪の水
せせらぎの返す日差しも春隣
見晴らしの富士へ翳せし桜の芽
確かめて初音でありし二タ三声
 春 一 番 水鳥川弘宇
昼静か椿一輪活けてより
春の旅女ばかりの席にゐて
まだ夢のごとし昨夜の火事騒ぎ
百万の松をゆるがす春一番
春夕べ横一列に子等帰る
長々と届くファックス日脚伸ぶ
領巾振嶺ひと廻りして鳥帰る
鵲の険しき声の余寒かな

 芽 吹 き 山根仙花
春を待つ色となりゆく雑木山
峡に春来る郵便受真赤
瘤多き幹早春の日を集め
青空は広し広しと木々芽吹く
木々芽吹く空あたらしく海へのぶ
大いなる闇のかぶさる落椿
浸しある砥石の水のぬるみけり
春雪をもて粧ひし山河かな

 酒 蔵  小浜史都女
酒の精宿る酒蔵冴返る
佐保姫の来て柳川の水乾せり
堀干してありよるべなき糸柳
うなぎ屋の老舗の二階雛飾る
青竹の結界雛の緋毛氈
角樽の並ぶ生家に雛飾る
白秋生家勘定部屋の春障子
浅春のうみたけめかじやくらげかに

 御 堂  小林梨花
新しき甍の御堂鳥雲に
御堂から御堂へ渡る廊余寒
透かし見る御堂の中は春の闇
歳月の遥けき苑や牡丹の芽
ちちははの眠る本廟冴返る
ほんのりと無量寿堂の春灯
芽吹く木々背に鐘の一打かな
古都包む空の暮色や鳥帰る

 天 日  鶴見一石子
陪塚の無頼貌して蕨長く
十九番札所を距て蕗の薹
天日をたまはり菊の根分かな
語部の惚けもよろし蓬餅
金色の侍塚の蕨かな
けふの運勢明日の運勢春北斗
首塚に時を過しぬ母子草
晩節は文字の欠落山笑ふ

 野 火  渡邉春枝
鍬入れて土やはらかき雨水かな
北窓を開きて迎ふ月忌僧
抹茶碗両手に包む遅春かな
まんさくや大蛇伝説のこる池
国道を跨ぎて野火の立ち上がる
でこぼこに乾く足跡鳥帰る
藍染の藍の匂へる朧月
三段に落つる水音木々芽ぶく


鳥雲集
〔上席同人 作品〕   
一部のみ。 順次掲載  

  風  車  奥田 積
三椏の花にはじまる隠れ里
まんさくや川面に透ける魚の影
早春の山を動かす風車かな
沈丁や風を溜めゐる港町
旧道は宿場街道花なづな
大鉤で開くる蔵の扉牡丹の芽

 自給自足   梶川裕子
護摩木焚く追儺の煙堂に満つ
舟寄せに浮かぶ芥や椿東風
庫裡裏に自給自足の春子榾
垣繕ふ漢二人の阿呍かな
御城下に半間路地や蜆汁
看板の一字欠けをり涅槃西風

 雛 飾 る  渥美絹代
剪定の枝の短かく束ねられ
青き枝咥へゆく鳥涅槃西風
雛飾る川に大きな渦生まれ
二階にも小さき雛を飾りけり
雛の間に嫁ぎたる子の泊りゆく
雛あられ雲生まれてはほどけては

  春 の 雪  池田都瑠女
喜寿吾に試練の春の雪どかと
如泥臼洗ふ波あり真菰の芽
語部は絣のもんぺ春の炉に
社家の庭拳のゆるぶ牡丹の芽
童謡を口ずさむ夫花菜道
北帰行葱匂ふ手を翳し見る
 余 寒  大石ひろ女
屏風絵の虎の目動く余寒かな
石ひとつ廻りてゐたる蜷の道
冴返る石狐の細き糸切歯
人形の遠まなざしや春の雨
紅梅や水琴窟の音澄みて
果てしなき水平線や鳥帰る

 雛の孤独  奥木温子
空青し谺の転ぶ結氷湖
風花や頷くのみの別れかな
神木の瘤にまた瘤春の雪
鴨帰り湖は日に二度色変はる
屋敷神に納まる雛の孤独かな
春疾風雲片寄せて鳶の輪

