最終更新日(updated) 2015.02.02

平成26年平成25年度 白魚火賞、同人賞、新鋭賞   
           
      -平成27年2月号より転載

 発表

平成二十七年度「白魚火賞」・「同人賞」・「新鋭賞」発表

  平成二十七年度の成績を総合して下記の方々に決定します。
  今後一層の活躍を祈ります
              平成27年1月  主宰  白岩 敏秀

白魚火賞
 阿部芙美子
 大隈ひろみ

同人賞
 原  みさ
 
新鋭賞
 山田 俊司

 白魚火賞作品

 阿部 芙美子      

      愁  思
遷宮の済みたる伊勢の二月かな
受験生明日の自転車磨き終へ
花種を貰ふ右の手左の手
遠足の散らばつて行く丘の上
公園の小さき砂場や鳥の恋
夜桜や温燗頬でたしかめて
鰻重の隣の席が見えにけり
女らの膝くづしをり川床料理
踏鞴ふむ刀工汗のほとばしる
蓮の葉の大きく風を返しけり
七夕や金平糖は舌に溶け
踊りの輪下駄踏む音の揃ひけり
竹を伐る嵯峨野を籬伝ひかな
秋さぶや人の流れの中にゐて
愁思ふと孔雀の羽のひらくまで
行く秋や指の隙間を砂零れ
かぶりつく厄除け団子冬ぬくし
裸木や溢るるほどの日を纏ひ
大寒の手を浄めけり五十鈴川
探梅行空の明るくなりにけり

  大隈 ひろみ   

    薫  風   
泊り船多き一湾年立てり
風花や薬草煮出すにほひして
待春や青菜刻みて嬰の粥
千年の秘仏守る寺初ざくら
紙風船音を大きく畳みけり
五月来る花屋の前の道濡れて
薫風や天守に届く子らの声
やはらかにもの言ふ人と新茶汲む
せんせいが大好きな児の汗を拭く
かき氷くづす応えの無きままに
羅や老女の膝の謡本
さはやかや礼状の墨濃く磨りて
白無垢にかざす朱の傘秋うらら
深秋の忘れしころに鳴る添水
そこここに日曜画家や鵙日和
山城の曲輪堅固や冬すみれ
足袋のみを商ふ京の店格子
冬凪の瀬戸に置きたる島いくつ
山茶花や角曲がりゆくランドセル
吹き寄せの干菓子の紅に年惜しむ


 白魚火賞受賞の言葉、祝いの言葉

<受賞のことば>  阿部 芙美子             岡 あさ乃  

この度は、白魚火賞を有難うございました。
 今まで元気でいてくれた九十六歳の母が十月十八日に逝き、初七日をすませ、普通の暮しに戻って仕事を終えて帰宅した夕方、ポストに白魚火社からの薄い封筒が入っていました。
 マンションの部屋までの階段を上がりながら何気なく開いて読んだ時には、嬉しいというよりも驚きと戸惑いが頭の中を駆け巡り、まだまだ力不足の私が本当に戴いて良いものかどうか不安にもなりました。
 俳歴ばかりが長く、平成五年に新鋭賞を戴いてから、忙しいことを言訳に二十年も過ぎての受賞に、今までの勉強不足を今更ながらに恥じております。
 俳句を始めたのはまだ仕事を頑張っていた四十歳代。趣味の山登りに毎週のように出掛けていました。元気に登っていられる内は良いけれど、登れなくなる時がきっと来る。その時の為に何か老後につながる他の趣味を持ちたいと思い、たまたま社会保険センターの俳句教室がある事を知り「円坐A」の第一期受講生となりました。
 講師は仁尾正文名誉主宰と現在の「円坐」の講師である黒崎治夫先生でした。先生達も現役でまだまだお仕事がお忙しい中、熱心にご指導下さいました。夕方六時からの講座は私にとっても仕事を抜け出せず句会に遅刻する事が多々ありました。
 それでも現在があるということは諸先生方や先輩、句会の仲間に恵まれたお蔭と深く感謝しております。
 今はデイサービスへパート勤務し、来所された方々との俳句教室やシルバーサポーターとして老人会への健康体操指導、朗読など、忙しい中にも楽しみ乍ら、張合いのある日々を過ごしています。これからもこの賞を励みとして弛まず精進したいと思っております。誠に有難うございました。


経 歴
本  名 阿部 芙美子
生  年 昭和二十一年
住  所 静岡県浜松市

俳 歴
平成元年   社会保険センター俳句会に入会
平成二年   浜松白魚火入会
平成四年   白魚火同人
平成五年   白魚火新鋭賞
平成十六年  俳人協会会員


  <阿部芙美子さんのこと> 上村  均

 芙美子さん白魚火賞受賞お目出度うございます。
 浜松社会保険センターの俳句講座は平成元年四月に始まり芙美子さんは第一期生として俳句の道に進むこととなった。私も少し遅れて仲間入りをした。私達は仁尾正文先生、黒崎治夫先生のご指導の許に俳句道を進んだ。
  ほほえみを一つ返され春隣
  山一つ越える度ごと紅葉燃え
 この二句は芙美子さんの初期の作品で、一句目は果実の様な新鮮性を持ち、二句目は自然詠の明るさが見られる。この時期は瑞々しく骨格のしっかりした句が並んでいる。
 芙美子さんは努力と素質がものを云って平成五年に新鋭賞を受賞している。その早さに並々ならぬものを感じる。
  言へぬことマスクの中で小さくいふ
  ふらここを大きく振りて立ち去れり
 新鋭賞受賞当時の句で、一句目は鬱積した気持ちをマスクの中で小さく言葉に表すという気分の有様が上手に表現されている。二句目はふらここを大きく揺らして立ち去る景が心情的に描かれている。対象物の把握、表現が素晴らしい。
 新鋭賞受賞以降の足跡を辿ってみる
  徒夢は星の数ほど犬ふぐり
  剪定の梯子揺らして下りてきし
  端居せる母の近くにをりにけり
 常日頃の願望が夢として具現される。それが儚いものであろうと、空しい物であろうと人は夢を見続ける。侘しいものである。二句目は庭師の動きが巧みに表現されている。芙美子さんは色々な角度からお母さんを詠んでいる。これはその中の一つで優しい心使いが感じられる。お母さんは先日急逝された。 合掌
 人事作品の表現には優しさと奥行がある。
  空と海分かつ辺りや鳥帰る
  落日の海へ海へと棚田刈る
  村祭豊かに川の流れをり
 空と海が分かつあたり飛翔する鳥の群を詩的に表現。二句目は落日の海の方へ棚田を刈って行く、遠近を巧みに掴んでいる。三句目は豊かな川の流れから村の繁栄が想像出来る。
 自然詠は大景を的確に描写している。
  耕して下栗の里天を衝く
  地図出して磁石を置きぬ夏薊
  北岳の山頂にゐて天高し
 芙美子さんは山登りが趣味で各方面へ出掛けている。一句目は信州遠山郷で対象をよく纏めてあり「天を衝く」が良い。二句目は山上りの一齣。三句目は北岳の山頂から見る自然を大らかに描いている。
 総じて対象物に向かう気持ちが鋭敏で、表現の技法が勝れている。
 芙美子さんは、朗読ボランティアの会に所属し社会に貢献している。視覚障害者や子供達との交流を通じて奉仕活動に力を入れている。これからも頂上目指して頑張って下さい。

  〈受賞のことば〉  大隈 ひろみ        田久保 峰香      

 この度、白魚火賞決定のお報せをいただき、未だ信じられない思いでおります。
 平成十七年、長年勤めた職を辞して半年ほど経ったころ、「俳句をやってみない?」と誘ってくれたのが従姉の出口サツエさんです。東広島の句会に入れていただき、それまでは考えてもみなかった俳句を始めることになりました。句会の皆さんがとてもよい方ばかりで、皆さんに会えるのがうれしくて東広島へ通いました。
 初めは何を詠めばよいのか句材が見つからず、自分がきちんとものを見ていないこと、心を働かせていないことを痛感しました。そういう意味で吟行がとても勉強になることがだんだん分かってきました。吟行後の句会では見るべきもの、あるいは意外なところにちゃんと目を留め、季節の中の一瞬を切り取っておられる皆さんの句に目を見張らされる思いでした。
 また、たった十七音ではとても表現できない、せめてあと十四音あればなどと思ったりしましたが、実は俳句はとても大きな器なのではないかと思うようになりました。俳句でなければ表現できないようなことがあることにも驚かされます。
 俳句という豊かな世界と出合わせていただいたことをたいへん有難く思い、今後一層精進していきたいと思っております。
 これまで温かくご指導くださいました仁尾先生はじめ白魚火の諸先生方、また渡邊春枝代表はじめ広島白魚火会の皆様に心より感謝申し上げ、厚くお礼を申し上げます。
 これからも変わらぬご指導の程よろしくお願い申し上げます。
 まことにありがとうございました。