  霾  清水和子
針使ふことを疎んじ針祭る
止まれば流されてゆく春の鴨
函嶺を借景として梅の園
霾や製紙工場の煙真白
飛行機の発つ頃なりぬ春の雷
春菊の芯に早くも蕾かな

  涅槃絵図  辻すみよ
田の神の石の菅笠草萌ゆる
枝垂れ梅枝に力の見えにけり
若布刈り竿を杖にし上り来る
涅槃絵図裾を余して吊るさるる
御忌の婆体丸めて手を合はす
地虫出づ行先決めてゐるごとし

白魚火集
〔同人・会員作品〕 巻頭句
仁尾正文選

      東広島  計田美保

男雛女雛描ける貝を合はせけり
春の宵五人囃子のジャズ演奏
犬筥を雛道具に加へけり
雛道具かたづかぬまま日暮れけり
京扇女雛にそつと持たせけり


         出雲  渡部美知子

問診票埋めてひと息春浅し
裏木戸に手の平ほどの雪残る
堂縁に春日を受くる膝小僧
春の田の真中に干せる産着かな
貸本屋の留守頼まるる春の午後


白魚火秀句
仁尾正文
当月英語ページへ


犬筥を雛道具に加へけり 計田美保

 三月三日の雛祭は、人日(一月七日)上巳(三月三日)端午(五月五日)七夕(七月七日)重陽(九月九日)の五節句の中で最も華やかなもので『日本大歳時記』では副季題が四十六個とずば抜けて多い。雛祭が貴族階級から庶民に至るまで広く祝われていたことが分かる。だから、俳句作品においても同じパターンすなわち類想句が山とあった。
 四季の移り変りの正しい日本の国土で、同一民族の日本人が同じような季物を見て同じように思うのは、けだし当然で、類想句を恐れていては句は作れなくなる。(類句は許されないので選で除去される。他からアドバイスがあれば先人より秀れてない句は取り消すべき)、類想句もほんの少しでよいから新しみを出す努力を俳人すべてが心掛けなければならない。
 掲句は、その意味で少し目新しい。犬筥というのは、雌雄一対の犬が臥した姿にかたどった張子の容器。室町時代より、産所や寝所で用いるものを入れた。犬は産が軽く、また魔除けとされたので、出産、生育の守りとなり雛段に飾られた。
 犬筥を雛道具に加えたという所に親しみを感じたのである。
堂縁に春日を受くる膝小僧 渡部美知子
 
 この句の主人公は、早春ながら半ズボンの膝をむき出しにした少年。擦り傷や切り傷が絶えない向う脛を見せている膝である。拝殿の縁に足をぶらぶらさせながら春の日を浴びている。寒中も半ズボンで過してきた少年の脛は顔の皮膚と同じ位寒さには強いが、暖かい春光に当り一段と逞しく思えた。作者は眩しい思いでそれを見ている。

オルガンを残し閉校木の根明く 平間純一

 学童の数が減り続け、過疎の山村、漁村に廃校が続いたが、今は市街地にも及び、統合されたものは廃校になっている。同掲に「鰊群来」の廃校の句があるので、小樽付近の日本海側の漁村のようだ。残雪に木の根が明いて自然は春の息吹きを見せているのに、この町は寂れが増してきている。「オルガン残し」が切ない。

夕星の空に張りつく余寒かな 田中ゆうき

 立春後の寒さには、凍戻る、冴返る、寒戻り、春寒など色々な呼び方があり、ニュアンスが少しずつ違い、寒さも同じではない。その中で余寒は言葉のひびきも緊り、寒さも一番厳しいように思う。「夕星が空に張りつく」としっかり写生し「余寒かな」とかな止めにした敍法が凜烈な春の寒さを十分に表現している。

豪雪を掻くべく朝の舌下錠 高橋圭子

 作者は心臓に疾患を持っているようだ。朝起きてみると予想を越える大雪で、雪掻きをしなければどうしようもない状態である。舌下錠を予め飲んで作業にかかったということは啻ならぬ豪雪だったことを、雪のない地方の者にも十分に伝えてきた。