 経 歴
本  名 大隈 ひろみ
生    年 昭和二十三年
住  所 広島県呉市
家  族 夫

 俳 歴
平成十七年   白魚火入会
平成二十二年  白魚火同人
平成二十六年  俳人協会会員

<大隈ひろみさんの横顔> 渡邉 春枝 

 ひろみさん、この度の白魚火賞の受賞誠におめでとう御座います。この朗報にひろみさんのお喜びは勿論ですが、私達広島白魚火会にとりましても大きな喜びで思わず、「広島万歳」と諸手を上げました。
 平成二十三年、出口サツエさんの受賞に次ぐお目出度に会員一同強い力を戴きました。
 ひろみさんは公立中学校の国語の先生として、長年教職におられた方です。退職後の平成十七年私達の句会に出席、やがて白魚火に入会していただきました。従姉のサツエさんの勧めもあり、心のどこかに眠っていた俳句への思いが一度に目覚めてきたのです。もともと国語の先生としての経験や実績もあり瞬く間に指導的立場になられました。
 定例句会での作品はほとんど完成されており、ひろみさんの句を通して学ぶことも多く平凡に終わっていた句会も活気が出てきた様に思いました。
 現在は句会の披講係りを担当してもらい、言葉の使い方など的確なアドバイスを受けています。一年一度の全国大会に出席されるのは勿論ですがその度に、仁尾名誉主宰の特選や先生方の特選をものにされます。
 平素は物静かな方で誰とでも同等に付き合って下さり、「実るほど頭の下がる稲穂かな」は彼女の為にあると言っても過言ではありません。
 一方、同じ頃「山の会」にご主人と一緒に入会され一か月一度の山歩きで自然を満喫して親睦をはかっております。
 ひろみさんの長所を上げれば限がありませんが広島白魚火句会にとって、なくてはならない人です。この受賞を機に益々のご活躍をお願いいたします。そして白魚火、広島白魚火会の為、御尽力くださいますようお願いいたします。
 最後にひろみさんの最近の句を鑑賞させていただき、お祝いの言葉とさせていただきます。おめでとう御座いました。
  風花や薬草煮出すにほひしてひろみ 
 薬草と言うとすぐ十薬を思い出すが独特の臭気があり、その匂いをふくめて薬として昔から整腸、利尿によく効くと聞いている。
 風花の美しい景によって煮出している匂いも清しいものになった。取り合わせが絶妙。
  千年の秘仏守る寺初ざくらひろみ 
 最近、無住寺が多くなったと聞いている。千年も守り続けられた寺とは、立派な由緒ある寺だと思う。寺の庭に大きな桜の木がありぽつぽつ花をつけたのであろう。古い物と新しい物の対比が素晴らしい。
  紙風船音を大きく畳みけりひろみ 
 紙風船に使われる紙は特別な物であろう。パラフィン紙のように蝋を沁み込ませた物でその為畳む時の音は大きい。その音だけに焦点を合わせていて、省略の効いた納得できる句である。以上


同人賞
 原  みさ

   出雲路の四季
八雲嶺の暮れ際明し日脚伸ぶ
神名備の山むらさきに春立てり
梅東風や杭の打ちある郡家跡
荒神の幣打つ春の霰かな
須佐之男の山をも揺する春嵐
銅剣の出でたる谷や木々芽吹く
天を突く雲太の千木や花万朶
若夏の光りあつめて海猫乱舞
注連を張り献穀田の田植かな
青葉光たたら長者の土蔵群
麦秋やしかと影おく築地松
上弦の月を浮かべて梅雨上がる
家ごとに西瓜提灯星祭
天平の古道色なき風の中
野蹈鞴の跡を覆ひし秋の草
色変へぬ松の参道大社
先導は猿田彦なり秋祭り
碕宮の赤き回廊小鳥来る
夜神楽の汗の吹き飛ぶ四方剣
神等去出の神事終りし笛太鼓

 -同人賞受賞の言葉、祝いの言葉-
<受賞のことば> 原  みさ              後藤 政春
 

 この度は、思いもかけない同人賞のご通知を戴き誠に有難うございます。未だ夢のようです。日が経つにつれ、嬉しさと身に余る光栄で身の引き締まる思いでございます。
 これもひとえに、仁尾先生、白岩先生、そして島根にいらっしゃった寺澤朝子先生、また今は鬼籍の人となられた地元の木村竹雨、森山比呂志両先生並びに地元の俳句会の皆さまの暖かいご指導、そして姉の原育子の指導の賜と心より感謝し、御礼申し上げます。
 思えば白魚火に入会してより随分長い年月で、マンネリ化していた私ですが、平成十三年に夫が亡くなってから一念発起して「みづうみ賞」に何度も挑戦しておりますが中々遠い道のりでございます。
 これからも今回の受賞を励みに一層精進して行きたいと思います。今後ともご指導の程宜しくお願い申し上げます。


 経 歴
本  名 原 ミサ子
生  年 昭和十一年
住  所 島根県雲南市
家  族 長男夫婦、孫二人

 俳 歴
昭和五十年   白魚火入会
昭和五十二年  白魚火同人
昭和五十二年  島根県芸術文化祭銀賞
平成十一年   みづうみ賞佳作
平成十一年   島根県芸術文化賞銅賞
平成十四年   みづうみ賞佳作
平成十五年   みづうみ賞選外佳作
平成十六年   みづうみ賞選外佳作
平成十七年   みづうみ賞選外佳作
平成二十四年  島根県準俳句協会賞
平成二十四年  みづうみ賞秀作
平成二十五年  角川学芸出版賞
平成二十五年  みづうみ賞努力賞
平成二十六年  みづうみ賞選外佳作 


  <わが妹、原みささん> 原  育子  
     
 みささん同人賞おめでとう。姉として若い時から指導してきた私にとって、貴女の受賞は我がことのように嬉しく思います。
 思えば長い道のりでした。昭和四十年代、中国電力(株)に勤めていた貴女は、仕事と子育てに追われていて、私がいくら俳句を奨めてもちっとも振り向こうとはしませんでした。ところが、かつて白魚火同人で熱心な俳人であった(故)森山比呂志さんと職場が同じであり、また同郷だった関係で、次第に俳句に興味を持ち始めた貴女でした。ついに昭和五十年に白魚火に入会しました。しかし、句会が夜だといつも欠席ばかりしていました。ところが、昭和五十二年に応募した島根県芸術文化祭で思わぬ「銀賞」を受けることとなり、それ以来貴女は人が変わったように俳句に夢中になりました。ちなみに受賞の句は、
  海よりの風匂ひくる袋掛け
でした。それ以来毎月の投句を一度も欠かしたことが無いと聞いております。その年白魚火の同人になりました。
 平成四年に退職してからも「更生保護女性会」とか「子ども読書指導員」等ボランティアをしつつ、地元の俳句結社であった「勾玉」の課題吟の選者等しておりました。その頃島根にいらっしゃった寺澤朝子さんが「勾玉」の選者でおられた関係上、色々とご指導を受けたようです。当時、大東町では有馬朗人先生とか黒田杏子先生等、中央でご活躍の先生にお出で戴き毎年「全国俳句大会」を催しており、貴女も私も大会の準備やら披講やら一生懸命頑張っていました。俳句を作る楽しみも生甲斐もそんなところにあったようにも思います。
 しかし平成十三年に主人を亡くした貴女は胸にぽっかりと穴が空いたように随分落ち込んでいました。幸い私が近くに住んでいたのでいつも悲しみも喜びも一緒でした。
 私は数年間「白魚火」を離れて他の俳誌の同人になっていましたが、去年からまた「白魚火」に復帰してきました。その間貴女は毎年のように「みづうみ賞」に挑戦していましたね。ずっと選外佳作でしたので「もう応募するのはやめた」と何年間か応募を躊躇していました。ところが久しぶりに応募した作品が、平成二十四年に「みづうみ賞秀作賞」を受けることになり私も共に喜び合いました。そして平成二十五年には偶然応募した俳句、
  一瀑を仰げば鷹の渡りけり
の作品が角川学芸出版賞に輝きました。そしてこの度、白魚火の「同人賞」を受けると聞いてまたまた驚きました。
 やはり「継続は力なり」とか「石の上にも三年」という諺があるように、長い間の努力が今回の受賞に繋がったのではないかと思います。姉として誇りに思います。本当に心からおめでとう。これからも健康に留意して、俳句に生甲斐をもって頑張れ!みささん。