山国の節分草は風の花 柴山要作

 三十キロ程離れた奥三河に節分草の群落がある。これを見てきた者の話では、茎丈が十センチ程で、小さな白花が愛ぐしく、カメラマンが腹這いになり接写していたという。掲句の「風の花」と断定した写生がいさぎよい。

鶯のこゑ幼なかりほほほほほ 鳥越千波
 
 鳴き初めの鶯の「とちり鳴き」は沢山詠まれているが、この句の「ほほほほほ」が面白い。「ホーホケキョ」の「ホー」が出なく「ほほほほほ」となったが女性の手を口に当てた笑い声に似ていて、楽しい。

剪定や十戸に足りぬ字住まひ 大城信昭

 作者は市街に一戸を構えているが、山がかりに生家があり親たちが住んでいるようだ。暇を見つけては生家へ帰り家事を手伝っている。小さな字であるが作者が郷関を出る迄の思い出が詰っており、近隣の人々との親戚以上のつき合いが往時のまま残っているのである。

日脚伸ぶ遅れがちなる花時計 大塚澄江
 花時計は公園や広場の、いわばアクセサリー的なもので時刻を見るためのものではない。日脚伸ぶ頃のゆったりとした時の流れが花時計を遅れがちにして、読者をくつろがせる。

保健室第二卒業式場に 杉原 潔
 
 学校の保健室は体調不良のとき来るだけでなくストレス発散に寄る生徒もある。生徒に慕われた教師のために卒業式後保健室に生徒が大勢集って謝恩したのである。秀句だ。

    その他触れたかった秀句     
屋根に乗り高枝を伐る日永かな
水替へて水替へて餅なくなりし
地下足袋を履いて健康山笑ふ
人生のたつた一日大試験
雛飾る郵便局も交番も
洗濯の白衣の香る初音かな
木の根明く一夜の雨に急かされて
芽出し雨山けぶらせて一頻り
白梅や共に米寿の尉と姥
老といふ未知なる世界春霞
春暁のまだ誰も来ぬ駐車場
春うらら牛飼牛の意を解す
父母ありし時に求めし梅の鉢
新しきジョギングの靴青き踏む
遺言を下書きしをるおぼろかな
大久保喜風
内田景子
峯野啓子
小林さつき
星 揚子
田口 耕
西田美木子
篠原庄治
森井杏雨
佐野智恵
中田秀子
鮎瀬 汀
久次米誠至
橋本公子
山根寿々


白光集
〔同人作品〕 巻頭句
白岩敏秀選

  西村松子

狐啼く山里は薪高く積み
きのふ見し初蝶の黄を野にさがす
庭園の水方形に温みけり
春一番竹林は艪の音を生み
蘆芽組む汀に鋤簾寝かされて


  山田春子

産声のあがり静かに雪降り積む
きりきりと入日切り込む寒の海
紅梅の蘂笑ふごと香りけり
鮟鱇を庭木に吊す漁師妻
くちびるに微熱の残る冬林檎


白光秀句
白岩敏秀

春一番竹林は艪の音を生み 西村松子

 艪の音は手漕ぎ舟の立てるギイギイという音。手漕ぎ舟は今ではほとんど見かけなくなった。
 この句、大きな季語の「春一番」と小さな手漕ぎ舟の対比に驚く。しかも、竹の軋み音を艪の音と捉えたことも独特だ。
 春一番に大きく揺れる竹林は波のうねりともとれ、竹の軋みは大波に翻弄される手漕ぎ舟ともとれる。陸上にあって、さながら大海の荒れを見ているごとくである。
 春一番が過ぎれば竹林も波も静かになり、木の芽がほころび始める。受けなければならない季節の試練である。
 きのふ見し初蝶の黄を野にさがす
 人は、時には過去を美しく振り返ってみることがある。そして、それを再現してみたいと思う。
 初蝶の黄と出会ったのは昨日のこと。初蝶との美しい時間を今日へつぎながら再び野に立って黄蝶を探す。それがよしんば困難なことであっても、美しさとの出会いを求める作者の姿勢にロマンを感じる。

産声のあがり静かに雪降り積む 山田春子

 俳句は時として思いがけない出会いをするものだ。この句で言えば、「産声」と「雪」。散文であれば「産声のあがり」と「静かに」にの間に説明の文章が入るところだが、掲句は無理なく結びついてしまった。
 元気な産声をあげて、生命力に溢れる小さい赤ん坊を包み込むように静かに積もる雪。普段であれば厄介ものの雪が、ここでは赤ん坊を祝福するものとして描かれている。
 雪や積雪というマイナスイメージを健康で明るいものに変えたのは健やかな産声であり、作者の力量であろう。

春田より春田へ声を掛け合へる 挟間敏子

 隣り合う田の所有者は昔から力を貸したり借りたりして、協力し合って田を守ってきた。
 今は春の耕しの季節。のどかな日差しのなかで、耕耘機が薄煙を吐きながら機嫌よく土を起こしてゆく。
 おや、お隣さんも耕しに出てきた。というわけで耕耘機を並行させながら、またすれ違いさせながら、お互いに声を掛け合って春田を耕していく。うららかな、うららかな日本の春耕の光景。

厨妻指の先より春に入る 伊東美代子

 五体のうちで一番初めに水に触れるところは指先。その指先が素早くキャッチした春である。厨での水仕事に水の微細な差異に気付いた感覚が繊細だ。
 使う水はまだ冷たいが、指先に触れた小さな春はやがて大きく身体全体を包む春となる。
 厨という狭い空間から大きく広がっていく春に、弾むような期待感のある句である。
  
末つ子に張る意地のあり雛祭 齋藤 都

 雛祭とあるから末っ子は幼い女の子だろう。いつもは親の言葉を素直に従っていた末っ子が、今日は意地を張って自分の意志を通そうとしている。初めて見せた自立心である。思わぬ意地に対する驚きが「あり」の断定にある。
 雅な雛や華やかな調度品の並ぶ雛の間のちょっとした異変だが、末っ子の小さな意地や作者の驚き包み込んでしまう楽しい雛祭である。

母子草畦に昼餉の座を広げ 山本美好

 春耕の昼餉時。畦にはシートが大きく広げられている。
 昼弁当は子ども達が運んで来たのだろうか。「座を広げ」とあるから、一人や二人の狭い座ではなさそうだ。親子揃っての楽しそうな昼餉の様子が見えてくる。
 母子草を揺らした穏やかな風が働いた身体に心地よく触れてゆく。
 大人も子どもも一緒になって、田を耕した遠い記憶に懐かしく繋がる。

休日の父と子にある干潟かな 荒木友子

 無駄のない言葉運びが広い干潟での父と子の姿をクローズアツプしている。二人は掘った貝を見せ合い、大きさを比べ合って楽しそうである。子にとって父と協力して、何かをするということは初めての経験であったろう。
 潮の満ちて来るまでの短い間だが、父と子には何時までも忘れられない貴重な時間だ。

病院の待合室のチューリップ 櫻井三枝

 見たままが一気に詠まれていて、しかも病院→待合室→チューリップと焦点が絞られている。特にチューリップがいい。ここにはこの花以外にないと思う。色は、看護師の白衣に似合う一輪の赤ならなおいい。

    その他の感銘句
若布刈舟平家滅びし浦凪ぎて
盆梅や書棚には未だ工学書
春立ちて男四人の製材所
生きがひを地下足袋暮し畑を打つ
春浅し膝で進みて焼香す
三月の音聞きに行く日本海
球根を植ゑてそれからずつと雨
割り算に奇数の残る大試験
春の虹二つの島をつなぎけり
睦月尽最終ランナー走り抜け
足跡の形から解け春の雪
本降りになるまで山田耕せり
通されてほのかな明り春障子
ごむ毬の弾んでゐたる春田かな
歯科医院出て美容院春近し
岡田暮煙
大城信昭
田原桂子
村田相子
坂田吉康
竹元抽彩
吉村道子
花木研二
広瀬むつき
松本光子
星野靖子
杉原 潔
荒木 茂
久保美津女
岡本千歳

禁無断転載