   新鋭賞 
  山田 俊司

   小 六 月
品書きをあれやこれやと燗の酒
寒三日月回送電車の窓暗し
風邪の子に母のてのひらおまじなひ
あるだけの酒飲み干さむ松の内
桜餅同じ病室父と母
国道にたたずむ農婦暮の春
笑顔見せバスを降り来る帰省の子
残業の部屋から眩しビヤガーデン
くちなしの香に導かれ路地に入る
独り身の大箱の梨もてあまし
すべきことすべてやり終へうろこ雲
名月や久しき友とはしご酒
影冴ゆる息のかたちのあらはれり
柿の葉の寿司二つ三つ奈良逍遥
小六月父は日記を綴りをり

新鋭賞受賞の言葉、祝いの言葉
   

<受賞のことば> 山田 俊司                高内 尚子

 この度は新鋭賞をいただきありがとうございます。喜びとともに、普段の不勉強を改めて反省しているところです。
 私が俳句をはじめたのは、安食先生からのお誘いがきっかけでした。当時のメンバーは男性6名ほどでしたが、現在は、女性も含め、参加する会になりましたが、酒を酌むスタイルは変わっていません。いくつか店を変え、現在は、「わかつき」という料亭で行っています。
 私の俳句は、身近な事柄を題材にして日記代りに作っており、気づいたことを手帳にメモしておいて、急ぎまとめているのが現状です。今年は、娘の大学進学や両親の入院があり、いくつかの俳句に盛り込んでいます。また、酒が好きなことから、毎月酒にまつわる俳句が何かしら入っていることには自分でも呆れています。
 私も、俳句を作っている時が最も効果的な気分転換であると実感しています。また、俳句を短くかつ意味を明確にするよう構成しなおしていくことは、仕事上の文章や資料を作成するのに役立っていると思います。更に、年を追うごとにあわただしく過ぎていく季節の歩みを、季語に触れることで確かめていけるのも、俳句のおかげだとありがたく思っています。
 今回の受賞をきかっけにして、一層の勉強、努力をしていきたいと考えていますので、よろしくお願いします。


 経 歴
本  名 山田 俊司(やまだ しゅんじ)
生  年 昭和三十二年
住  所 島根県出雲市

 俳 歴
平成十八年  白魚火会入会


   <おめでとう>  松原はじめ

 山田君、新鋭賞受賞おめでとうございます。
 我々が俳句を始めたのは、平成十八年に、大学の先輩で白魚火社編集長である安食先輩の声がけからでした。当初は大学の先輩後輩ばかりのメンバーで、真新しい歳時記をもらい、月に一度、料亭「江角屋」に参集していました。安食先輩の懇切丁寧な指導を受けた後は、三千円程の会費でしたが、十分に飲んで食べて、歓談に興じたものです。
 「江角屋」の女将さんは俳句に理解のある人で、会を重ねるとともに、会費以上のおもてなしをしていただき、我々はますます酒杯を重ねたものでした。
 句会を通じてわかったことは、山田君と私には共通の趣味があるということでした。まず、酒が好きだということ、特に、彼は日本酒党で、好みの店は「路地裏の赤提灯」とのことです。馴染みの店は、もう無くなってしまいましたが、出雲市喜多町の路地にあった「よしや」というおでん屋でした。そういう彼の好みは、俳句にもうかがえます。
  品書きをあれやこれやと燗の酒
  寒月や迷ひ入りたる赤提灯
  月下美人奥の小路の小料理屋
  おでん屋につけを払ひてまた飲めり
 ふたつめの共通の趣味はサイクリングです。クロスバイクという種類の少し値の張る自転車で、片道十キロ程の出雲大社をはじめ、出雲市内のあちこちを走ります。春と秋がサイクリングに適した季節ですが、山田君は、ビールを美味しく飲むために、真夏にもペダルを漕いでいるようです。
  サイクリング指先も春覚えけり
  風光る自転車みがき飛び出せり
  自転車をこぎコスモスの風に乗る
  缶ビールのプルタブさつと引きちぎる
 みっつめの共通の趣味は読書です。山田君は、日本・世界文学からミステリー、最近では理科系の本に手を延ばしているようで、たびたび、俳句の題材にそれがうかがわれます。
  河童忌や活字小さき文庫本
  春昼や神田の町で本探し
  悴みし指に息かけミステリー
  素粒子と宇宙を判じ餅炙る
  薫風に白鯨の巻重ねけり
 山田君は、現在、市役所に勤務しており、年齢相応に忙しいようですが、今回の受賞を機に、一層の精進を期待するところです。

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